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地政学リスク下における投資判断:ヘッドラインの先を読む

2026-03-24

Paul Eitelman, CFA

Paul Eitelman, CFA

Global Chief Investment Strategist




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Market insights

主なポイント

  • 地政学リスクは構造的に高まっており、多極化する国際秩序、防衛支出の拡大、紛争発生頻度の上昇が今後10年の投資環境を規定する見通し

  • 過去の事例に照らせば、地政学ショックによる市場への長期的な影響は限定的であったことから、短期的な市場の変動を理由としたリスク資産からの撤退には慎重な姿勢を取るべき

  • 混乱が反復的・持続的となる場合、サプライチェーン、資本フロー、重要資源を巡る依存関係の再編リスクへと発展する可能性がある

  • 原油に留まらず、半導体、レアアース、重要な生産ネットワークもなども、脆弱性が露呈し始めている 

  • 強靭性のある(レジリエントな)ポートフォリオを構築するには、グローバル分散、インフレを意識した資産配分、プライベート市場への投資、オルタナティブ資産といった選別的な投資が重要


地政学リスクに関するヘッドラインは、静かに現れることはほとんどありません。足元での中東情勢の緊張激化は、緊張の高まりがいかに短期間で市場の不安定感を強め得るかを改めて示しています。

金融市場は、これまでも数多くの地政学的ショックを織り込みながら推移してきました。現在の環境を特徴付けているのは、単に紛争の件数が増えている点ではなく、地政学的摩擦が一過性ではない持続的なものへと変化しつつある点にあります。世界経済は、統合が進んだ局面から、戦略的競争の激化、産業政策の重視、防衛支出の拡大を特徴とする局面へと移行しつつあるように見受けられます。

歴史を振り返ると、多くの地政学的な出来事は市場に長期的な影響を残していません。投資を継続し、市場の調整局面において選別的にエクスポージャーを積み増した投資家は、総じて成果を上げてきました。重要なのは、個々のニュースのヘッドラインに反応するのではなく、短期的なボラティリティと構造的な変化を見極めることです。地政学的摩擦が持続する場合には、リスク・プレミアムの上昇や各資産間の分散特性の変化を通じて、それが投資判断において重要な意味合いを持つ可能性があります。

      

現在のリスク水準をどう位置付けるか

2026年のミュンヘン安全保障会議では、戦後の国際秩序が終焉を迎えつつあるのかという点に、政策当局者の関心が集まりました。こうした問題意識の背景には、東欧、中東、中南米における近年の紛争が重なり、足元の地政学リスク環境が、歴史的に見て90パーセンタイル水準にまで高まっていることがあります(図中の赤点)。

Historical geopolitical risk index timeline chart

2026年1月末現在
出所: Dario Caldara and Matteo Iacoviello 「Measuring Geopolitical Risk (2021年)」、 米連邦準備制度理事会(Board of Governors of the Federal Reserve System、2026年1月)、ラッセル・インベストメント

投資家にとっての最大の関心事は、今後、紛争がより頻発する可能性のある世界において、資産価格がどのような影響を受け得るかという点です。下図は、第二次世界大戦以降に発生した主な地政学的事象に対する、株式市場および国債利回りの反応を示しています。

Historical geopolitical events and market reactions

2026年2月末時点
10年国債利回りの変化は、株式市場が最大下落局面(ピークからボトム)に至る期間に基づいて算出。ベージュ色の網掛けは、株式市場の調整局面(下落率10%以上)を、赤色の網掛けは弱気相場(下落率20%以上)を示す。1962年以前については、月次データを使用。
出所: LSEG Datastream、ロバート・シラー、NBERマクロ・ヒストリー・データベース、ラッセル・インベストメンツ

ここから、三つの示唆が得られます。

  • 第一に、極端な地政学イベントは金融市場を大きく攪乱しうる点です。代表例が1973年の第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)であり、これを契機とした原油禁輸、WTI価格の倍増、エネルギー配給、深刻な供給制約が世界経済を景気後退へと押し込みました。

  • 第二に、大半の地政学イベントは持続的な市場への影響を与えない点です。株式市場におけるピークからボトムまでの下落率の中央値は、約2週間で4%程度にとどまり、多くの場合、市場は比較的早期に高値水準を回復しています。規律を保ち市場にとどまり続けた投資家や、調整局面で選別的に投資を行った投資家は、歴史的に見て成果を上げてきました。

  • 第三に、国債は必ずしも地政学リスクに対する有効な分散手段とは限らない点です。商品価格の上昇を通じたインフレ圧力が強まる局面では、株式市場が下落する一方で、国債利回りが上昇するケースも見られます。

これらを総合すると、短期的な地政学的ボラティリティを理由にリスク資産から後退することには慎重であるべきだと言えます。一方で、稀に発生する大規模な混乱は、ショックがどのような経路を通じて市場に波及し、より広範な経済的影響を伴う可能性があるのかを理解する重要性を浮き彫りにしています。

地政学ショックは、いくつかの明確な伝播経路を通じて資産価格に影響を及ぼす傾向があります。こうした混乱が繰り返されることで、資産配分上無視できない形で経済構造そのものが変化する可能性があります。以下では、まずリアルタイムで市場の反応を左右する主要なメカニズムから整理していきます。

               

現在の地政学リスクの伝播経路

地政学イベントは、主として二つの経路を通じて金融市場に影響を及ぼします。一つは投資家のセンチメント(心理)経路、もう一つは経済ファンダメンタルズ経路です。両者を峻別することで、市場の変動が短期的なものにとどまるのか、あるいは持続的な影響を伴うのかを見極める手掛かりとなります。

下図は、地政学イベントが経済成長やインフレを経由し、最終的に運用資産へと波及するメカニズムを示したものです。

地政学リスクと経済影響のフローチャート

出所: IMF「Geopolitical Risks: Implications for Asset Prices and Financial Stability」(2025年4月)を基にラッセル・インベストメントが作成

      

2026年1月初旬、米国が奇襲作戦によりベネズエラの指導者を拘束した際、ラッセル・インベストメントでは本フレームワークを用いて経済および市場への影響を検証しました。その結果、各資産に及ぼす影響は限定的にとどまるとの結論に至りましたが、その見立ては、その後数週間の市場動向によって裏付けられました。

米国のベネズエラ攻撃(2026年1月3日)による各資産への影響見通し

Japanese investment sentiment impact infographic

2026年1月3日時点
出所:ラッセル・インベストメント

      

不確実性 
紛争の期間や影響範囲は、発生時点において本質的に不確実です。この不確実性は、マクロ市場に対して主に二つの影響を及ぼします。第一に、家計や企業が大型支出を先送りすることで、経済ファンダメンタルズを下押しします。第二に、投資家のリスク回避姿勢が急速に高まり、株式などリスク資産を中心に調整圧力が強まります。

ラッセル・インベストメントでは、こうした不確実性が経済成長に与える影響を定量化するマクロモデルに加え、投資家心理やリスク回避度合いをリアルタイムで把握するセンチメントモデルを活用しています。歴史的には、市場のパニック局面は、その後の市場リターンの改善を示唆するケースも少なくありません。

Japanese financial market sentiment index chart

2026年3月23日時点
出所:ラッセル・インベストメント

Japanese bar chart of sentiment and returns

2026年3月23日時点
出所:ラッセル・インベストメント

コモディティ 
原油の供給ショックが先進国経済の成長に与える影響は、エネルギー自給度の向上や効率性の改善を背景に、過去の数十年と比べて相対的に小さくなっています。しかしながら、コモディティ価格は依然として重要な伝播経路であることに変わりはありません。コモディティ価格の変動は、消費者の購買力、インフラ関連コスト、新興国の輸出収入、ならびに原材料投入比率の高い産業に幅広く影響を及ぼします。

足元の環境では、コモディティリスクは原油にとどまらず、金属、レアアース、防衛・技術分野やエネルギー転換に関わるその他の戦略的投入財へと裾野を広げています。

Global energy market disruption risk trends

ディスラプション指数は、コモディティ供給の国別集中度(共有の偏り)、コモディティ需要の集中度(需要の偏り)、世界のGDPおよび貿易に占めるコモディティ需要の割合(経済への重要度)、世界の生産におけるコモディティ集約度(依存度)の要因を組み合わせた総合指標。
数値が高いほど、グローバル景気循環がショックに対して脆弱であることを示す。
2024年末時点
出所:ラッセル・インベストメント

                

グローバル市場における資金フローの分断

地政学的事象は、国境を越えた資金フローを阻害する可能性があります。紛争時には、制裁措置の発動や外国資産の凍結・没収が行われることがあります。また、国際関係の変化を受けて、各国中央銀行が外貨準備の配分を見直す動きも見られます。

ロシア・ウクライナ紛争は、資金フローが投資家にとって無視できない要因であることを示しました。侵攻後、西側諸国は推定3,000億米ドル規模のロシアの外貨準備を凍結し、MSCIはロシアを新興国指数から除外、多くの運用会社がロシア関連証券の評価額を一時的にゼロとしました。

世界の基軸通貨としての米ドルからの大規模な離脱は現時点では見られませんが、米国との政治的距離がある国々の一部では、外貨準備に占めるドル比率を引き下げる動きも確認されています。分断が進む世界においては、地政学的距離が資金フローを左右する重要な要因となる可能性があります。

グローバル・サプライチェーンの分断 

貿易統計だけでは、紛争が世界経済に及ぼすリスクを十分に捉えることはできません。例えば、半導体が財貿易全体に占める比率は1%未満に過ぎませんが、先端技術の多くに不可欠な投入財です。当社推計では、米国の財消費の約25%が半導体を内包する製品に関連しています。

重要な投入財、生産ネットワーク、あるいは海上輸送路が影響を受けた場合、市場への影響は表面的な規模を上回るものとなり得ます。こうした複雑性は、イベントに対する実質的なリスクエクスポージャーの評価を難しくしますが、AIを活用したシナリオ分析、ナラティブ要因分析、国際産業連関表といった新たな分析手法により、2026年以降に向けて、より包括的なポートフォリオ・リスク評価が可能になりつつあります。

物理的・デジタルインフラへの損害 

地政学的衝突は、企業や公共部門が依存する工場、設備、ネットワークといったインフラにも損害を与える可能性があります。深刻な場合には、バランスシートや損益計算書への影響が顕在化することも想定されます。

今後の地政学的対立では、サイバー戦の比重が高まる可能性もあり、企業活動や金融システムへの影響が懸念されます。近年の地理空間技術や関連データの進展により、実物資産に内在するリスクの特定および管理能力は着実に向上しています。

             

ポートフォリオ構築に影響を与える構造的トレンド

地政学リスクの伝播経路を理解することは、ショックが市場に与える短期的な影響を見極める上で有効です。一方、より長期の視点では、地政学的混乱が繰り返されることで、世界経済の構造そのものが変化してきた点にも目を向ける必要があります。

その一例が、防衛支出や産業政策の再浮上です。経済安全保障と国家安全保障が、より意図的かつ密接に結び付けられる局面へと移行しています。こうした構造変化の帰結の一つが財政見通しです。米国、ドイツ、日本における防衛予算の拡大は、高水準の政府債務が今後も継続する可能性を示唆しています。これらの構造調整は、単一のヘッドラインを超えて、資産配分全体に広範な影響を及ぼします。

特に注目すべき長期的な変化は、以下の二点です。

1. 原油から広範なコモディティへの転換

歴史的に、原油は地政学リスクが市場へ波及する主要な経路と見なされてきました。1973年、1980年、1990年の原油ショックの規模、ならびに米国をはじめとする主要国の輸入原油依存度を踏まえれば、当時の見方は妥当でした。しかし、環境は大きく変化しています。

現在、米国は世界最大の原油・天然ガス生産国であり、エネルギー純輸出国となっています。加えて、車両、住宅、家電製品におけるエネルギー効率の大幅な改善を背景に、米国の消費に占めるエネルギー関連支出の比率は、過去50年で50%以上低下しました(図参照)。その結果、米国、そして他の主要先進国も含め、原油ショックへの感応度は過去と比べて低下しています。

ロシア・ウクライナ紛争を例に取ると、2022年6月までの12ヵ月間で原油価格はほぼ倍増しましたが、同時期に先進国の中央銀行は利上げを進めていました。それにもかかわらず、その後の期間において米国およびユーロ圏経済は一定の耐性を示しました。もっとも、エネルギー価格が高水準で長期化した場合には、米国経済にも負の影響が及ぶ可能性はあります。また、新興国の多くは依然として原油への依存度が高い点には留意が必要です。

現在では、金属、レアアース、半導体が、AI、防衛、エネルギー転換の交点に位置付けられ、かつての原油と同様に戦略的重要性を高めています。これらのコモディティおよび生産ネットワークは急速に拡大している一方、供給の集中度は極めて高い状況にあります。 

1992年、中国の鄧小平氏は「中東には石油があり、中国にはレアアースがある」と述べました。実際、中国は現在、レアアースの世界埋蔵量の約50%、生産量の約70%、分離・精製能力の約90%を占めています。レアアースは、軍事用途から民生用途に至るまで、ほぼすべての先端機器に不可欠な永久磁石の製造に用いられています。この供給の集中は、中国に地政学的な影響力を与える一方で、バリューチェーンや希少性を意識したポートフォリオ管理の重要性を示唆しています。

US energy-related products consumption share chart

2025年11月末時点
出所:米国経済分析局(Bureau of Economic Analysis)、ラッセル・インベストメント

US crude oil net exports trend chart

2024年末時点
出所:米国エネルギー情報局(Energy Information Administration)、ラッセル・インベストメント

            

2. 貿易フローから生産ネットワークへの転換

これまで、貿易フロー、GDP比率、指数ウエイトといった単純な指標では、実際のリスクエクスポージャーを十分に捉えられない点を指摘してきました。台湾を例に取ると、世界全体の輸出に占める比率は約2%、GDP比率は約1%、MSCI ACWI株式指数における構成比も1〜2%に過ぎません。

しかし、台湾は世界の最先端半導体のほぼすべてを生産しており、スマートフォン、AIデータセンター、自動車、防衛システムなど、現代経済に不可欠な製品の基盤を支えています(図参照)。新型コロナウイルス後のサプライチェーン混乱は、上流工程のボトルネックが、いかに広範に世界経済へ波及し得るかを浮き彫りにしました。

Stacked bar chart of semiconductor market share

2024年5月末時点
出所:米国商務省、SIA、BCG、ラッセル・インベストメント

結論

地政学イベントに関するヘッドラインは今後も投資家心理を揺さぶり、市場は断続的にボラティリティの高い局面を迎える見込みです。多くのショックは時間とともに収束しますが、一部は経済や市場環境に影響を及ぼす構造的な変化につながる可能性があります。

投資家にとっての課題は、次の紛争を予測することではなく、地政学的環境の変化を踏まえつつ、ポートフォリオに成長性と耐性のバランスを確保することにあります。市場は一段とダイナミックになっていますが、それを分析するための手法も高度化しています。構造化データおよび非構造化データへのアクセスは急速に拡大しており、自然言語処理の活用により、クロスアセットのリターンやリスク・エクスポージャーを左右するナラティブをリアルタイムで把握・追跡することが可能となっています。さらに、人工知能は新たに発生する事象に対してポートフォリオの定量化やストレステストを行う上で有効な手段となりつつあります。

リスク・エクスポージャーの把握、分散投資、ならびに構造的な耐性を明確に意識して構築されたポートフォリオは、繰り返し発生する不確実性に対応しつつ、中長期の投資目標に沿った運用を維持するうえで、より有効に機能すると考えられます。