要点
インフレと金利のある環境を踏まえ、大学基金の資産配分を見直す必要性が高まっています。
「何に投資するか」ではなく、運用目的と目標リターンを起点に資産配分を考えることが重要です。
海外の大学基金から学ぶべきは、資産配分比率ではなく、目標から逆算する設計思想です。
各大学の支出、リスク許容度、流動性、運用体制に応じた独自の運用設計が求められます。
長く続いた低金利・低インフレ環境が転換し、日本でもインフレと金利のある世界が定着しつつある。こうした環境変化は、大学基金をはじめとする学校法人の資産運用にとって、従来の運用方法を改めて検証する重要な契機となっている。
文部科学省・経済産業省が2026年7月に公表した「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」*によれば、日本の学校法人では、運用対象資産の約8割を現金預金と債券が占めている。現金や債券は、元本の安定性や必要な流動性を確保するうえで重要な役割を果たす。一方で、利回りがインフレ率を下回る状態が続けば、名目上の資産額が維持されていても、教育・研究活動を支える基金の実質的な購買力は徐々に低下していく。
また、金利上昇は新規投資時の債券利回りを改善させる一方、既に保有する債券には価格下落圧力をもたらす。つまり、「現金や債券を中心に運用していればリスクがない」とは必ずしも言えない。市場価格の変動だけではなく、インフレによる実質価値の毀損や、将来必要となる支出に対して十分な収益を確保できないリスクも含めて考える必要がある。
特に大学基金は、一般的な投資家とは異なり、単に資産を増やすこと自体が最終目的ではない。教育、研究、施設整備、奨学金など、大学が長期にわたりその使命を果たすための財務基盤として運用資産を活用することが本来の目的である。したがって、資産運用についても、単年度の運用収益ではなく、大学経営と一体となった長期的な視点が求められる。
「何に投資するか」の前に「何のために運用するか」
もっとも、こうした環境変化への対応として、直ちに株式やオルタナティブなどのリスク性資産を増やせばよいわけではない。まず重要なのは、大学の経営方針を踏まえ、運用資産をどのように活用するのかという運用目的を明確にすることである。そのうえで、資産配分を議論・調整する基準となる目標リターンを設定することが必要になる。
例えば、運用資産から毎年一定額を教育・研究活動に充当しながら、将来世代のために資産の実質価値も維持したいのであれば、「年間にどの程度の資金を取り崩すのか」「大学固有のコストはどの程度上昇するのか」「どの程度の価格変動まで許容できるのか」といった条件を整理する必要がある。それらを踏まえて必要な収益率を導き、その達成可能性を検証しながら資産配分を構築するという順序が望ましい。
課題は、特定の資産への投資が少ないことそのものではない。むしろ、運用目的と目標から資産配分を導く仕組みが十分に整備されていないことにある。実際、前述のガイドブックによれば、運用目標を設定する学校法人は約3割、基本ポートフォリオを設定する法人は約1割にとどまっている。資産配分を検討する際、「株式を何%保有すべきか」「オルタナティブを導入すべきか」といった議論から始めることも多い。しかし本来は、先に大学として達成したい財務目標があり、そのために必要なリターンと許容可能なリスクを定め、最後にそれを実現するための資産構成を考えるべきであろう。
米国大学基金から学べる「逆算」の発想
こうした目標リターンの設定を考えるうえでは、米国の大学基金の経験が参考になる。米国の大学基金は、1970年代の高インフレなどを経験するなかで、債券の利息や株式の配当といったインカムを中心に考える運用から、キャピタルゲインを含むトータル・リターンを重視する考え方へと転換してきた。その背景には、毎年の大学運営を支える資金を提供すると同時に、基金の購買力を長期的に維持するという二つの目的がある。
例えば、ハーバード大学では長期的な運用収益率の目標を8%としている。これは、おおむね5%の年間分配と3%程度のインフレを前提として、大学への継続的な資金提供と基金の購買力維持を両立させようとする考え方である**。ハーバード大学自身も、基金からの分配について、現在の大学運営を安定的に支えることと、インフレを考慮した基金の長期的価値を維持することのバランスが重要であるとしている。
ここで重要なのは、「8%」という数字そのものを日本の大学が採用することではない。それぞれの大学について、年間支出+大学固有のコスト上昇率+必要に応じた運用コスト等を考慮し、どの程度のリターンが長期的に必要なのかを検討するという発想である。
例えば、基金から毎年3%程度を大学運営に活用し、大学固有のコスト上昇率を2%と想定するのであれば、少なくともそれらを長期的に賄える収益力が必要となる。一方で、その目標を達成するために過大なリスクを取れば、金融危機などの局面で大きな損失を被り、必要な時期に資金を取り崩せなくなる可能性もある。したがって、目標リターンは単独で決めるのではなく、リスク許容度や流動性需要とセットで考える必要がある。
資産クラスではなく「役割」からポートフォリオを考える
目標が明確になった後に初めて、その達成に必要な資産配分を検討することになる。ハーバード大学をはじめとする米国の大型基金では、上場株式、債券に加え、ヘッジファンド、プライベートエクイティ、不動産など、多様な収益源を組み合わせている。ただし、日本の大学がその資産配分をそのまま模倣することが適切とは限らない。むしろ重要なのは、それぞれの資産がポートフォリオ全体のなかでどのような役割を担っているのかを明確にすることである。
例えば、預金には日々の支出や予期せぬ資金需要に備える流動性確保の役割がある。債券には安定的な収益の確保やポートフォリオ全体の価格変動を抑制する役割が期待される。上場株式は、短期的な価格変動を伴うものの、長期的な経済成長や企業利益の拡大を取り込む成長資産として位置付けられる。
さらに、ヘッジファンド、プライベートエクイティ、プライベートクレジット、不動産、インフラなどのオルタナティブ資産については、伝統的な株式・債券とは異なる収益源へのアクセスや分散効果などが期待できる。ラッセル・インベストメントでも、プライベート資産について、ポートフォリオ全体の目標を踏まえながら、分散や長期的なリターン源泉として活用することの重要性を指摘している。
このように考えると、分散投資とは単純に「保有する資産クラスの数を増やすこと」ではないことが分かる。異なる経済環境や市場局面で異なる値動きをする収益源を組み合わせ、ポートフォリオ全体として目標達成の確度を高めることが本来の目的である。
オルタナティブ投資では流動性の設計が重要に
一方、オルタナティブ資産、特にプライベート資産の組み入れを検討する場合には、流動性について慎重な設計が欠かせない。プライベートエクイティやプライベートクレジットなどは、上場資産と異なり、必要なときに直ちに売却できるとは限らない。また、投資時に資金を全額拠出するのではなく、複数年にわたりキャピタルコールが発生するケースもある。このため、単純な資産配分比率だけを見て適否を判断することは難しい。
ラッセル・インベストメントでは、非営利法人を含む長期投資家の流動性管理について、資産配分、将来のキャッシュフロー、ストレスシナリオを一体として分析することが重要だと考えている。特に、市場が大きく下落した局面でも大学運営に必要な支出を確保できるか、予定される資金拠出に対応できるか、といった観点からポートフォリオを検証する必要がある。
つまり、オルタナティブ投資の検討において重要なのは、「どの程度投資すれば収益率が高まるか」だけではない。大学としてどの程度の非流動性を許容できるのかを把握し、その範囲内で長期的な収益機会を活用することが重要である。
日本版エンダウメントモデルは「比率」ではなく「プロセス」から
当然ながら、日本と海外の大学基金では、寄付基盤、資産規模、人的リソース、流動性需要、ガバナンスなどが大きく異なる。数十年にわたって専門的な運用組織を構築してきた海外の大型大学基金と同じポートフォリオを、日本の大学がそのまま構築することは現実的ではない。したがって、海外のエンダウメントモデルから参考にすべきなのは、個別の資産配分比率そのものではなく、大学の目的から運用目標を設定し、その目標から資産配分を逆算し、継続的に検証するという設計思想ではないだろうか。
具体的には、まず大学として運用資産にどのような役割を求めるのかを明確にする。次に、年間の支出、大学固有のコスト上昇率、リスク許容度、必要な流動性などを整理し、長期的な目標リターンを設定する。そして、その目標を実現するために各資産にどのような役割を持たせるのかを検討し、基本ポートフォリオを構築する。さらに、市場環境や大学の財務状況が変化した場合には、定期的に前提を検証し、必要に応じて資産配分を見直していく。
このプロセスを実行するためには、運用方針の策定、資産配分の分析、運用機関の選定、リスク管理、パフォーマンス評価など、一定の専門性と人的リソースも必要となる。すべてを大学内部で完結させる必要はなく、自法人の運用体制やガバナンスを踏まえ、必要に応じて外部の専門的なリソースを活用することも選択肢となる。
日本の大学にとって、資産運用の高度化とは、単にリスク性資産の比率を高めることではない。大学の使命と財務目標を起点として、「何のために運用するのか」「どの程度の収益が必要なのか」「そのためにどのリスクを取るのか」を明確にし、それに整合した資産配分と運用体制を構築することである。
インフレと金利のある世界への転換は、これまでの運用方法を見直す契機であると同時に、日本の大学が自らに適した「日本版エンダウメントモデル」を構築していく一つの機会とも言えるのではないだろうか。