Q3
2024
グローバル・
マーケット・
アウトルック
2024年:
7-9月期
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Q3
2024
グローバル・
マーケット・
アウトルック
2024年:
7-9月期

3つの難題シナリオ(THREE-SCENARIO PROBLEM)

2024年中盤における市場では、米国は景気後退を回避しソフトランディングすることが織り込まれていますが、データが示すシグナルに一貫性がないためFRBは利下げに踏み切ることができないでいます。これに伴い、2024年後半から2025年前半に市場の織り込みよりもハードなランディングが発生するリスクが依然として残っています。

headshot of Andrew Pease, Global Head of Investment Strategy

アンドリュー・ピーズ(Andrew Pease)

投資戦略グローバル・ヘッド

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"年央時点におけるリターン見通しの非対称性を鑑みて、より深刻な景気後退の兆しが発生していないかを注視しています。 "

- アンドリュー・ピーズ

3つの難題シナリオ(THREE-SCENARIO PROBLEM)

今年の経済における最重要テーマの一つは、米国経済がノーランディング、ソフトランディング、ハードランディングのいずれに向かっているのかという点ですが、これに対して依然として明確な答えが出ていません。ラッセル・インベストメントでは、これら3つのシナリオがいずれも発生しうると言える根拠が十分にあると考えています。

 

米国経済については、どのような結果が想定されるか?

経済が再加速するシナリオ(ノーランディング)は、トレンドを上回る求人の増加、二桁台の予想企業収益成長率、およびインフレ率が2.5%を超えて高止まりしていることを根拠とするものです。

トレンドを下回る成長率が一定期間継続するシナリオ(ソフトランディング)は、労働市場の先行指標の減速を根拠にするものです。具体的には、採用率、賃金上昇率の減速により家計の実質収入が減少する見込みであること、およびクレジットカードや自動車ローンの延滞率上昇が示唆する低所得世帯における家計の悪化などが挙げられます。

ハードランディング(景気後退)を主張する論者は、歴史的な前例を根拠にしています。米連邦準備制度理事会(FRB)は現在、1980年前半のポール・ボルカー議長による金融引き締め以降で最も厳しい利上げを進めており、米国債のイールドカーブ(10年債利回り-2年債利回り)は2022年中盤から逆イールド(10年債利回り<2年債利回り)の状態が継続しています。逆イールドは典型的な景気後退の警告サインであり、過去の米国経済では、緊縮的な金融政策を一定期間継続した後には必ず景気後退が発生しています。

ノーランディングは、これら3つのシナリオのうち最も可能性が低いと思われます。すでに経済が減速中であり、インフレ圧力が弱まりつつあることを示す十分な証拠があります。家計はすでにコロナ期における過剰貯蓄を使い切っており、2022年インフレ抑制法に基づく2023年度の財政出動は今では経済成長の足かせとなっています。最近6ヵ月におけるコアインフレ率(年率換算)の上昇は、シグナルというよりもノイズであると考えており、すでに進行している賃金上昇率の減速によりインフレ率はFRBが目標とする2%〜2.5%の範囲に戻っていくと予想しています。

今後の米国経済は、ソフトランディングあるいは景気後退のどちらに向かうのか?

つまり、主に議論すべきなのはソフトランディングなのか景気後退なのかです。この問いに答える上で経済データはあまり参考にならないと考えます。景気減速の兆候は、マイナス成長をもたらさずにインフレを抑えることができる健全なリバランスだと見なすことも、今年後半または来年前半に緩やかな景気後退に向かうものだと見なすことも可能だからです。

ソフトランディングに関する論点として、現在の景気サイクルは非常に特異なものであるために通常の経済ルールが適用されないという考えがあります。つまり今回のインフレ率の急上昇の大部分は、コロナ後の需要が供給よりも急速に回復したためであるという考え方です。FRBによる過去の金融引き締め局面とは異なり、家計および企業セクターは過剰に借り入れを行っておらず、30年固定の住宅ローンや長期社債で金利を低水準に固定していたため、FRBによる利上げの影響から守られています。FRBの金融引き締めは過去よりも痛みを伴わないものになっているため、よりマイルドな景気減速を通じて、景気後退を伴わないインフレ退治が可能だと考えるのです。

しかし以上の論拠から、今回は過去と違うという結論よりも、今回は過去よりも長引くという結論を導くことも可能です。このソフトランディングのシナリオでも、少なくともマイルドな景気後退に発展する可能性があります。実際のところ、米国経済の底堅さがFRBの利下げを遅らせ、ハードランディングの可能性を高める可能性もあるのです。

市場は、マイルドな景気後退のリスクを軽視しているのか?

金融市場は、上記のソフトランディングシナリオを織り込んでいます。これは、企業収益がさらに拡大するという楽観的な見通しや、ハイイールド社債のクレジットスプレッドが低いデフォルト率を織り込んでいる点からも明らかです。ラッセル・インベストメントでは、ソフトランディングと景気後退のいずれのシナリオも発生しうるものの、市場が景気後退のリスクを十分に織り込んでいないと考えています。これにより、リターンの見通しに非対称性が発生しています。仮にソフトランディングの予想が正しかったとしてもリターンの上昇余地は限定的である一方、景気後退が発生した場合には大幅なドローダウンが生じる可能性があります。

先進国の大半では、コロナ後における相対的に低調なGDP成長見通しより、経済環境は改善しています。欧州経済は、グローバルな製造業の好転および銀行貸出の伸びの回復などが後押しとなり、2023年における景気後退寸前の状態から回復しつつあります。日本のGDP成長率は、2024年第1四半期において予想外に低迷しましたが、製造業の改善および円安に支えられて今後の短期的な見通しはより楽観的になっています。英国では、根強いインフレ傾向がイングランド銀行の利下げ時期を遅らせているものの、経済指標には一定の改善が見られます。

中国についても、不動産市場の安定化および景気回復を目指す一連の政策が導入されたことで、見通しが改善しつつあります。ただし、高い貯蓄率、消費の低迷、過剰生産余力、輸出需要への依存といった長期的な経済構造上の課題は解消されていません。しかし、最近の経済政策は短期的な見通しを改善させるものであり、中国株は今年初頭における非常に割安な水準から回復しつつあります。

2024年は、投資家にとっては三体問題1となったと言えるでしょう。ラッセル・インベストメントでは、ノーランディングのシナリオは可能性が低く、ソフトランディングの可能性は十分あるものの、ハードランディングとなる可能性も市場が織り込んでいる以上に大きいと考えています。インフレ懸念が後退する中で、今後数か月間はソフトランディングの期待感が持続するだろうと予想しています。ただし、年央時点におけるリターン見通しの非対称性を鑑みて、より深刻な景気後退の兆しが発生していないかを注視し続けます。

図表1:新型コロナウイルス感染症拡大後のGDP成長率(2019年第4四半期からの成長率)

出所:LESGデータストリームのデータを元にラッセル・インベストメント作成、2024年3月末時点。

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"ノーランディングのシナリオは可能性が低く、ソフトランディングの可能性は十分あるものの、ハードランディングとなる可能性も市場が織り込んでいる以上に大きいと考えています。"

- アンドリュー・ピーズ

 

経済成長にAIが及ぼす影響に関する議論

人工知能(AI)に関する市場の熱狂にかかわらず、AIが生産性や経済成長にどれだけ貢献するのかについて重要な議論が続けられています。懐疑論者であるMITのダロン・アセモグル教授によれば、今後十年間にAIが米国のGDP成長率に貢献する割合は累計で1%を大きく超えないとのことです。一方、楽観論者であるマッキンゼーやゴールドマンサックスのアナリスト予想によれば、AIによるGDPの引き上げ効果は累計で7%(インフレ調整後でほぼ2兆米ドル)にも達する可能性があるとしています。IMFが1月に公表したスタッフノートでは、AIが「グローバル経済を一変させる潜在性を持つ」とされています。

GDPの長期トレンドは、労働人口および生産性(投入量あたりの産出量)の成長率で決定されます。人口高齢化により、現在のGDP成長率を維持するには生産性を上昇させるしかありません。GDPの成長楽観論者は、AIによる生産性の爆発的な上昇に期待しているのです。

AIは、GDP成長率をどの程度引き上げる可能性があるか?

AIはすでに、一部の企業におけるコスト構造を改善する効果をもたらしています。例えば、コンピュータプログラミングやコーディング業務では、生産性が劇的に上昇したと報告されています。大規模言語モデルはまだ開発の初歩段階であり2、バーチャルアシスタント機能を提供するChatGPTがリリースされたのは今からわずか18ヵ月前の2022年11月だったことを忘れてはなりません。

AIに対する懐疑論者と楽観論者の立場の違いは主に、高いコスト効率でAIが実行できる業務の多寡に関する議論に基づいています。アセモグル教授は、この割合がかなり少ないと考えています。ラッセル・インベストメントでは、すでに一部の業界で効率性の上昇が確認され、改善が急速に進展している点から、より楽観的な立場に立っています。さらにAIの普及は、単にコスト削減に貢献するだけでなく、労働の再分配や新たな業務の発生といった利益をもたらすと予想されます。

AIの今後の発展を予想する上で有用な歴史的な前例としては、電力の導入とインターネットの登場が挙げられるでしょう。電力およびインターネットという2つの技術は、最終的にいずれも生産性を年率1%引き上げる効果をもたらしましたが、これは経済に対するAIの貢献度に関する楽観的な予測水準と一致しています。

このことは、いくつかの意味を持ちます。第一に、潜在成長率の上昇は均衡金利(自然利子率)の上昇をもたらすはずです。第二に、税制および所得分配政策の変更を考慮しない場合、AIによる生産性の向上は労働力よりも資本を利するため、企業の収益率が向上するでしょう。第三に、企業の収益率が向上することで株式市場における公正価値のレンジが上昇し、長期的なEPS成長率を高める可能性があります。

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"AIの普及は、単にコスト削減に貢献するだけでなく、労働の再分配や新たな業務の発生といった利益をもたらすと予想されます。"

- ポール・アイテルマン、チーフ・インベストメント・ストラテジスト、北米

 

米国経済に対する成長予測は、ソフトランディングを想定している

米国企業は、2024年第1四半期において十分な利益を達成しました。S&P 500構成銘柄の利益は前年同期比でおよそ11%上昇し、前四半期を上回る実績を達成しました。今期もいわゆるマグニフィセント・セブンが市場全体を牽引し、7社全体の利益は前年比で50%を超える成長となりました。一方、これら7社を除くS&P 493のEPS成長率は、前年同期比でほぼ3%となりました。ただし2024年第2四半期は、S&P 493においても利益が回復基調に入った重要なターニングポイントになりました。下半期を迎えるに当たり、業界アナリストは今後S&P 493のEPS成長率が上昇する一方で、マグニフィセント・セブンは下降するだろうと予測しています。

小型株の利益見通しはどうか?

米国小型株は、大型株と比較して金利高の影響をより強く受けたものの(以下のグラフを参照)、第1四半期においては一時的に安定化の兆しを見せています。Russell 2000®インデックス構成銘柄における利益成長率(前年同期比)は、2023年にはマイナスになっていたものの、2024年第1四半期にはほぼ横ばいで推移しました。業界アナリストは、小型株の利益が急速に回復し、2024年第4四半期末時点では前年同期比50%以上に達すると予想しています。

ラッセル・インベストメントは、このコンセンサス予想は過度に楽観的であると考えます。この予想は(ラッセル・インベストメントのベースシナリオである)ソフトランディングが実現した場合に達成可能であるものの、現在も今後12ヵ月に景気後退に入る可能性が35%程度は存在すると考えています。景気後退が発生した場合、利益成長率は前年同期比でマイナス10〜15%になるでしょう。コンセンサスである楽観論は、景気後退なしのソフトランディングが実現した場合には正しい結論になる可能性があります。ただしその場合でも、利益成長が市場コンセンサスを上回る可能性は低いため、米国株式の上値余地を制限する可能性があります。

図表2:米国上場企業のEPS成長率

出所:LSEG I/B/E/S 予想、2024 年 6 月時点。「マグニフィセント・セブン」(MAG 7) は、2023 年と 2024 年に市場のリターンの大部分牽引した 7 つのテクノロジー株を表し、Apple、Microsoft、Amazon、Alphabet (Google)、Tesla、Nvidia、Meta Platforms が含まれます。「S&P 493」は、米国大型株の S&P 500 から「マグニフィセント・セブン」の7つの株を除いたものを表します。

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"現在も今後12ヵ月に景気後退に入る可能性が35%程度は存在すると考えています。"

- ベイチェン・リン、インベストメント・ストラテジスト 

地域別の所見

米国

2024年上半期終了時点における米国経済は、基盤がより強固になっています。労働市場は痛みを伴わずに2019年の水準への再調整を実現しており、堅調であるものの過度なインフレをもたらすほどの過熱ぶりは発生していません。コア個人消費支出(PCE)価格の伸び率は、現在の景気サイクルにおける頂点である5.6%から2.6%に減速し、来年にはFRBのインフレ目標まで順調に下降すると予想されます。この進捗に伴い、ラッセル・インベストメントではFRBが今年後半にも慎重に利下げを開始すると予想しており、第1回目の利下げは9月になる可能性がもっとも高いと考えています。第1四半期の企業利益は、マグニフィセント・セブンにおける利益増に支えられて堅調な実績を達成しました。ここで重要なのは、より広範な大型株のインデックスであるS&P 500および小型株インデックスであるRussell 2000においても利益が安定化した点です。

ラッセル・インベストメントでは、今年後半に向けて米国経済は景気後退を回避できる可能性がより高いものの、マクロ経済の不確実性は引き続き高い水準にあると考えています。FRBは、利下げに踏み切るには確固としたインフレデータが必要だとして利下げを先送りする姿勢を示してきました。これにより、現在の景気サイクルにおける段階的な減速が景気後退に発展するリスクが一定程度存在します。市場はソフトランディングの見通しを織り込んでいますが、ラッセル・インベストメントが同時に認識している今後の不確実性ならびにこの想定に対する警戒感を欠いています。株式のバリュエーションは割高な水準にあり、クレジットスプレッドはタイト化しています。ラッセル・インベストメント独自の市場センチメントに関する指標によれば、現在の投資家心理は楽観的であるものの、年央時点ではリスクオフへの急激な転換を示唆するほど極端な高揚感を示している訳でもありません。米国債利回りは、不安定な経済データとそれらのデータに左右されるFRBの姿勢により、引き続き極度にボラティリティが高い状態にあります。ラッセル・インベストメントでは、足元の実質利回りや経済環境が悪化した場合の分散投資先として、米国債は中期的によいバリューを提供すると考えています。

black and white map of United States

ユーロ圏

ユーロ圏経済の見通しは、産業活動が回復し銀行貸出の伸び率が改善すると共に、インフレ率も欧州中央銀行(ECB)が望ましいと考えるレンジに到達しつつあり、引き続き明るいです。ECBは、6月初旬に25ベーシスポイント(bps)の利下げを実施しました。市場は今後12ヵ月間で100bpsの追加利下げを想定しています。

一方、最近実施された欧州議会選挙で右派ポピュリスト政党が躍進したため、政治的な混乱が生じています。フランスのエマニュエル・マクロン大統領が国民議会を解散した結果、欧州第二の経済大国の舵取りを極右勢力が担う可能性が生まれ、これが恐怖感を招いています。投資家は、フランス財政が悪化しているにも関わらず財源の裏付けがない減税が断行される可能性を懸念しており、ユーロ圏の株価は4.5%程度急落しました。しかし、これらの懸念は過剰であると思われます。フランスでは2回投票制の選挙制度を採用しており、極右勢力の勝利が確実であるわけではありません。さらに、イタリアのジョルジャ・メローニ首相の例からも分かるように、欧州のポピュリスト勢力は一旦権力の座を手にした後は責任ある政策を打ち出す可能性もあります。

ラッセル・インベストメントでは、欧州株は米国株と比較して魅力的なバリュエーション水準にあり、政治的な騒動が一段落し、経済環境の改善に伴い収益予想が上方修正されれば、再び株価上昇の傾向に転じる可能性もあると考えています。

black and white map of Europe

英国

英国経済の見通しは、低水準からではあるものの改善の兆しを見せています。消費者および企業の信頼感指数は上昇傾向に転じており、住宅価格も回復の兆しを見せています。一方で、コアインフレ率は3.9%と高止まりしているため、イングランド銀行(BOE)は近々利下げを行うサインを出せなくなっています。金利市場では、BOEが今後12ヵ月間にわたり100ベーシスポイントの利下げを行うことを織り込んでいますが、インフレ率が来年にかけてBOEの目標値である2%近くまで下がる見込みであることを考えると、この利下げ見通しは現実的だと言えるでしょう。

リシ・スナク首相が議会を解散した結果、7月4日には総選挙が予定されており、現在の世論調査ではキア・スターマー氏が率いる労働党が地滑り的な勝利を収めると予想されています。労働党は、選挙に勝利したとしても税制および財政に大きな変化はないとして慎重な選挙キャンペーンを進めています。

FTSE 100インデックスは、12ヵ月後予想PERが11.4倍、配当利回りが3.5%と相対的に魅力的な水準になっています。英国債10年物の利回りは4.1%で、魅力的な水準にあります。

black and white map of United Kingdom

日本

日本では、20年以上にわたりインフレ率がゼロ近辺で低迷していましたが、現在はこれが上昇すると予想されています。以下のグラフは、専門家は2025年における日本のコアインフレ率が日本銀行(BOJ)の目標値に近づくと予想していることを示しています。BOJは今年3月に、過去17年間ではじめて利上げを断行し、慎重な姿勢を保ちながらもさらに利上げを実行するとみられます。日本の景気見通しは、製造業が活況を取り戻し、中国市場の見通しも明るくなりつつあるため、比較的順調だと言えます。さらに、円安によりインバウンド観光が増加しています。

日本国債のバリュエーションは、特にインフレの期待感が高まっていることを考えると、魅力的ではないと言えます。日本企業については、すでに好材料の多くが株価に織り込まれているものの、今後も力強い収益が期待できます。日本円は現在、G103通貨の中でも最も弱い通貨のひとつですが、米国と日本の金利差が縮まらない限り円高傾向に転じることはないでしょう。

black and white map of Japan

図表3:予想コアインフレ率:日本

出所:LESGデータストリームのデータを元にラッセル・インベストメント作成、2024年6月末時点

中国

中国の政策決定者は、自国の不動産市場を好転させるためにより強制力が高い施策を実行しつつあります。その結果、実質的に各都市の地方政府が過剰在庫を購入できる政策を打ち出しました。この試験的な政策の対象は限定的であるものの、ラッセル・インベストメントでは今回のスタンスの変化が中国経済における重大なターニングポイントになると考えています。ラッセル・インベストメントでは、試験的な政策が有効であれば、対象を拡大すると予想しています。

さらに、中国企業はガバナンスや株主リターンを重視する傾向を強めています。中国株は長きにわたり、新規発行に伴う希薄化による株価の下落を経験してきました。しかし最近は自社株買いの事例が増加しており、これにより中国経済の改善の恩恵がより明確にEPSの上昇をもたらすと期待されます。中国株は、より広範なグローバル株式および新興国株式との比較において引き続き割安の状態にあります。

ただし、中国経済には依然としていくつかのリスクがあります。11月に実施される米国大統領選挙までの期間において、米国との緊張関係が高まる可能性があります。さらに、欧州へのEV輸出が劇的に増加する中で、EUがより強力な関税措置を導入するリスクもあります。投資家は、これらのリスクおよび7月に予定されている中国共産党の三中全会4の動向について注視すべきでしょう。

black and white map of China

カナダ

カナダ経済は、人口増加が消費活動を下支えした結果、GDPが上昇し景気後退を回避することができました。しかし、失業率が根強い上昇傾向を維持していること(過去12ヵ月において最も低かった5.4%から6.2%に上昇)と、2022年第2四半期以降において1人当たりGDPが3%以上縮小したことは、共にカナダ経済が名目GDPが示すほどに堅調でないことを示しています。

このような経済環境では、カナダ銀行(BOC)が他のG7国家に先がけて目標金利を25bps引き下げて4.75%としたのも理にかなっていると言えるでしょう。ラッセル・インベストメントでは、今後もディスインフレの傾向が変化しない場合、年内においてさらに3回の利下げの可能性があると考えています。BOCの今後の動向に対するラッセル・インベストメントの予想は、コンセンサス予想よりもややハト派的ですが、これは、カナダ経済に対する予測がコンセンサスよりもやや悲観的であるためです。コンセンサス予想ではすでにカナダにおける景気後退の可能性を除外していますが、ラッセル・インベストメントでは、カナダ経済が今後12ヵ月において景気後退に突入する可能性は通常より高いと考えています。

上述のようなマクロ環境の見方により、ラッセル・インベストメントでは、経済的な混乱から利益を得る可能性が高いカナダ国債について楽観的な見通しを持つ一方で、カナダ株式については慎重な見方をしています。

black and white map of Canada

オーストラリア/ニュージーランド

オーストラリア経済は、引き続き景気後退を回避するための綱渡りを迫られています。消費者は、オーストラリア準備銀行(RBA)による政策金利(キャッシュレート)および変動金利型住宅ローン金利の引き上げによる影響に晒されています。消費者支出は大きく減速しました。7月1日に減税が開始します。可処分所得の増加分がすべて支出に回る可能性は低いものの、特に低所得層に対しては一定のサポートを提供するでしょう。中国における経済活動の改善も、オーストラリア経済の支えとなるでしょう。

オーストラリアにおけるインフレ傾向は世界全体から6ヵ月ほど遅れて推移しており(コロナ禍におけるロックダウン後の経済活動再開が遅かったため)、RBAが利下げに転じるタイミングも他の主要中央銀行よりも遅くなるでしょう。ラッセル・インベストメントの現在のベースシナリオでは11月に利下げが開始されると考えていますが、2025年初頭まで利下げを開始しないリスクも高まっています。

ニュージーランド経済は、過去4四半期のうち3四半期でマイナス成長となり、ニュージーランド準備銀行(RBNZ)による強力な金融引き締め政策により経済活動が低迷していることが伺えます。貸出残高の伸びは弱く、経常収支も大きな赤字を抱えているため、同国経済の見通しは引き続き厳しいと言えます。失業率が最低値から1%以上上昇したにもかかわらず、賃金の上昇圧力は弱まっていません。これにより、RBNZは難しい選択を迫られています。ラッセル・インベストメントでは、RBNZによる利下げは米FRBによる利下げ開始を待って開始されると予想しています。

black and white map of Australia/New Zealand
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"欧州株は米国株と比較して魅力的なバリュエーション水準にあります。 "

- アンドリュー・ピーズ

資産クラスの選好

2024年上半期のグローバル株式は、米国の超大型グロース銘柄の値上がりに支えられ力強いリターンを提供しました。ただし、マグニフィセント・セブンの銘柄間における格差や、より広範な株式市場全体における格差は引き続き大きい状態にあります。NVIDIAは、特にGPUを中心とする同社のコンピュータ技術への堅調な需要に支えられ、当期間にすばらしい業績および株価パフォーマンスを達成しました。一方、変動金利による短期的な借入が多く、金利の影響を受けやすい小型株は、FRBによる金融政策の引き締めにより強い逆風を受けました。米国小型株を対象とするRussell 2000インデックスにおける6月中旬までの年初来のパフォーマンスはほぼ横ばいと、米国大型株のパフォーマンスを大きく下回る残念な結果になりました。

債券市場は、各国の中央銀行がデータを重視する姿勢を示す中で、インフレや成長率に関するデータに一貫性がなく時に相矛盾する内容だったために、ボラティリティが高い状況が続いています。各国の国債利回りは、米国におけるインフレ率の高止まりによりFRBの利下げ開始時期が予想よりも遅れる見通しになったことを受けて、4月中旬にかけて急激に上昇しました。その後に成長率およびインフレ率の上昇傾向が鈍化したため、国債利回りは再び低下傾向に一転しており、現在の市場では、ECBおよびBOCにおける6月の利下げ開始を受けて、FRBも9月に利下げを開始すると予想しています。

図表4:資産クラス別のパフォーマンス(2024年6月14日までの年初来)

出所:出所: LSEGデータストリーム、2024年6月13日時点。 EMU= European Economic & Monetary Union.(L)は現地通貨

景気サイクルの見通しはどうか?

ラッセル・インベストメントでは、景気サイクル(中期/景気循環)、バリュエーション(長期/割高・割安)、およびセンチメント(短期/投資家心理)(CVS)に基づく投資判断フレームワークに基づき、市場見通しを決定しています。現在の景気サイクルは、引き続き不確実性が高い状態にあります。各国経済では完全雇用が実現する一方で逆イールドが発生していることから、現在は景気サイクルの後期にあることが示唆されます。ただし、堅調な成長率、企業収益の改善、ディスインフレ傾向、および中央銀行による利下げの見通しにより、ソフトランディングが実現できる可能性も残っています。株式および社債といったリスク資産のバリュエーションは、特に米国では投資家のソフトランディングシナリオへの信頼性の高さが織り込まれているため、割高な状態にあります。一方で大部分の先進国の国債は、実質利回りが高く、悲観的な経済シナリオが現実化した場合の分散投資先となることも含め、魅力的な価格水準にあります。最後に、ラッセル・インベストメント独自の投資家センチメント指標によれば、市場心理は楽観的ではあるものの、ポートフォリオ戦略において急激なリスクオフへの転換を示唆するほど極度な高揚感が醸成されている訳ではありません。

図表5:コンポジット・コントラリアン指標:
市場心理は楽観的だが、極度な高揚感が醸成されている訳ではない

出所:ラッセル・インベストメント。最終観測値は-1.2標準偏差、2024年6月10日現時点。投資家心理のコンポジット・コントラリアン指標は、中立水準を上回るか下回るかの標準偏差で測定されます。正の値は投資家の悲観主義の兆候に対応し、負の値は投資家の楽観主義の兆候に対応します。この図では、市場は買われすぎているとの心理を示していますが、まだ陶酔的な極端さには達していません。

ラッセル・インベストメントのCVSフレームワークはやや慎重な見通しを示唆し、株式および社債のリターン見通しに下方リスクが大きい非対称性が存在するものの、現在の経済環境は、持続不可能なほど極端に振れておらず、長期の戦略的資産配分を大きく転換する必要はないと考えています。ラッセル・インベストメントのポートフォリオ戦略は、マクロ環境の不確実性の高さに基づき投資先の分散を重視し、アクティブ投資によるリターンは主に銘柄選択を通じて実現することを目指すものです。

2024年中盤において選好する資産クラスは以下の通りです:

  • 株式の地域、セクター、あるいはスタイルに基づく、極度に戦術的な投資機会は見つかりません。株式市場における割安なセグメントとしては、バリューファクター、小型株、金融株、および新興国市場が挙げられます。ただしこれら投資先の大部分は、不確実性が高い経済環境において高いベータ値5を伴っています。その結果、株式戦略は全般的に中立的であり、ポートフォリオにおけるリスク/リターンの決定要因としては個別銘柄選択を最も重視しています。
  • 国債については、魅力的なバリュエーションであると考えています。多くの先進国国債は、過去数十年間と比較しても実質利回りが最高水準にあり、景気後退シナリオにおいては二桁台のリターンを実現できる可能性があることから、良好なバリューを提供しています。社債については、投資適格債およびハイイールド債の両方においてクレジットスプレッドが歴史的にタイトな状態であり、マルチアセットの投資家にとってはリスク/リワードのプロファイルが魅力的でなくなっています。
  • 一部の先進国において中央銀行の利下げが開始されている現在、今後予想される借入コストの低下が金利感応度の高い上場不動産ファンドにとって追い風となるでしょう。また、一部の不動産市場では引き続き供給がタイトであることから、純営業収益(NOI)の成長率も引き続き健全な状態にあります。上場不動産ファンドおよび上場インフラファンドのバリュエーションは株式よりも魅力的であるため、バランス型ポートフォリオにおいて分散投資先として注目すべき資産になっています。ラッセル・インベストメントでは、米国経済の見通しにつき慎重な楽観姿勢を維持していますが、リスクがなくなった訳ではありません。上場インフラファンドはダウンサイド・キャプチャーが低いため、ポートフォリオに対して株価急落時のバッファとして活用できます。OPECプラスによる減産および地政学的な緊張の高まりにより、原油価格にはフロアが形成されています。一方で、グローバル経済の成長率がトレンド以下に低迷する期間が長引く傾向を見せており、需要低迷により原油価格が落ち込む可能性もあります。価格は、地政学的な緊張の高まりおよび中央銀行による購入により上昇を続けてきましたが、実質金利との比較における過度な割高感ならびに中国人民銀行が5月に金の購入を停止したとの報道により、今後の価格については下方リスクが発生する可能性があります。グローバル規模の持続可能エネルギーへの移行に伴い、ベースメタルへの需要は堅調に推移するでしょう。
  • ラッセル・インベストメントでは、大部分の主要通貨について中立の姿勢ですが、米ドルは割高な水準にあり、日本円は中期的に見て特に購買力平価ベースで割安な水準にあると考えています。
  • プライベート・マーケットは、特に資本コストの上昇ならびにいくつかの国で実施される選挙における不確実性にも関わらず、堅調なパフォーマンスを示してきました。ただし、多くのスポンサーが軟調な出口環境に直面しているために、市場には相当規模の未実現益が滞留し、払込資本への配当(DPI)も引き続き低水準に留まっています。数多くの継続ビークルが設定され、プライベート・エクイティの投資家に対して引き続き収益源を提供すると予想されますが、ラッセル・インベストメントでは、より厳しいバリュエーション環境において一部の取引は厳格な精査の対象となると考えています。高金利環境において、経営陣はより創造的なアプローチを採用し、運営上の付加価値の実現による収益増に注力することが要求されています。プライベート・クレジットの利回りは引き続き魅力的な水準にあります。ただし、マクロ環境の不確実性の高さにより、強力なアセット・マネジメント能力を持つプライベート・クレジットファンドを選択できるかどうかが今後も引き続き最も重要となります。実物資産では、商業用不動産の価格につき、買い手と売り手との間の手詰まり状況がローンの満期到来により部分的に解消されることで、2024年内に底値を付けると予想されます。
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"ラッセル・インベストメントの景気サイクル、バリュエーション、センチメント(CVS)の意思決定プロセスでは、今年の市場に対して、まだやや慎重な見通しを立てています。 "

- ポール・アイテルマン

Prior issues of the Global Market Outlook

1 物理学における三体問題では、相互作用する3つの物体の動きは予測不可能であることが示されています:https://en.wikipedia.org/wiki/Three-body_problem

2 大規模言語モデルとは、非常に大規模なデータセットを用いて、コンテンツの認識、概要作成、翻訳、予測、および生成が可能な深層学習アルゴリズムです。

3 先進11カ国で構成されるG10は、国際金融に関する議題についてお互いに協議し、議論し、協力するために、 年1回あるいは必要に応じてより頻繁に会合を開いています。G10のメンバー国は、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、スウェーデン、スイス、英国、および米国です。

4 「中国における全会とは、中国共産党中央委員会の中央委員および中央委員候補がすべて出席する会議で、通常は中国共産党大会が開催される5年の期間において全会が7回開催されます。

5 金融分野における「ベータ」とは、当該の銘柄またはポートフォリオが市場全体との比較においてどれだけの変動性/システマティックリスクを持つかを示す値です。