日米を通じた確定拠出年金制度(DC)企業型の歴史(後編)—手早く成果を上げる「自動化」導入

コンサルティング部長 エグゼクティブ コンサルタント
喜多 幸之助

日米を通じた企業型確定拠出年金制度(DC)企業型の歴史(前編)はこちらからご覧ください。

全ての加入者がしっかりと投資判断できているわけではない

個人貯蓄制度という位置付けであれば、事業主がその内容まで気に掛ける必要はありません。しかし、退職後所得を支えるための年金制度と位置付けると、事業主としても管理責任が生じます。前編でご案内した通り、1990年代まで、米国401kは、月々の掛金額、昇給時の掛金引上げの有無、運用商品の選定という3つの判断について、全て個人任せでした。

では、加入者全員がしっかりと考えた上で、これらについて判断しているのでしょうか?

加入者へのアンケートや聞き取りで、必ずしもそうではないことが、判ってきました。それどころか、大多数がいわゆる「無関心層」だったことが判明してきたのです。DBがあった時代の加入者には十分な年金額が約束されていても、DCしかない加入者の場合は、個々人の運用成果によって退職後所得に大きな差が出てきます。何十年も預金に寝かせておくのと株式を含めた投資を行うのとでは、成果が大きく異なってくることは当然です。しかし建前上は自助努力の制度なので、事業主があからさまに投資先について指導する訳にもいきません。そこで、この時に研究が進んでいた「行動経済学」を活用して導入されたのが「3つの自動化」です。

自己責任と突き放すのではなく投資判断をサポート

自動化といっても、AIのような最新技術ではなく、むしろ単純と言ってもよい仕組みです。退職後の資産形成にとって重要な3つの行動とは、「掛金をDC口座に払い込み」、「掛金を給与増に合わせて引上げ」、「デフォルト・ファンド 1への投資」です。DCに関する説明書類で、加入者個人がチェックボックスにチェックを入れなかったらこの3つを自動で行うことに同意したと看做す、という仕組みが設けられたのです。「チェックを入れなかったら」というのがポイントです。人は積極的な行動を促されると躊躇しますが、「しない」ことへの抵抗感は相対的に低いと言えます。人の習性を考慮した行動経済学の成果です。これで、書類をきちんと読まなかったり、自らの意思で判断しなかったりする無関心層に対しても退職後所得のための貯蓄を促すことができるようになりました。しかも、加入員の自主的な意思決定は損なっていません。実際「3つの自動化」導入後は、それまで低かった加入率が大幅に上昇するなど、様々な定量的成果が確認されるようになりました。

法律が事業主の運用リスク免除をバックアップ

ただし、資産運用には一時的な損がつきものです。勝手に加入者のお金を動かして元本が棄損したら、当の本人から訴えられるかもしれません。「3つの自動化」は、当初事業主側の判断で導入に踏み切ったと言われます。訴訟社会の米国で、法制度のバックアップ無しに、です。米国企業は勇気がありますね。やがて、後追いながら法律のバックアップ体制が整います。2006年に「年金保護法」が定められ、その中で、デフォルト・ファンドとしてお金を流せる先をQDIA(投資適格商品)として規定しました。バランス型ファンド、ターゲット・イヤー・ファンド、マネージド・アカウントといった、リスク性資産を含む分散型ファンドが、改めて「適格」と認定されたのです。これで、市場下落によりデフォルト・ファンドで元本割れが起こっても、事業主が訴訟を起こされるリスクは排除されるようになりました2。また、加入者にとって選択が最も簡単な3 、ターゲット・デート・ファンドがデフォルト・ファンドの主流になりました。

日本でも米国と同じ途をたどりつつある

日本でも2018年の確定拠出年金法改正に伴い、指定運用方法の規定が整備され、米国から12年遅れてターゲット・イヤー型(米国のターゲット・デート・ファンドと同じ)・バランス型の指定が増加しつつあります。米国から20年遅れてDCを導入した日本。制度の導入が進むと共に、将来を見据えた法改正がなされてきました。とは言え、統計を見る限り2019年度末現在、指定運用方法の76%、そして投資資産の半分以上は未だ元本確保型商品です4。株価上昇の恩恵を受けてきた人々がいる一方で、十分な利回りを享受できていない人も多いのが実情です。無論、株価が下落すると逆の結果になるかもしれませんが、これまで長期で見ると世界の株価は上昇してきました。いずれにせよ、自助努力を前提とした制度にはどうしても結果に格差が生まれます。加入者・運用指図者個人にとっては運用実績の良否が問題ですが、事業主にとっては格差が生まれることが問題となります。人によって退職金が多かったり少なかったりするわけです。運用期間が長ければ、2倍以上の差がつくこともざらにあるでしょう。確かに、自助努力のせいだと言ってしまえばそれまでです。しかし、貯蓄制度ならそれでいいのかもしれませんが、年金制度なのにあまりに格差が大きいのはいかがなものでしょう。

また、掛金の上限規制もあり、これまではDC(企業型)はあくまで退職制度の一部と位置付けている企業が多いと考えます。しかし、近年DBの過去分を移管し、DCを唯一の退職給付制度とする企業も出てきました。そうなると退職時までの積立額も高額になり、また格差が生じた場合その金額も馬鹿にならなくなります。全ての事業主が、全加入者・運用指図者が十分な資産を形成し、老後の憂いなく退職されることを望んでいます。そのために出来ることはまだまだあるはずです。日本は有利な立場にあるといえます。米国が20年早く制度を始め、十分な試行錯誤をしてくれているからです。このシリーズでは、米国のDC制度運営から得られる教訓を紹介していきます。


1 「デフォルト」とはコンピューターでいう初期値の意味で、「デフォルト・ファンド」とは、加入者が何も選択しなかった場合に自動で選択されるファンドのことです。

2 報酬が高いとか、選定プロセスが不透明など他の要因に基づく訴訟リスクは排除されていません。

3 バランス型ファンドは、理論的には自身の退職までの期間に応じて乗り換える必要がありますが、ターゲット・デート・ファンドは、自分に合った退職年のファンドを選ぶと、残りの期間に合わせてファンド内で株式等の資産配分を自動的に変更します。すなわち、個人から見ると一度選択すれば退職時までそのままで乗り換える必要がないよう設計されています。

4 「2019年度決算 確定拠出年金実態調査結果」企業年金連合会 2021年2月26日