中期運用検討課題の整理 ~今後の中期的な運用環境の変化に対応した資産運用のために~

世界的な超金融緩和政策からの脱却と高騰したインフレ率への対処を目指した利上げも完了し、今後は経済や物価の温度に相応しい政策金利水準へと調整が行われる。金融政策の正常化である。また国内においても、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールが解除され、“金利のある世界”へと運用環境が変化している。さらには資産運用立国の実現に向けた「アセットオーナー・プリンシプル」の策定が行われる予定である。
このように運用環境が構造的に変化しようとしているなか、資産運用においてはどのようなことを課題として認識し、対応策を検討するべきであろうか。
新年度に入った今、今後の中期的な運用環境の変化に対応するために、予め検討しておきたい課題について整理する。

はじめに検討課題について、「運用ガバナンス」、「資産クラス別運用戦略」、「ポートフォリオ管理」の各観点から、以下の10大テーマとして挙げたい。

【中期的な運用環境の変化に対応するための検討課題】

【運用ガバナンス】

  1. 企業年金基金組織の役割再整理と外部リソースの活用
  2. 目標リターン設定方法の再考
  3. 経済・市場に大きな影響を与え得る要因の整理と対応

【資産クラス別運用戦略】

  1. 運用環境の変化に応じたグローバル債券運用の構成
  2. 長期分散投資に適したグローバル株式運用の構成
  3. 運用環境の変化に応じた為替管理の在り方
  4. プライベート資産投資の在り方
  5. ヘッジファンド投資の在り方
  6. マルチ・アセット運用の活用法の再考

【ポートフォリオ管理】

  1. 運用効率向上のためのマルチ・マネージャー運用

ではこれらの検討課題について、以下に論点を整理したい。なおラッセル・インベストメントでは今後これらの検討課題について、リサーチや検討などを行ったうえで、見解を示していきたいと考えている。


1. 企業年金基金組織の役割再整理と外部リソースの活用

運用力の向上や運用内容の見える化が求められていくなか、基金事務局や資産委員会等の役割は従来のままで良いのであろうか。運用環境が大きく変化し、基金のリソースも限られるなか、資産運用委員会を含めた基金組織の役割を再整理した上で、外部リソースの活用を含む取り組みの選択肢や、意思決定の在り方について改めて議論したい。

2. 目標リターン設定方法の再考

国内においても物価上昇率が構造的に高まり、労働者賃金も上昇し始めているが、一般的な年金制度は物価上昇率や賃金上昇率への連動性が乏しい。このため年金給付金の実質的価値や購買力の維持を担保するためには、将来的な給付利率引き上げの可能性も十分にあり得る。そして現時点においては、それに備えた事前の目標リターンの引き上げなどが考えられる。

3. 経済・市場に大きな影響を与え得る要因の整理と対応

これまでの超金融緩和政策は、各国中央銀行のバランスシートを大幅に悪化させた。加えて財政政策は政府債務の膨張を引き起こした。先進国経済の成熟化や、AIなどの一部のエリアを除いた成長率の鈍化などが懸念される一方で、バランスシートの悪化や債務の膨張は、経済全体のバランスをとることをより困難にさせる。加えて中国経済においても、かつての高い経済成長から一変し、不動産価格の下落や民間債務の膨張に悩む事態である。このような世界経済や資本市場に大きな影響を与え得る要因について整理し、備えについて考察したい。

4. 運用環境の変化に応じたグローバル債券運用の構成

海外金利の絶対水準が高まっていることから、外国債券自体の投資魅力度は高いと考えられるが、高いヘッジコストが依然として悩みの種となっている。加えて、ヘッジコスト対策としてクレジット債投資による利回り増強を考える場合にも、現在のタイトなクレジット・スプレッドや、今後のクレジット・サイクルの後退懸念を考慮すると、過度なクレジット債依存は避けつつ、インカム獲得手段として効率的に活用したいところである。一方で国内債券については、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールが撤廃されたことにより、今後、投資魅力度が高まることが期待される。このような運用環境下、グローバル債券運用における適した構成について、継続的に検討したい。

5. 長期分散投資に適したグローバル株式運用の構成

米大統領選を控え、ブロック経済化や内需主導型経済へのさらなる移行が指摘される一方で、AIや半導体、自動車など業種ごとの国際競争は激しさを増している。このような環境下、グローバル株式運用においては、従来通りのクロスボーダー運用を行うグローバル型運用と、地域ごとの経済構造やテーマの違い等に着目した地域特化型運用の双方に活用利点が見いだせる。このためグローバル型運用と地域特化型運用の利点を整理し、それらの適した組み合わせ方法について考察したい。併せて国別配分の在り方、特に新興国投資についても再検討したい。

6. 運用環境の変化に応じた為替管理の在り方

2023年までは内外金利差の拡大に伴うヘッジコストの高まりと外貨高から、ヘッジ比率を低めることが有効であった。一方で今後は、日本円の割安化に伴い、また経常収支における貿易赤字やサービス赤字の縮小に伴い、円高リスクも懸念され、ヘッジ比率を高めることが有効となる可能性もある。このように従来型の固定ヘッジではなく、経済・市場環境の変化に応じたヘッジ比率の引き下げや引き上げなど、動的ヘッジの検討余地がある。このため具体的な動的ヘッジの方法やその理論的背景等について考察したい。

7. プライベート資産投資の在り方

これまでプライベート資産投資については、オルタナティブ資産として伝統的資産とは別枠管理されることが一般的であった。しかしプライベート資産投資が拡大している現在、“代替”としてのオルタナティブ管理ではなく、パブリック資産と同枠で扱うことの是非と有効性(例えば、プライベート資産のキャッシュフロー予測に基づき、パブリック資産と合わせた流動性管理)などについて考察したい。

8. ヘッジファンド投資の在り方

利上げに伴い、ベータの大きな引き上げ要因となっていた金融緩和が終焉を迎え、今後は金融引き締めの効果としての、ベータの不安定化が懸念される。このようななか、収益源泉としてのベータとアルファの両輪の観点から、ベータ・リスクを低減した、アルファの活用意義について再考察したい。

9. マルチ・アセット運用の活用法の再考

マルチ・アセット運用の場合、その成果をどのように評価して良いのかが難しい。またポートフォリオ全体に対してどのように寄与しているのかが把握しづらく、マルチ・アセット運用単体のパフォーマンスだけに目が行くことも多い。その背景のひとつとして、マルチ・アセット運用に対する目的や役割、評価基準等について予め設定されていないことも多いと思われる。そのためマルチ・アセット運用の投資目的や意義、役割等について再考したい。

10. 運用効率向上のためのマルチ・マネージャー運用

同じ資産クラス内で複数のマネージャーに分散投資することが一般的である。こうすることにより、銘柄選択能力などの超過収益源泉や運用スキルを拡張・分散させる効果が期待できる。しかし、アクティブ・マネージャーには共通した癖があることも多く、それらが蓄積されると資産クラス全体における意図しないリスクとなり、パフォーマンスを悪化させる要因にもなり得る。このため、意図しないリスクとは何か、どのように対処するのかを整理することにより、資産クラス全体の運用効率の向上について考察したい。

常に多種多様な投資対象に対して収益機会を探し求め、それに投資を行い、当てることにより収益を獲得し続けることは、相当程度困難なことであり、現実的でもない。
一方で、現時点で把握し得るまたは考え得る変化やリスク等に対して、予め手立てを講じておくことは比較的に可能なことだとも考えられる。
例えタイムリーではなくとも、大きな流れに適合していくことや、それに応じた運用体制を整えておくことが、将来の不確実性に対するひとつの対応方法ではなかろうか。