年金運営にブレイクスルーを!(第 2 回)

(効率的な運営に向ける)

年金運営にブレイクスルーを!(第1回)で、長期的なパフォーマンスに大きな影響を与えるプロセスは、政策資産配分などの戦略的意思決定プロセスであること、しかし、必ずしもこのプロセスに十分な時間が割かれていないことをお示しした。今回は、この戦略的意思決定プロセスについて考えてみたい。

戦略的意思決定で実施されていること

まず一般的な戦略的意思決定プロセスについて整理しよう。現在主流の戦略的意思決定プロセス自体は、比較的シンプルに構成されている。掛金計算時に目標運用収益(予定利率)を既に決めてしまっているため、運用戦略は、この予定利率に沿うように立案されるのが基本だからだ。具体的には、資産クラス別に長期期待リターンを設定し、資産全体の長期期待リターンが目標収益と整合的になるように定性情報等を加味して政策資産配分を決定する。一般的に戦略的意思決定とは、この政策資産配分の決定を指す。

戦略的意思決定に時間が割かれない理由

戦略的意思決定にあまり時間が割かれない背景は、実施すべきプロセスがシンプルなことが原因のひとつだと考えられる。なお、上に示した現行のプロセスの構成を変えずに時間を割く場合、長期期待リターンの予測、または資産配分決定に時間をかけることになろう。それでは、それぞれのプロセスについて少し掘り下げて考えてみたい。

期待リターンの予測に時間をかける

ところで、多少根源的な問いかけかもしれないが、期待リターンの予測に過度に時間をかけることの効果とは如何なるものだろうか?一般的に過去を如何に深く分析しても、長期の期待リターンを正確に推計できないとされる。それは、将来起こることは過去の繰り返しではないし、長期の推計は、前提条件も含めて不確定要素が多過ぎるからだ。長期の予測にエネルギーを費やすことは、意思決定の納得性を高めるためには重要だろう。しかし、そのことが、実際のパフォーマンスの向上に資するかと問われれば、中々答えにくい問いと言わざるを得ない。

期待リターンを手がかりに政策的意思決定を行うこと

加えて、そもそも長期期待リターンを唯一の手がかりに政策的意思決定を行うこと自体にも限界がある。それは、実際のパフォーマンスは、仮に可能性が低くてもその時起きたその一回の結果が全てだからだ。繰返し実施される為替のディーリングのような投資行為と異なり、長期運用では、同様の環境における反復行為(例えば、同様の経済条件下で5年運用を100回実施する)が存在しない。長期期待リターンのような期待値(何度も同じ行為を繰り返した平均)だけを頼りに政策的意思決定を行うこと自体が、本質的に十分ではないのだ。

定性情報等も加えて資産配分を検討する

実際の政策的意思決定では、こうした長期予測の限界や本質的な問題に対応するため、定性情報(長期期待リターンリスク等以外の補助的に利用される定量情報全般を含む)を積極的に活用している。この方法は、こうした限界を補う上で非常に良い方法だが、一方で大事な留意点がある。少し過激な表現だが、情報の活用方法次第で、この補正が薬にも毒にもなるからだ。

そもそも全ての重要な情報を知ることはできない。また、市場変動のメカニズムが正確に解明されていない以上、知りえた情報を適正に活用することには自ずと限界がある。納得性の高い美しいストーリーは、正しいかもしれないが、繰返し受けた刷り込み等による心理的なバイアスや単に結果から都合よく導き出された心地よいフィクションかもしれない。これらを厳密に区別すること困難であり、当事者自身で完璧に行うことは現実的には不可能なのだ。定性情報の活用は非常に有効ではあるものの、真に効果的に行うことは想像するより難しく奥が深いことには常に意識すべきだろう。

現在の戦略的意思決定には限界がある

以上のように年金運営における一般的な戦略的意思決定には、根源的な限界がつきまとう。影響の大きい戦略的意思決定に時間が割かれていないことは、確かに改善すべきことかもしれないが、現在の延長で時間だけ多くかけても、期待する効果が得られるかどうかは不透明といわざるを得ない。

最後に

自然科学の場合、実験、分析そして熟考を重ねることで正解にたどり着くことができる。しかし、資本市場のように短期的、長期的に様々な相互作用によって構成されている社会科学の現象の場合、僅かな条件の差で結果が大きく変わってしまう。仮に現象の一部から何らかの規則性が観察できたとしても、超長期でも同じ規則性が保存されるかは全くわからない。その複雑さゆえに、全てを知ることはできないし、全てを知っても正解が導き出せないかもしれないのだ。資産運用とはそういうものを相手にしていることを忘れてはならないし、そのことを踏まえて戦略を立案しなければならない。

 

次回は、これらの課題を踏まえて、今後どのように戦略的意思決定を再構築すればよいか、いくつかのアプローチを整理してみたいと思う。