気候変動は投資にどのような影響を与えるか

以下は、2020年8月27日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文はこちら

気候変動は今の時代を象徴する課題の一つであり、環境問題に対する懸念のみならず、経済問題への懸念もあります。既に気候変動は、企業の経営、政府の規制や個人消費の在り方に変化を及ぼしています。そのため、気候変動による特定の要因が最終的に投資の成否に影響を及ぼすのは当然と言えます。

しかし、多くの予測と同様に気候変動の傾向を100%正確に予測するのは不可能です。気候は予想以上に悪化する場合もあり、市場参加者が仮説と異なる反応をする場合もあります。このように結果が枝分かれしていくことが気候変動リスクの例であり、投資実績に大きな影響及ぼす可能性があるのです。

気候変動リスクとは?

気候変動が我々の投資リスクの理解に対し、いかに混乱を与えるかを理解するにあたり、まず通常の投資リスクを理解する必要があります。投資リスクは、投資が予想外のリターンの結果となる可能性と考えることができます。また、将来予想される一連の結果とも解釈できます。サイコロを振って出た数字があなたの投資に対するリターンであると想定してみます。一振りで予想される平均的な出目は3か4ですが、1か6が出ることも考えられます。これが投資リスクです。

気候変動には複数の将来のシナリオがあることが分かっているため、投資にも複数のありうる結果が存在します。投資家が将来の気候について合理的な予想をたてたとしても、予想に反した展開となる可能性は依然としてあるのです。これが気候変動リスクです。

気候変動リスクは、一般的には「物理的リスク」と「移行リスク」に分けられます。1

物理的リスク

物理的リスクは、天候及び気候により資産価格に損害が生じる可能性を指します。気候変動を取り巻く大きな懸念は、自然災害や洪水、嵐、干ばつ、ハリケーン、山火事など極端な天候の頻度や厳しさが増していることによるコストです。これらの災害により、既存資産の損傷、在庫の破壊、営業活動を制約、既存の需要の中断などの費用が発生します。物理的リスクの場合、特定の投資は、それ以外の投資よりも特に影響を受けやすいものがあります。例えば、農業関連会社の方が情報技術の会社よりも干ばつ関連の費用のリスクが高くなります。

投資価値に影響を及ぼす物理的イベントの例には以下のようなものがあります。

  • 干ばつによる農作物の不作
  • 洪水による不動産の損傷
  • ハリケーンによるインフラと建物の破壊
  • スキーリゾートでの積雪量の減少
  • 海面上昇による海岸沿いのリゾートへの被害

移行リスク

移行リスクは低炭素経済への移行から生じるリスクです。気候が悪化し続けるにつれ、市場参加者の態度が変化する可能性が高く、各国政府はますます炭素排出量への課税と補助金を前向きに取り組むと予想されます。消費者の需要が、より環境にやさしい製品に移行する可能性がある一方、企業はこうしたトレンドを取り入れてビジネスモデルを変更する場合も考えられます。これらの結果は移行シナリオの範疇に当てはまり、これがリスクを生み出します。移行リスクの例としては、企業が大量の二酸化炭素排出により空気を汚染し、将来的に規制コストが発生するリスクに直面したり、消費者が環境への対応がより優れた企業に乗り換えるなどが挙げられます。

移行イベントが投資価値に影響を及ぼす例には以下のようなものがあります。

  • より高い炭素排出税を支払う必要があるかもしれない産業
  • 排出量を削減するために支出を余儀なくされる可能性のある企業。
  • 消費者の需要が環境に優しい他の製品に切り替わると見ている炭素集約型の製造業

我々は気候変動に対して金融市場がどのような反応を示すか知っているだろうか?

物理的リスクについて言えば、気候変動による最悪の影響は目に見えることから理解が簡単です。一方で、困難なのはビジネスの存続期間にわたってこれらの費用の規模を予測することです。予測が先になればなるほど、予測の精度は低くなります。

移行リスクはさらに大きな問題です。物理的リスクは一連の気候および天候によるものですが、移行リスクは消費者、企業及び規制当局の反応などが影響するものであり、予測がより一層困難となります。

最後に、市場の反応は気候変動だけでなく、投資家の特異な行動などにも影響されるものでもあるということを覚えておく必要があります。例えば、気候変動リスクが投資家によって現在の証券価格に効率的に織り込まれているか、依然不透明です。

気候変動リスクの推定が困難な理由

気候変動リスクの推定が困難なのは、気候変動リスクの実際の分布が不確実なためです。

投資リスクと異なり、投資の不確実性は現在と将来の未知の部分を反映しています。前述の例に照らせば、不確実性はサイコロの目の数字を知らずに投げているようなもので、この例では、投資家は将来起こりうる結果やその確率を知ることができません。気候要因の予測が先になればなるほど、リスクと不確実性は高まります。

気候科学は比較的に新しい研究分野です。自然環境の将来について未知な範囲が多く、気候の変化に市場がどのように反応するかについてはさらに分からないことがあります。

気候科学により、過去の気象パターンを生み出してきた要因について理解が深まったとしても、物理的イベントについてより優れた予測をするにはまだ学習が足りていません。移行イベントの影響を予測する困難さは飛躍的に高く、将来の様々な気候シナリオにおける市場参加者の行動変化の予測は、その関係性を予想する元となる時系列データが限られていることから、不確実性を伴います。さらに、気候変動の傾向が世界経済を構造的にシフトさせる可能性も高いため、経済と気候との従来の関係性が将来同じものではなくなる可能性もあります。

現在の投資業界における気候変動リスクの測定方法

気候変動に対する様々なエクスポージャーを測定するため、現在数種類の測定基準が使用されています。

一般的に、物理的リスクのエクスポージャーは、気温や降雨量などの気候要因と証券のリターンの時系列的な関係を用いた定量的なモデリング、または特定の気候変動シナリオにおける将来の状況をシミュレーションすることによって測定されます。

ポートフォリオの気候変動エクスポージャーの目安として最も一般的なのは炭素エクスポージャーです。炭素エクスポージャーは企業の炭素排出量や化石燃料の埋蔵量を指し、一般的に移行リスクの管理に用いられます。大量の温暖化ガスを排出する企業は、排出量の削減のための追加コスト、または罰金の支払いに直面する可能性が比較的高くなりますそのため投資家の多くは炭素データを使用して自分たちのポートフォリオの移行リスクを管理しています。

炭素排出量とは、大気中への温暖化ガス(通常は二酸化炭素換算で表示)の排出量であり、これらは通常、スコープ 1、2、3の排出量に分類されます。スコープ 1は直接的な排出量であり、生産工程で直接排出されるものです。スコープ 2の排出量は、生産工程中に消費した製品を製造する際に排出された間接的な排出量です。スコープ 3の排出量は、火力石炭の輸送など、企業によって生産または消費されていない製品を取り扱うことで生じる、より広範囲の間接的な排出量を指します。

化石燃料の埋蔵量とは、企業が資産としてバランスシート上に計上する潜在的な化石燃料であり、その定義は炭素排出量に比べ明確です。化石燃料のエクスポージャーは、主に石油・ガス産業など特定の産業に集中しています。

これらの測定ツールや基準の導入にもかかわらず、投資業界は依然として気候変動リスクを完全に推定する方法を模索している段階にあると、多くの人が考えています。

気候変動リスクの測定能力は向上しているか?

気候変動リスク管理の将来については、楽観視できる理由があります。時が経つにつれて、気候科学は複雑な気候パターンをよりよく理解できるようになってきています。気候エコノミストは、市場参加者の行動に対する気候の潜在的な影響についてより理解を深めています。

気候経済学と気候金融に関する学術的文献も急速に進化している分野です。様々な気候変動リスクの測定基準のデータの質や可用性の改善を主目的とする大手組織も複数存在しています。これらの要因すべてが、投資における気候変動リスクの評価をより容易にし、投資家が保有するポートフォリオの気候変動へのエクスポージャーをより正確に把握する助けになると考えられます。