為替マネージャーの告白

以下は、2023年3月29日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文はこちら。

概要:

  • スポット為替レートの水準を予測することは難しいが、為替市場からリターンを創出する方法は存在する。一例は規律あるアプローチで、ラッセル・インベストメントはこれを「為替ファクター投資」と呼んでいる。
  • バリュー投資家であるには、大半の投資家が考えている以上に、忍耐強さが必要である。
  • 損失回避は一般的な行動バイアスであり、為替マネージャーが不適切な意思決定を下す原因となる。
  • • 市場の全サイクルを経験して、あらゆる教訓を学び、その教訓を個別の状況に適用するための強固なプロセスを構築してきた信頼できるパートナーは、為替投資家にとって大きな価値がある。

債券・為替のグローバル責任者であるヴァン・ルーは、さまざまな弱気相場下での運用経験を通じて、相応の失敗も経験してきました。その中で、大手運用機関であっても、為替運用に関しては正しい決定だけでなく不適切な決定も下してしまうことを知りました。本稿では、為替運用の実地経験に基づくルーの見解をご紹介します。

告白1:為替市場の予測は困難

大半の投資家は、それぞれが運用する資産クラスについて、同じ意見を持っていると思いますが、為替市場も本当に予測が困難です。私がラッセル・インベストメントに復職したのは8年前ですが、職場では多くの顔なじみが温かく迎えてくれました。最初に交わした会話は次のようなものです。「為替予測が必要だったから、あなたが復帰して、為替の投資判断を担当してくれると聞いて大喜びしているよ」。この儀礼的な挨拶の裏で、大半の同僚は次のような気持ちを抱いていたに違いありません。「可哀そうな奴だ。為替予測なんて、愚か者のゲームだよ」。これは、はっきり物を言う同僚が教えてくれたことです。

このような状況を考慮して、ラッセル・インベストメントでは、国際分散投資に取り組むお客様の多くに、為替ヘッジをお勧めしています。国際分散投資における為替リスクは、外国株式・債券への投資に伴う副次的なリスクであり、意図的に為替変動に賭けるわけではありません。スポット為替の予測は困難ですが、為替市場における成果を高める方法は存在します。一例は規律あるアプローチで、ラッセル・インベストメントはこれを「為替ファクター投資」と呼んでいます。この方法により、為替投資家が陥る多くの行動バイアスを回避することが可能です。行動バイアスのマイナス効果については、私も苦い経験を通じて学んできました。

告白2:バリュー投資家であるには、大半の投資家が考えている以上に、忍耐強さが必要

誰もが、ウォーレン・バフェット氏のようになりたいと思っています。ただし、ウクレレを弾けるようになったり、愛飲するソフトドリンクの効用を称えたりしたいという意味ではありません。バフェット氏のようなバリュー投資家になりたいという意味です。バフェット氏の投資原則は、企業をその価値以下の価格で買い、永遠に保有することです。この方法により、保有期間中におけるボラティリティの心配が不要になります。これは極めて簡単なように思えます。しかし、企業価値はどう測定するのでしょうか?企業の適正価格は割引キャッシュフローと等しいので、企業収益を予測する必要がありますが、これは容易な作業ではありません。

為替要素が加わると一層複雑になります。通貨とは、その国の名刺のようなものです。国の経済成長、インフレ、政治リスク等のすべてが通貨の価値に影響を与えます。幸いなことに、エコノミストは購買力平価(PPP)という概念を発明しており、これを為替レートの有力な価値基準として利用できます。この概念は理論的には説得力があり、為替バリュー戦略(後述)において通貨をランク付けする基準として十分に機能してきました。しかし、個別の為替レートの水準を見ると、PPPの公正価値に回帰するまでには長期間(多くの場合は数年間)を要することがあります。一般的な投資家は、為替の投資判断で利益を出すために、それほど長期間にわたり待てるほど忍耐強くはありません。そのため、多くの通貨間でバリュー投資を行うことが重要なのです。プロセスの多様化については、例えば価格トレンドや金利など、他の変動要因やファクターの考慮も不可欠だと学びました。

告白3:損失回避の傾向は誰にでもある

損失回避は一般的な行動バイアスであり、為替マネージャーが不適切な意思決定を下す原因となります。正直に申し上げて、私のような経験を積んだ投資家でも、損失回避の傾向はあります。損失が発生しているポジションを、やがて回復することを願いながら持ち続けようとしてしまう場合があるのです。これはバリュー投資家であることと深く関係しています。

私はこれまで、損失が発生しているポジションを、回復することを願いながら持ち続ける為替投資家を多く見てきました。これは危険なアプローチとなり得ます。損失が急速に拡大し、積み上げた利益をすべて消してしまいかねないからです。ラッセル・インベストメントでは基本的に、ストップロス注文(逆指値注文:あるレートになった場合に反対売買を行うことにより、ポジションを手仕舞う注文)を活用してこのバイアスを回避します。これによって損失を限定する一方で、想定通りの値動きとなった場合は利益を確定します。ストップロス・システムを構築する別の方法としては、トレンド戦略の活用があります。トレンド戦略では、好パフォーマンスを継続している通貨を購入・保有しますが、価格トレンドが逆転した時点で、事前に決めた基準に基づき、ポジションを機械的に手仕舞います。

告白4:確証バイアスの回避を学ぶ

確証バイアスも、投資家が陥りやすい罠と言えます。確証のバイアスに陥ると、自分の考えを肯定してくれる情報のみを集め、自分の考えを否定する情報は無視するようになります。確証バイアスに捕らわれた投資家は、重要な情報を無視してしまい、不適切な取引判断を下す可能性があります。

確証バイアスを回避する一つの方法としては、行動の基準となる情報の枠組みを、あらかじめ設定することがあります。通貨間の金利差(キャリー)は、為替リターンの大きな決定要因であることが分かっています。例えば、現在のニュージーランド・ドルの金利はスイス・フランよりも4%程度高くなっています。キャリーを活用することは、スポット為替レートに関する自分の予測能力に対して謙虚になることだと言えます。私がランダム・ウォーク理論を信じていると仮定しましょう。この理論に基づくと、明日のスポット為替レートを最も的確に予測できる情報は、今日のスポットレートです。これが正しい場合には、両通貨間の金利差から最も的確にリターンを予測できます。したがって、高利回り通貨をロングし、低利回り通貨をショートすることが合理的な推奨となります。

バイアスに捕らわれない方法:プロセスを最優先

スポット為替レートの予測は難しいことで有名です。幸いにも、為替ファクター投資の規律あるシステマティックなプロセスを活用すると、外国為替市場における限定的な予測可能性を把握できます。ラッセル・インベストメントの見解として、為替市場では長年の試練に耐えてきたファクターが3点あります。それは、キャリー、バリュー、トレンドです。投資家にとっての朗報は、前述のバイアスに単独で立ち向かう必要はないということです。信頼できるパートナー(特に、市場の全サイクルを経験して、あらゆる教訓を学び、その教訓を個別の状況に適用するための強固なプロセスを構築してきたパートナー)と連携することができるのです。