インフレ連動国債による「スタグフレーション・リスク」のヘッジを考える
はじめに
2025年3月現在、トランプ新政権下における関税強化や移民規制等による脱グローバル化、世界的な労働市場の逼迫、グリーンエネルギーへの移行に対する巨額の投資、地政学リスクの高まりおよび防衛費の引き上げ等、インフレ圧力となり得る材料は数多く存在している。市場の予想を上回るインフレが継続すれば、物価上昇への耐性が低い債券(固定利付債)にとっては逆風となる可能性もある。一方で株式市場も不安定さを増しており、安全資産である債券のデュレーションリスクを取ることの重要性も高まってきていると考えられる。
本稿においては、債券領域におけるインフレ・ヘッジ手段として知られるインフレ連動国債について、前半でインフレ連動国債の基本的な仕組みに関する解説を行い、後半で現在の市場環境における投資機会を考察していく。
そもそもインフレ連動国債とは何か
インフレ連動国債とは、各国における消費者物価指数等のインフレ指数に連動して債券の元本やクーポンが変動する債券である。通常の固定利付国債(以下、名目国債)の場合、発行された時点で償還までに発生するキャッシュフローが確定しているため、その間インフレ率が上昇してしまうと将来受け取れる利子及び元本の実質的な価値および購買力が低下することとなる。一方、インフレ連動国債は実際のインフレ率に応じてキャッシュフローが変動するため、インフレリスクを一定程度ヘッジしてくれる(インフレ時にも債券価格が下落しにくい)ことが期待される。なお、インフレ連動国債が発行されてから償還されるまでの間にインフレ指数が低下した場合、米国やドイツ等で発行される銘柄には元本保証(フロア)が設定されているが、英国等で発行される銘柄は元本を毀損するリスクが存在する。なお、文字数の都合で詳細な説明は割愛するが、インフレ連動国債の簡易的なキャッシュフローのイメージを示したものが図表1である。
図表1:インフレ連動国債のキャッシュフロー(イメージ)
出所:ラッセル・インベストメント作成
図表は発行から償還までの期間においてインフレ指数が上昇した場合のイメージであり、インフレ指数が不変もしくは低下した場合、期中クーポンや償還元本は増加しない可能性がある。また、元本保証(フロア)の設定が無い銘柄であればインフレ指数が低下した際に元本を毀損する可能性がある。当資料で表示したイメージ図は、理解を助けるものであり、将来の結果を保証するものではない。
名目金利とブレイク・イーブン・インフレ率(BEI)
インフレ連動国債とは異なり名目国債はインフレ率の変動によるクーポン及び元本の調整が無い分、名目国債の金利(名目金利)は実質金利に将来の期待インフレ率を上乗せした水準となっている。これは、フィッシャー方程式における
名目金利=実質金利+期待インフレ率
が成立している状態である。同じ満期の名目国債とインフレ連動国債の利回りの差分を取ることで算出される期待インフレ率のことを、名目国債とインフレ連動国債のどちらに投資しても同様のリターンを得られるという意味でブレイク・イーブン・インフレ率(BEI)と呼ぶⅰ。つまり、持ち切りで運用することを前提とする場合、BEIよりも実際のインフレ率が高くなると思えばインフレ連動国債へ、低くなると思えば名目国債へ投資すれば良いということになる。
インフレ連動国債と名目国債のパフォーマンスの違い
インフレ連動国債の価格変動はどのようにして発生するのかを確認する。債券の価格は将来の期待キャッシュフローの割引現在価値で求められるが、インフレ連動国債の期待キャッシュフローは市場の期待インフレであるBEIに基づき決定すると考えられるため、BEIが上昇すると価格上昇に寄与することが想定される。一方、割引率である名目金利が上昇すればインフレ連動国債の価格低下に寄与する。割引率である名目金利が実質金利と期待インフレ率に分解できることを踏まると、名目国債とインフレ連動国債のリターンの違いのイメージは図表2の通り整理できる。
図表2:局面ごとの名目国債とインフレ連動国債のパフォーマンスの違い(イメージ)
つまり、名目国債とインフレ連動国債のどちらがアウトパフォームするかは、実質金利と期待インフレの動き方の組み合わせに依る部分が大きいということである。無論、償還までの期間が長い程、実質金利やBEIの変化に対する価格感応度も高くなる。
なお、実質金利や期待インフレ率の変動がどのように起こるかというのはややイメージしづらいため、議論を少し単純化して景況感(株価)とインフレ(資源価格)という切り口で市場の局面を分類して考えてみる。株価と資源価格それぞれの上昇・下落局面における名目国債とインフレ連動国債の平均リターンを比較したものが図表3である。
図表3:株式・資源価格リターンに基づく局面分類別平均月次リターン比較
出所:Bloombergよりラッセル・インベストメント作成
期間:2000年1月~2024年12月
株価リターン:S&P500(USDベース)
資源価格リターン:WTI原油先物(USDベース)
名目国債:FTSE米国国債インデックス(円ヘッジ)
インフレ連動国債:Bloomberg米国インフレ連動国債インデックス(円ヘッジ)
名目国債、インフレ連動国債のリターンは局面別の月次リターンの平均値
概ね図表2で整理した内容に沿ったパフォーマンスの出方になっていることが確認できる。但し、株価や資源価格の変動が、実質金利や期待インフレ率の変動と直接的にリンクしている訳ではない点や、インフレーションやデフレーションといった現象が実際には月次ベースで観測できるようなものではない点には留意が必要である。
直近のインフレ環境下におけるパフォーマンスの比較
2020年以降の、コロナショックに端を発したインフレ環境におけるインフレ連動国債のパフォーマンスを確認する。2020年度以降の米国の名目国債とインフレ連動国債のリターンを比較した結果は図表4の通りである。
図表4:2020年度以降の名目国債とインフレ連動国債のパフォーマンス比較
出所:Bloombergよりラッセル・インベストメント作成
期間:2020年4月~2024年12月
名目国債:FTSE米国国債インデックス(円ヘッジ)
インフレ連動国債:Bloomberg米国インフレ連動国債インデックス(円ヘッジ)
2020年度から2021年度にかけてはBEI主導で名目金利が上昇する中、インフレ連動国債はプラスのリターンを獲得し、名目国債をアウトパフォームしている。一方2022年度~2023年度、通期累積ではインフレ連動国債もマイナスのリターンを記録している。これは、2022年度に米国のBEIがピークアウトしたことと、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げにより実質金利が上昇したこと等により発生したマイナスである。インフレ連動国債が名目国債対比で、2020~2021年度に先んじてインフレに伴う金利上昇への耐性を見せたと言えよう。しかし、前述の通りインフレ連動債は実質金利および名目金利の変動に対する感応度、つまりデュレーションリスクを一定程度持っており、インフレ環境下であっても実質金利が上昇すればマイナスのリターンが出る可能性もあることは認識する必要がある。
単にインフレリスクをヘッジすることが目的であれば、債券領域の中でも変動利付債や短期債の方がインフレとの相関は高い傾向にあり、強力なヘッジ手段であると言えよう。しかし、インフレ連動国債はそれらの債券に比べると名目国債に近いリスク・リターンプロファイルを持ちながら、名目国債よりも相対的にインフレに耐性があるという点が特徴なのである。
「スタグフレーション・リスク」をヘッジするための手段としてのインフレ連動国債
インフレや金利、株式市場の動向は不透明であり様々なシナリオが想定されるが、インフレ率の高止まりが懸念される中、アセットオーナーのポートフォリオにとってワーストとも言えるシナリオが、景況感が悪化する中で物価が上昇する「スタグフレーション」の発生であろう。仮にグローバルでインフレ率が再度上昇すれば金利は高止まりし、また為替ヘッジコストが再度高騰することも想定される。コストプッシュのインフレとそれによる金利の再上昇は、企業の収益を圧迫し株価のボラティリティを高めるかもしれない。主に株式と債券に分散投資しているアセットオーナーにとっては、両資産間の分散効果が効きづらくなるシナリオであると考えられる。市場のリスクセンチメントが悪化する局面においては「質への逃避」が発生し国債が選好されることも想定されるため、デュレーションリスクを取っておくことも重要であろう。一方、インフレ率およびBEIが高止まりすれば、株式の下落を補う程十分な名目金利の低下が発生しないことも想定し得る。インフレ連動国債は「デュレーションリスク」と「インフレ連動」の両方の要素を持ち合わせている高格付けの債券であるため、特にワーストケースである「スタグフレーション」リスクをヘッジするための手段として活用余地があると筆者は考える。
1 インフレ連動国債には元本保証(フロア)が付されていることによるオプションプレミアムや流動性プレミアムが存在すること等から、BEIが純粋な市場の期待インフレ率とは言い難い点には留意が必要である
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