重視すべきはESGランキングではなくマテリアリティ
以下は、2022年3月25日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を抄訳したものです。原文はこちら。
投資家は自身のESGファンドが何で構築されているか把握できているでしょうか?
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、環境や気候関連ファンドがESG投資を席巻しているとの記事を掲載しました。機関投資家、個人投資家を問わず、ポートフォリオのカーボンフットプリントを削減し、環境問題を投資の中心に据えたいという考え方が強まっていることは明白です。しかし、投資家はESGファンドが何で構築されているか把握できているでしょうか?
ESG投資で陥りやすい落とし穴とは、環境に優しい企業として認知されるための基準や指標が大量に存在することです。例として、現状では温室効果ガス排出量が多いものの、再生可能エネルギーへの転換を大胆に進め、将来的には優れたサステナビリティが期待される石油・ガス生産会社のケースを見てみましょう。再生可能エネルギー生産と温室効果ガスの排出量は高い相関関係にあるため、温室効果ガス排出量の抑制や埋蔵化石燃料削減など従来の脱炭素化基準のアプローチに基づいて分析してしまうと、将来的には高いグリーンな投資妙味を持つ企業への投資機会を逃すことも考えられます。1 。その一方で、とあるデジタルテクノロジー企業は、野心的なカーボンニュートラルの目標を持ち、カーボンフットプリントも低水準かもしれませんが、バリューチェーン全体で見ると温室効果ガス排出量は過小報告されています。2
つまり、ESGファンドを額面通りに判断せず、深く掘り下げる必要があります。
画一的に判断するのではなく、インパクトの実現を目指しているのか、財務的な重要性のためなのかなど、ESG投資のタイプに注目するべきでしょう。ラッセル・インベストメントは、企業の収益最も関連性の高いESG課題に注目した投資シグナル、言い換えれば財務的な重要性に焦点を合わせた投資シグナルを見つけたいと考えています。そのために独自のマテリアリティ(重要性)スコアを開発しました。個々の企業に密接に関連している少数のサステナビリティ課題を検討するためのスコアです。
すべてのESG課題が同じように重要なわけではない
しかし、ESG課題の関連性は、業界や企業ごとに異なるものです。例えば、燃料効率は航空会社のカーボンフットプリントと収益のどちらにも大きな影響を与えますが、投資銀行にはあまり関係のない項目です。ある銀行が燃料消費を50%削減したと発表しても、ESG投資家はその銀行の株価が上昇するのをじっと待つべきではないでしょう。しかし、航空会社が同様の発表をしたとすれば、ESG投資家は注目すべきです。ラッセル・インベストメントは、どの企業についても同じ課題に注目するのではなく、各企業にとって最も重要な課題を評価できるESGスコアリング手法を開発しました。
マテリアルESGスコアの改善
ESG投資の急速な進化に合わせて、ラッセル・インベストメントは2019年にマテリアルESGスコアを大幅に改善しました。その際には、データプロバイダーであるSustainalytics社の手法と、米サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の改訂版マテリアリティ・マップを活用しました。これらのデータは、以下のスコア改善に適用されました。
- すべての企業に対しコーポレート・ガバナンス・スコアを追加
コーポレート・ガバナンスの評価には、Sustainalytics社による包括的な企業統治評価を使用しています。この新たな評価指標は、ラッセル・インベストメントの議決権行使の慣行とより密接に整合しています(取締役会と経営陣の質、取締役会の構造、株主の権利、報酬、監査と財務の報告、ステークホルダー・ガバナンスの評価など)。 - 複数のプロバイダーから環境データを入手
ラッセル・インベストメントは、より多くのプロバイダーから幅広いデータを入手すべく、アクセスの範囲を拡大しました。様々なプロバイダーからのデータを使用するモデルに移行することで、フィルターのかかっていないデータを取得できるようになり、開示をスコアに反映するまでの時間を短縮できます。 - 入手可能な将来予測に関する情報をより重視
ラッセル・インベストメントは、ESGデータのリサーチに将来予測機能を追加しました。入手可能なデータで且つ将来予測に有用な分野を、温室効果ガス排出、水管理、ビジネスモデルの回復力の3点に特定しました。
マテリアルESGスコアはどのように変わったか?
以前のスコアリングと比較して共通したテーマは次のとおりです。
- コーポレート・ガバナンス - コーポレート・ガバナンスの測定に注力したことで、強力な経営陣のいる企業のスコアは押し上げられ、コーポレート・ガバナンスの弱い一部企業のスコアは押し下げられました。
- 自発的な開示への依存度低下 - パフォーマンスに基づいた指標をより多く採用することで、企業からの自発的開示への依存度が低下し、自発的開示と実際のパフォーマンスのバランスが向上しました。
- オープンソースのデータ - 一般的に幅広く開示されたデータソースを活用することで、カバレッジの広がりや最新のデータへのアクセス、また場合によってはより正確な内容を入手することが可能となりました。
- 新たな指標の利用 - 重要性が高まっているトピック(データプライバシーとセキュリティ、競争行動、リスク管理)に関するデータが、以前よりも多く利用できるようになりました。
スコアが大きく変化した3つの事例
- ある多国籍の鉱山・金属・石油会社は、以前のスコアでは10点満点中7点でした。しかし、自発的な情報開示よりもパフォーマンス結果を重視するようになったことで、この企業のスコアは10点満点中3点に低下しました。特に、大気汚染、生態系への影響、水・廃棄物管理などのトピックについて、情報開示は十分でしたが重大事故に関与したことでサブスコアが低下し、全体のスコアを押し下げました。この点からも、情報開示からパフォーマンスへと重心が移ったことが分かります。
- ある多国籍の製薬・ライフサイエンス企業のスコアは、10点満点中1点から8点に引き上げられました。企業の評価基準の重要性を変更したことが主な要因です。以前は廃棄物、水、エネルギーの管理などが重要と見なされていましたが、同社はこれら課題に関する情報開示が不足していたため、高く評価されることはありませんでした。しかし、これら課題はこの企業にとって重要な評価基準に該当しないと分析したことが背景にあります。
- クレジットカードで有名なグローバル金融サービス企業のスコアは、10点満点中4点から8点に引き上げられました。Sustainalytics社のデータにデータプライバシー指標を追加したことで、スコアが大幅に上昇しました。特に同業他社との比較において、データセキュリティや顧客プライバシーに関する不祥事がほとんどなかったことが貢献しました。
上記のような大幅な変化は珍しいものの、こうした事例からは、ESGパフォーマンスを測定する能力が急速に向上しているという全体的なトレンドが分かります。これは最新の改善点ですが、今後も引き続き改善に取り組んでいく方針です。
ESG投資家にとって、このような状況は何を意味するのでしょうか?ラッセル・インベストメントにとっては、ESGポートフォリオを1つのアイデアにだけ結びつける必要がないことを意味しています。つまり、ESG投資により、ポートフォリオ内のあらゆる企業に対して新たな観点から検討できるようになります。このモデルの長所は、投資家が企業の収益に焦点を絞りながらESGに取り組めることにあります。それでは、財務的な重要性だけがESGを考慮する理由なのでしょうか?決してそうではありません。しかし、ESGという広範な概念から、より個別的な種類の指標(財務的な重要性に着目した指標など)に移行することは、ESGファンドの透明性を高める重要なステップです。
結論
投資家は、ESG投資がまだ進化の途上にあることを認識する必要があります。正確な全体像を把握するために必要となる、データに基づいた説明責任に関しては、特にそうであると言えます。ポートフォリオにおいて環境・社会・ガバナンスを考慮する動機がいかなるものであれ、マテリアリティ(ESG課題の関連性や重要性)に着目することは、透明性やインパクトを高める最善の方法の1つであるとラッセル・インベストメントは確信しています。
1 Steinbarth, Emily. “Decarbonization 2.0: A sustainable investing solution for the energy transition.” Russell Investments.
2 Klassen, Lena and Christian Stoll. “Harmonizing corporate carbon footprints. Nature. https://www.nature.com/articles/s41467-021-26349-x