エネルギー移行 パート2:移行に伴う課題
3部構成の本シリーズの前回の記事では、化石燃料への依存のために生じるおそれのある経済的・社会的リスク、ならびに、エネルギー移行など、これらの影響を軽減できる可能性のある対策について取り上げました。
しかし、化石燃料から、よりサステナブルで再生可能なエネルギー源への移行には、特有の困難が伴うでしょう。
グリーンテクノロジーと再生可能エネルギーの普及が進んでいるものの、世界の経済成長と産業の発展を支えているのは、依然として化石燃料です。化石燃料は、エネルギー供給にとどまらず、スマートフォンや焦げ付かないフライパン、合成繊維など、多岐にわたる日用品の生産に使用されています。
図表:2021年の消費エネルギーの構成
出所:BP Statistical Review of World Energy 2022(BP世界エネルギー統計レビュー 2022)
石油への依存解消という難題
第1の難題は、化石燃料、特に石油は、以下の理由から他のものに代替するのが難しいことです。
- 入手が容易 – 膨大な埋蔵量の存在が明らかになっています
- 価格が手ごろ – これには、技術進歩と規模の経済が寄与しています
- エネルギー密度(単位体積あたりのエネルギー量が大きい) – そのため、効率的に貯蔵・輸送することが可能です。これは、航空業界や長距離陸上運送業界では特に重要な特長です
低炭素の代替エネルギー(太陽光発電など)から石油と同水準のエネルギーを得るには、広大な土地が必要です。たとえば、都市では、人口が集中している地域と低炭素の電力発電システムが点在する区域をうまく調整するために大規模なインフラ投資が必要になるでしょう。
他にも、エネルギー移行は、再生可能エネルギーの導入による発電の脱炭素化という単純なものではないという問題があります。電力は、全エネルギー消費量の20%~30%を占めるに過ぎません。意味ある変化を起こすには、世界のさまざまな産業やセクターで化石燃料を再生可能エネルギーや他の選択肢に代替する方法を見つけ出さなければなりません。
図表:セクター・燃料別の世界のエネルギー最終消費量(1,000兆英熱量)
出所:Energy Information Administration, JP Morgan Asset Management, 2021
スピードが必要
エネルギー移行は複雑なプロセスであり、過去の例では、数十年、あるいは数世紀にわたってゆっくりと進行しました。数々の顕著な利点のある石油への移行でさえ、世界のエネルギー供給の40%近くを占めるまでには長い年月を要しています。一方、天然ガスは60年を経て、ようやく世界のエネルギー供給の20%を占めているに過ぎません。
その上、今求められているエネルギー移行は、過去のどのようなものとも異なります。経済効率性ではなく、気候変動とそれが長期的に地球に及ぼす影響に対処しなければならないという切迫した必要性がこの変化を促す要因となっているのは、歴史上初めてのことです。さらに、エネルギーの移行を迅速に進める必要があります。たとえば、気候変動リスクなどに係る金融当局ネットワーク(Network for Greening the Financial System、NGFS)によるネットゼロ2050気候シナリオでは、今後30年のうちに、エネルギーのほぼ50%を太陽光や風力などの再生可能エネルギー源から得るようになると想定されています。
図表:過去のエネルギー移行とネットゼロ2050シナリオで予測される移行
出所:Network for Greening the Financial System、NGFSのデータを元にラッセル・インベストメント作成。2023年10月末時点
再生可能エネルギーの課題
再生可能エネルギー技術が大きく進歩しているにもかかわらず、現在可能なことと求められていることの間には、かなりのギャップが存在します。例えば以下のようなものです。
- 目的への適合性 – 再生可能エネルギー源は、供給量が不十分なため、エネルギー密度が必須要件である輸送などの用途に利用できない場合が多くあります。同様に、鉄鋼やセメントなどの産業は炭素集約的な生産プロセスを特徴としているため、既存の生産プロセスを全面的に変更せずにカーボンフットプリントを削減することは極めて困難です。
- 供給の継続性 – 太陽光や風力を常に利用できるわけではないため、再生可能エネルギーは断続的にしか供給できません。したがって、電力を安定的に供給するには、エネルギー貯蔵に関して確かな解決策が不可欠です。蓄電技術とグリッドスケール蓄電システムを劇的に向上させなければなりません。一方で、エネルギー資源管理を最適化し、グリッドの効率性を高めるには、先進的なセンサー、通信システム、データアナリティクスを活用するスマートグリッド技術が必要です。
- 炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)技術 – CCUSを通じて脱炭素化が困難なセクターでの排出削減が可能になるため、この技術は気候変動の影響緩和の取り組みに全般的に貢献することができます。しかし、これらの技術の効率性と費用対効果を高めるには、相当の技術進歩とイノベーションが必要です。
サプライチェーンに関する課題
化石燃料を基盤とするシステムからの移行に伴い、生産とサプライチェーンに関する課題への対処を迫られることになるでしょう。
グリーンテクノロジーに必要な原料に対する需要が増大し、この変化に対処するために複雑な供給ネットワークが必要になると予想されます。したがって、再生可能エネルギーの生産に欠かせない鉱物や原材料のサプライチェーンのレジリエンス向上と分散化が極めて重要です。
出所:International Energy Agency
迅速なエネルギー移行に対して障害になり得る生産とサプライチェーンに関する問題には、以下のようなものがあります。
- 再生可能エネルギー生産に不可欠な鉱物の供給のタイト化 – たとえば、水素燃料電池の製造に欠かせないパラジウムの主要輸出国はロシアです。2020年には、世界の生産量の約40%がロシア産でした。このような非常に重要な資源の利用可能性が、地政学的緊張や輸出制限のために深刻な影響を受ける可能性があります。
- 新しい鉱床開発による増産までの時間の長さ – たとえば、大規模な銅鉱山の中でもっとも最近開発されたCobre Panamá銅山では、承認を受けてから生産開始までに10年近くを要しました。銅は電気自動車と再生可能エネルギーのインフラにとって不可欠な鉱物です。
- 複雑さが増す地政学的情勢 – 各国が希少な資源を求めて競い合い、サプライチェーンの確保に努める中、緊張と貿易紛争が深刻化し、世界の勢力関係が変動する可能性があります。
グリーンテクノロジーの環境フットプリントを最小限に抑制し、エネルギー移行を円滑に進めるには、国際協調、国内生産に向けた投資、先進的な鉱物資源探索への支援が鍵になるでしょう。
結論
実効性のあるエネルギー移行を達成するという課題は、容易に解決できるものではありません。気候変動は複雑な問題であり、解決には飛躍的な技術進歩が必要ですが、それだけでは十分ではありません。
社会の支持を広げ、行動の変容を促すために必要な取り組みには、以下のようなものがあります。
- 効果的な政策と規制枠組み
- 大規模なインフラ投資
- 社会的な教育・啓蒙活動
他にも、サステナブルで公正なエネルギー移行を行うには、以下の取り組みが大切になります。
- 再生可能エネルギーと排出削減に関する明確な目標
- 国境を越えた協働
- グリーンプロジェクトのための金融支援
- 包括的な教育・研修プログラム
現在、エネルギー移行のために多大な努力が注がれています。しかし、前途に横たわる困難と課題を理解しなければなりません。エネルギー移行とは、単なる技術的な挑戦ではありません。むしろ、技術革新、大胆な戦略的政策、協調関係の深化を融合させて取り組まなければならない、途方もなく大きな課題なのです。そして、その実現を早める必要があります。
本シリーズの最後の記事では、ホットアース・シナリオとエネルギー移行シナリオを取り上げ、経済や市場への影響について考察します。