エネルギー移行 パート3:経済や市場への影響

3部にわたる本シリーズ最後の記事では、化石燃料からサステナブルな再生可能エネルギー源への移行により、経済や市場にどのような影響が及ぶかを検討します。

これは複雑なトピックです。なぜなら、地球温暖化が経済や市場に害を与えるという点については大筋で合意されていますが、その損害の規模については見解が大きく相違しているからです。


物理的損害

本シリーズの最初の記事では、化石燃料に依存することの経済的・社会的リスク、およびその影響を軽減するために取り得る対策について考察しました。簡単に振り返ってみましょう。地球温暖化がもたらす物理的損害は、いくつかの形で経済や市場に影響を及ぼす可能性があります。以下はその例です。

  • 気候変動により、農業生産や食糧安全保障に悪影響が及ぶ恐れがあります。低所得国や新興国は、先進国よりも大きな危険にさらされることになるでしょう。

出所:Impact Economist. 2022. 「価格の手ごろさ」、「物理的な入手のしやすさ」、「品質・安全性」、「持続可能性・適応性」スコアの平均。 2022 年の GDP が 5,000 億米ドルを超える国。

  • 気候変動が激しくなると、ソフトコモディティ市場や総合消費者物価指数(CPI)のボラティリティが増すでしょう。特に、家計の支出に占める食費の割合が大きい発展途上国は、大きな影響を受けると考えられます。これにより、地政学的な不安定性が深刻化する恐れがあります。
  • 熱帯病や熱中症、その他の健康問題(高血圧など)の悪化により、人々の健康に対するリスクが高まり、医療費が増加しかねません。
  • 経済や利益に関するデータについて、解釈が一段と難しくなります。たとえば、異常なほどの暖冬になれば、通常は工事の進行速度が遅くなる冬期でも、建設作業を継続できるかもしれません。需要量に変化がなくても、通年に分散されるため、景気サイクルの背後にあるトレンドを見定めるのが難しくなるでしょう。そのため、資産価格のボラティリティが高まる恐れがあります。

経済的影響の規模は不透明

気候変動が世界の所得に及ぼす影響については、控えめな予測から深刻な予測まであります。たとえば、ノーベル賞を受賞した気候経済学者、ウィリアム・ノードハウス博士の推計によると、温暖化が摂氏3度進むと世界の所得の2.1%が失われ、摂氏6度進むと8.5%が失われます(図中のオレンジ三角形)。深刻な排出シナリオにおいて、損害は世界所得の35%に及ぶと予測している研究もあります。

出所: IPCC AR6 WG2. Cross-Working Group Box ECONOMIC.1

最初の記事で指摘したように、世界の炭素排出量はこの10年間減少してきました。しかし、2050年までにネットゼロ目標を達成するには、さらなる対応が必要だと考えられます。

投資家は急速なエネルギー移行を想定するべきではありません。道のりは困難で、ゆっくりとしか進めない可能性があるからです。

市場への影響 – 現状維持シナリオ

移行スピードが遅い場合、長期的には市場に影響が出るはずですが、短期的に破壊的な状況が訪れる可能性は低いでしょう。地球温暖化による物理的損害の大半は、資産の実効デュレーションを超えたタイミングで発生するため、価格への影響は限定的と予想されています。

このシナリオにおいては、伝統的なエネルギー・セクターが、世界経済を動かすうえで重要な役割を引き続き果たすでしょう。ラッセル・インベストメントでは現在、エネルギー・セクターの株式バリュエーション・マルチプルが2023年9月の全般的なインデックス・エクスポージャーより割安になっており、分散化されたポートフォリオでこのセクターの配分を維持することが利益につながると考えています。

気候変動に対処するためのリソースが少ない発展途上国や、食料価格の変動による影響を受けやすい新興国については、より強い逆風にさらされることになり、中期的にアンダーパフォームする可能性があります。

このシナリオでは、投資家が長期的な資本投資やインフレに対する期待を引き下げると考えられるため、長期金利は低下するでしょう。国際通貨基金などの国際機関は、世界全体のレジリエンス(復元力)を高め、公正な成長を促進するために、より多くの資金を必要とする可能性があります。

市場への影響 – エネルギー移行シナリオ

現行のネットゼロ目標を達成するには、投資を急拡大させる必要があります。しかし、本シリーズの2番目の記事で指摘したように、乗り越えなければならない課題がいくつもあります。エネルギー移行がどのように進展するかは、以下のような主要変数への対処方法に左右されるでしょう。

スピード - 再生可能エネルギー技術のコストは急速に低下していますが、供給の不安定さ、送電、貯蔵に関する課題が残っています。急速にエネルギー移行を進めると、より多額のコストが必要となり、インフレ圧力が強まるでしょう。ただし、物理的損害は少なくなります。最適な解決策を得るには、総コストを最小化するようなトレードオフが必要です。

障害 - 輸出規制が実施されており、新たな鉱床による増産にも長期間を要するため、ボトルネックが発生して価格上昇につながると考えられます。経済全体にとっては困難な道のりになる可能性があります。しかし、素材セクターや新興国市場のコモディティ輸出企業には有利に働くでしょう。

政府からのインセンティブ - 炭素税によって促されるエネルギー移行や、エネルギー・セクターにおける偶発利益を動機とするエネルギー移行により、収益はクリーンな代替エネルギーに投資されるようになります。この動きには以下のような特徴があります。

  • 伝統的なエネルギー・セクターにとって極めて破壊的である
  • ガソリン小売価格が上昇し、未成熟でコストの高い技術を利用するエネルギーへと消費者の需要がシフトするため、「グリーンフレーション(グリーン・インフレ)」が発生する
  • 鉱産物価格に上昇圧力がかかる

対照的に、グリーン・エネルギーに対する補助金の提供は、インフレ効果をある程度軽減できるでしょう。

政府の債務を財源とするグリーン・エネルギー奨励金は、総需要の増加と経済成長にとって有益だと考えられますが、政府債務水準は高くなります。

金利とインフレへの影響

エネルギー移行が将来どのような結果をもたらすのかについて、一般論を述べるのは困難です。なぜなら、細部が重要だからです。しかし、広く支持されている見解が2つあります。

  1. 大規模な投資ブームを受けて、貯蓄に対する需要が世界的に増大するため、長期均衡金利が上昇していく(ラッセル・インベストメントでは20~30ベーシスポイントの上昇と予測)。これを反映させるため、ラッセル・インベストメントは数カ月間にわたり社内モデルを調整してきました。
  2. エネルギー移行はインフレ率上昇につながる(いわゆる「グリーンフレーション」)。一部の著名エコノミストは、(長期的に)各国中銀はこのインフレ上昇を許容し、インフレ目標を緩和するべきだと提言しています。将来的にはそのような状況に陥る可能性はありますが、今のところ中銀は依然としてインフレと闘っており、闘いを現時点で中止するのは危険かもしれません。また、中期的な観点からは、インフレが中銀の目標圏内で安定的に推移し、政策金利の上昇と成長の鈍化が起こる可能性もあります。

新興国市場への影響

エネルギー移行においては、クリーン・エネルギーを利用したハイテクでクリーンな製造プロセスが求められます。そのため、発展途上国から先進国へと成長していく道筋が大幅に変わる可能性があります。従来は、第一次産業(農業)から始まり、第二次産業(工業)、第三次産業(サービス)へ進む道筋でした。他にも、先進国市場における補助金が世界的に競争環境をゆがめ、不可欠なイノベーションに新興国市場が参加しづらくなる恐れがあります。

プライベート・マーケットの役割

プライベート・キャピタル市場は、グリーン・エネルギー移行に関する資金調達において主要な役割を果たすでしょう。インパクト投資の例としては、グローバルで必要不可欠なインフラへの投資、新たなグリーンテクノロジーを対象とするベンチャー・キャピタルへの投資などが挙げられます。また、農地投資や、コモディティ市場へ積極的に投資するアプローチもあります。長期的な戦略計画の立案は、常に重要です。

本シリーズで論じてきたように、エネルギー移行が起こる可能性は高いと考えられます。しかし、変化のスピードを予測することは容易ではありません。化石燃料からサステナブルな再生可能エネルギー源への移行には困難が伴い、経済、市場、投資に影響が及ぶでしょう。