ESGの「S」にスポットライトを当てる:「社会」ファクターの重要性の高まり

以下は、2021年3月8日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文は こちら。

投資に「環境」・「社会」・「ガバナンス」(ESG)の各ファクターを組み込むことは、長期的な投資機会を分析する際に検討する意義のあるものとして認識されています。「環境」ファクターと「ガバナンス」ファクターについての考察はアセットオーナーにとって常に一番の関心事でしたが、社会問題、つまり人々の健康や安全、人権、労働者の権利と平等などの事項については、最近になってようやく脚光を浴びるようになりました。当社の2020年ESGマネージャー調査では、前年の回答と比較して「社会」ファクターへの関心度が高まりました。

標題のテーマに関する2部構成の記事の第1部として、本稿ではこれらの問題点を評価するにあたって、リスクや課題と同様に「社会」ファクターに込められた意味を探ります。

ESGの「S」に込められた意味は?

投資家が「社会」ファクターを検討する際は、企業が従業員、サプライヤー、顧客、および事業を展開している地域社会との関係をどのように管理しているのかを分析します。これらの考慮事項は、内部的「社会」ファクター(人材開発、人権、生活賃金など)と外部的「社会」ファクター(動物保護、社会的機会、製造物責任など)に分類できます。

近年、ESGファクターはより包括的に考慮されるようになっています。この動きは、ESG評価プロセスの飛躍的な改善、ESG特化型の運用商品、ESG関連指標やデータの利用などが、その背景となっています。「環境」ファクターや「ガバナンス」ファクターは何年にもわたり注目されてきましたが、新型コロナ感染拡大、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動、#MeToo運動、同一賃金要求運動などによって、「社会」ファクターへの注目度も高まっています。

資産運用業界では「社会」ファクターの組み込みに関して、さまざまなレベルでの高度化が見られます。ベストプラクティスの原則が確立されてくるとともに、ポジティブ、ネガティブの両面で、極端な事例も散見されています。一例として、従業員管理の実態は目に見えにくく、計量化が難しいこともありますが、あらゆるビジネスにとって風評面だけでなく、長期的な健全性の面からも重要です。

「社会」ファクターは投資家にとってリスクを増加させる

新型コロナウィルスの感染拡大は、多くの社会的失策の事例を浮き彫りにしました。世界中で、多くの企業が社会的行動規範に不備があることが露呈し(その逆の事例もありますが)、これによってどの企業が長期的なステークホルダーの価値を上げられる方針を持っているかが明らかになりました。

投資において、特に包括的なESG投資戦略の一環として社会問題を考慮することで、投資資産の価値が長期的に維持されることが、調査結果からも明らかになっています。2019年の調査では、社会基準がリスク管理にとって重要であることが示され、高い社会的規範を有する企業ほど、システマティック・リスクが軽減されている事実が顕著な結果として現れています。1

結果として、社会的規範の高い企業ほど、インフレや景気低迷などの動きに対して、より強固に対応できると考えられます。

「社会」ファクターを組み込む際に投資家が直面する課題

社会的行動規範に不備がある企業はリスクが高いという相関が明らかであるにもかかわらず、投資家は、投資プロセスに「社会」ファクターを組み込むことが以前にも増して困難になっていると感じています。企業に対する評価の指標が増えている一方で、企業の社会的行動についてはデータが変わりやすいこともあり、環境活動などに比べて評価が依然として困難であることは確かです。今のところ、「社会」ファクターがどのように測定されるのかについて、企業による報告の慣例や世界的な基準はなく、そのため測定方法にはバラつきが見られます。さらに、これら社会問題にどれだけの重みを置くかについての合意もありません。

投資家にとっての課題は、データにとどまりません。「社会」ファクターを投資ポートフォリオに組み込む際の重要な問題の一つは、「社会」ファクターが投資家ごとに異なる意味合いを持つことです。2021年のEMEAデジタルサミットで、当社は以下のような質問を投げかけました。「ESGの「S」(「社会」)について考えたときに、あなた、またはあなたが関わっている年金制度にとって、真っ先に何が思い浮かぶでしょうか?」。多様性と受容、労働条件、男女平等などに関する幅広い回答が得られましたが、どの項目も過半数からの回答を得られませんでした。

アセットオーナーは、各投資家が達成したいリターンを得るのに最適な投資期間と、投資マネージャーが投資先を選択するにあたっての投資期間に、大きな開きがあるという現実を直視しなければなりません。ESGへの取り組みについての成果と、投資結果の向上を結びつけるためには、投資期間を延長することが重要です。

このような課題はありますが、投資戦略に「社会」ファクターを組み込むことは、これまで「環境」ファクターを組み込む際に経験したことを繰り返すことになると考えます。つまり、環境問題で多くが経験したことが社会問題で繰り返されるとするならば、「社会」ファクターの組み込みには何年もかかる可能性があります。将来のある時点で、業界標準やフレームワークが確立され始める可能性があり、こうなれば上記で述べた問題についての分析を行いやすくなるでしょう。

将来を見据える:「社会」ファクターの重要性は高まっていくか?

今後を見据えると、人権、労働基準、男女平等などの問題、そしてそれらが投資家にもたらすリスクと機会は、今後もより重要になっていくことでしょう。「社会」ファクターを計量化することは困難ですが、ステークホルダー偏重の問題によって、企業は真の意味での長期的リスクにさらされることになると考えます。

私たちは、責任投資に関する新たな重要規制や、EUが近日中に発出するサステナビリティ規制におけるESGファクターの考慮の方針開示といった、ダイナミックな規制環境の変化を目の当たりにしています。アセットオーナーや資産運用業界の実務者はリーダーシップを発揮し、ESGファクターにかかわる長期的なリスクを意識して考慮すべきでしょう。企業との関係において一貫した対応を行えば、当該企業は自社の利害のみならず、より広範なステークホルダーの利害に対しても、段階的に必要な対応を行えるようになるでしょう。

『ESGの「S」にスポットライトを当てる』の第2部では、アセットオーナーが「社会」ファクターをどのように投資に考慮することができるかを探り、新たなベストプラクティスの例を示します。


1https://deutschewealth.com/content/dam/deutschewealth/cio-perspectives/cio-special-assets/s-in-esg/CIO%20Special%20-%20The%20S%20in%20ESG.pdf