マルチ・ファクター投資 成功の鍵

人気高まるファクター投資

英国のエコノミスト誌によると、ファクターベースの戦略の運用額は業界で1兆ドルにも上るという1。多くの投資家がリターンを獲得するための運用手法を求めていく中で、今日ではファクター投資は広く普及したと言える。その人気の背景として、三つのことが挙げられる。一つはルールに基づいたエクスポージャーであることである。投資家の観点からは、どういった特性の銘柄に投資しているかが見え、理解がし易い。二つ目はパッシブ運用のベンチマークをアウトパフォームする可能性があることである。ファクター投資は、割安なバリュエーションや健全な財務体質など学術的に長年指摘されてきた特定のリスクに対するプレミアムや市場の構造的な非効率性に着目した運用だ。それ故に、定義次第では長期的に超過収益を獲得できる可能性がある。そして三つ目は、純粋なアクティブ運用と比較すると、一般的にはコストが低いことである。運用報酬は投資家の注目が集まるポイントで、低コストがメリットであることに議論の余地はない。

ファクター投資で留意すべきこと

株式ファクターでは、バリュー、モメンタム、クオリティ、低ボラティリティが広範な市場で歴史的に超過収益を生み出しており、銘柄横断的にリターンを説明するのに役立つファクターである。弊社ではこれらは長期的に株式の主要なリターン源泉となると考えている。このようにファクター投資にはメリットはいくつかあるものの、留意すべき事項もある。

まず、透明性が高いことは運用事務局の理解だけでなく関係者への説明にも役に立つだろう。しかし、それを逆手にとられることもある。例えば、定量モデルを活用したヘッジファンドが、特定のファクターに投資している大規模な機関投資家のフローデータを利用して、銘柄リバランスのタイミングを見つけ出すことができるかもしれない。透明性は重要だが、トレードのタイミングなど全てをつまびらかにすることは得策ではない。また、ファクターやスマートベータ戦略では、銘柄選定のルールがシンプルであるが故に、意図しないリスクを負う可能性もあり得る。例えば、低ボラティリティ性のある最小分散戦略は、純粋な低ボラティリティのリスクよりも大きな業種リスクや高い金利感応度のリスクを負うことがある2。このため特定のファクターに投資する場合、事件や事故などの事象に伴って短期的には市場を大きくアンダーパフォームする可能性があることは認識しておくことが必要だ。そして、ファクターは、一般的には10年あるいは15年といった長期でアウトパフォームするように設計されている。例えば、近年、比較的良好なパフォーマンスであるクオリティでも、2006年から2007年にかけて過去5年程度ではアンダーパフォームしている3。さらに、ファクターの違いによってパフォーマンスのパターンは異なる。その典型的な例はバリューとモメンタムであり、通常、同時に市場をアウトパフォームないしはアンダーパフォームすることはほとんどない。また、より長い期間で見ても、景気局面によってファクター間の優位性は異なってくる。

株式ポートフォリオにおいて、特定のリスクファクターを抑えたい、あるいは足りないので補完したいといったリスク管理の視点からは、一つのファクターだけに投資することは十分想定できる。実際に日本の年金スポンサーの場合、リスク管理の観点から低ボラティリティ戦略を採用する例が多くみられる。しかし、ファクター投資によって超過収益の獲得を目指すのであれば、十分な長期の投資スタンスをとれない場合、上述の理由から複数のファクターに分散するマルチ・ファクター投資が相対的にリターンの安定化につながるだろう。また、実際に複数のファクターに投資することで、市場だけでなく投資家自身のポートフォリオのリターン源泉についての理解が深まるはずだ。

マルチ・ファクター投資におけるチャレンジ

マルチ・ファクター投資では各ファクターのウェイトをどのようにコントロールするか、ポートフォリオ構築の仕方が鍵となってくる。フォワードルッキングな経済見通しやファンダメンタルの洞察がなく、ここ最近あるいは長期で、バックテストによって良好な結果となるような運用プロセスの戦略は、運用開始後に残念な結果に終わることがしばしば見られる。

二つの理由から単にファクターウェイトを静的に維持するだけでなく、動的にコントロールすることも視野に入ってくる。一つはファクター間の相関の変化である。2016年には低ボラティリティはモメンタムとの相関が高かったが、2018年末には逆に低くなり、バリューとの相関が上昇した4。相関が非常に高くなると、ウェイトを調整しなければ想定よりも特定のファクターに大きなポジションをとることを意味する。もう一つはバリュエーションである。2016年の低ボラティリティは過剰な資金流入により歴史的に見て割高であった。その当時、低ボラティリティ銘柄は下落相場において一般的に見られる特性通り、市場下落幅よりも抑えられた水準の下落にとどまりながらも、上昇相場でも相対的に良好なリターンとなった5。ファクターへの需給の潮目が大きく変化した場合には、元々想定していた特徴とは異なるリターンとなる可能性がある。過去、これと同様のことを、クオンツショック6として経験している。

とは言え、市場環境に応じて適切にファクターウェイトをコントロールすることは相応に難しい領域ではある。アカデミックなリサーチをしっかり掘り下げることによって有効なファクターを特定し、大量のデータから多期間にわたる徹底した検証を行い、市場環境を踏まえながらも一貫性のある運用プロセスを構築することが大事になってくる。そして、投資家がマルチ・ファクター投資を検討する際には、そもそもファクターウェイトの考え方が自身の運用方針やポートフォリオ構成上のニーズに合致したものであるかどうか、十分吟味する必要があるだろう。

 

1出所:https://www.economist.com/finance-and-economics/2018/02/01/factor-investing-gains-popularity
2リスクは国別リスク、業種リスク、スタイル・リスク、スペシフィック・リスク等から構成される。ボラティリティはスタイル・リスクに含まれる。
3出所:MSCI
4出所:MSCI
5出所:MSCI
62007年8月8~10日に計量モデルに基づき特定のファクターにベットしていたクオンツマネージャーのパフォーマンスが大幅に悪化したが、ポジションの解消が原因と言われている。


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