ヘッジファンドによるクロスオーバー投資

特にポピュラー音楽で、複数のジャンルの要素を取り入れた音楽のことを「クロスオーバー」と呼ぶ。ポピュラー音楽は、様々なジャンルの要素を融合させつつ発展してきた。複数のジャンルが融合し、1つの独立した分野として認識されるに至ったジャンルもある。投資の世界でも、ある分野で成功したマネジャーが近隣する分野に進出し、複数の分野に跨って投資を行うことがある。

近年、ベンチャー投資の世界におけるヘッジファンドの存在は無視できないほど大きくなっている。ヘッジファンドを出自とするマネジャーがベンチャー・キャピタル(以下、VC)としても存在感を高め、ベンチャー投資額ランキングで上位に位置することもある。米国では、個人投資家向けのミューチュアル・ファンドも一定の範囲で未上場株への投資が許可されており、上場株の投資家が未上場株への投資を行うのは珍しいことではない。このように、上場市場・未上場市場の垣根を越えて投資することを「クロスオーバー投資」と呼ぶ。

クロスオーバー投資の増加の背景にあると言われるのが、上場市場における投資機会の減少である。未上場市場の拡大で、新興企業は上場しなくても資金を調達することができるようになり、手間のかかるIPOを遅らせることが多くなったと言われる。クロスオーバー投資家は、高成長企業への投資機会を獲得するため、未上場企業への投資に参加している。上場株投資の延長という性格から、上場が近いレイターステージの企業への投資が多いが、経験を積み、アーリーステージにも進出しつつあるマネジャーもいる。こうした投資家は、上場前に投資した株式を上場後に手放す必要がなく、企業への投資を継続することができる。

最近では、VCが上場株投資を行うなど、クロスオーバー投資の裾野は拡大しつつある。日本のスタートアップ企業に対するリスクマネーの供給元としてもクロスオーバー投資は注目されており、国内でも関心が高まっている。

ヘッジファンドはクロスオーバー投資を先導してきたが、ヘッジファンドが流動性・価格透明性が低い資産に投資することに伴う構造上の課題もある。ここでは、ヘッジファンドによるプライベート投資の形態を整理し、クロスオーバー投資の投資機会や注意すべきポイントを考えたい。

ヘッジファンドによるプライベート投資の形態の整理

ヘッジファンドによる未上場株含むプライベート資産への投資形態は、①プライベート資産への投資に特化したビークル、②通常のヘッジファンド、③クロスオーバー投資に特化したビークル、という3パターンが考えられる。アセットオーナーから見ると、①はプライベート資産への投資、②はヘッジファンドへの投資と考えられるが、③は純粋なヘッジファンドとは分類しがたい点が特徴である。主に②と③がクロスオーバー投資を行うビークルとなる。

②の場合、主な投資対象はあくまで流動性の高い資産で、プライベート投資の割合には一定の上限を設け、ファンドの流動性に配慮していることが多い。一方、③のように、「クロスオーバー」という面をより前面に押し出したファンドの場合、プライベート投資の配分がより大きくなる。

主に②のケースで、ファンド内に別勘定(サイドポケット)を設けて、その中でプライベート資産に投資する場合もある。サイドポケットを活用することのメリットとして、投資家がプライベート投資への配分を希望するか希望しないかを選択できる点、ファンドのメインポートフォリオの流動性が犠牲にならない点がある。サイドポケットを利用する場合は、オペレーション面で様々な課題が伴うことを認識し、慎重に評価する必要がある。

ヘッジファンドによるクロスオーバー投資がもたらす投資機会

以下では、②や③のように、1つのファンドの中で上場株・未上場株の両方に投資すること特有の投資機会や課題について考える。

  1. 機動的な運用: ヘッジファンドとはそもそも、運用に関する制約をできるだけかけないことで、既存の制約内では獲得できないアルファを獲得するファンドである。その観点から、魅力のある領域に投資対象を拡大することは自然である。市場環境によっては、上場株の方が魅力的な場合もあれば、未上場株の方が魅力的な場合もある。マネジャーの相場観やボトムアップの分析に基づく上場・未上場問わない機動的な運用は、ヘッジファンドの武器であると言える。
  2. 銘柄選択スキルの発揮: 未上場企業が大型化する中、未上場企業が上場企業と競合するのは普通のことで、上場企業に関する銘柄分析の能力は未上場企業の分析にも活かせる。同時に、未上場企業に関する知識は、上場企業のビジネスを分析する上でも活用できるという両方向の作用がある。
  3. 独自の投資アプローチ: マネジャーによっても違うものの、一般的には、ヘッジファンドによるベンチャー投資は、取締役の派遣を求めないなど、より積極的に経営に関与する伝統的なVCとは異なる。その代わりに、投資までの意思決定の速さと投資時の評価額の高さを武器にし、投資案件を獲得することで知られる。また、上場市場に詳しい投資家としてIPOに向けたサポートを提供し、上場後も投資を継続することができる。企業としては、クロスオーバー投資家を株主として持つことは、上場に向けた準備が進んでいることを示す宣伝にもなる。こうした投資アプローチが常にうまくいくとは限らないが、通常のVCとは異なる特性を持つことが期待される。

ヘッジファンドによるクロスオーバー投資に伴う課題

一方で、通常のヘッジファンドで流動性が低い資産に投資を行う場合、マネジャーの運用能力に関する評価は前提として、いくつかの構造上の注意点があると考えられる。

  1. バリュエーション: 未上場株のバリュエーションは難しく、マネジャーによる評価に頼る部分が大きい。マネジャーは一般にバリュエーションポリシーを持っており、一定の手続きでバリュエーションを行っているが、同じ銘柄でもマネジャーによって評価額が異なることがある。ヘッジファンドは、月次や四半期での投資・解約が可能であることから、投資・解約時のバリュエーションが最終的に実現するリターンに直接影響を与える。例えば、未上場株の価値が高く見積もられていた場合、そのタイミングで解約する投資家にとってはプラスだが、新しく投資を行う投資家にはマイナスとなる。また、NAVやパフォーマンスに連動して発生するフィーが過大になる懸念がある。
  2. 流動性リスク: サイドポケットではなくメインポートフォリオからプライベート資産に投資するヘッジファンドにおいて、解約が多く発生すると、低い価格での資産の流動化を余儀なくされる可能性がある。これを避けるため、マネジャー側は、プライベート資産への投資比率の上限を定めるとともに、適切な解約条件を設定している。これは投資家保護のために必要な対応だが、解約を希望する投資家が実際に解約できるまでに時間がかかる可能性がある。また、IPO市場の冷え込みなど、市場環境によっては資産の一部が当初の予想通りに流動化できずに、マネジャーの裁量でサイドポケット化し、現金化に更に時間がかかる可能性がある。
  3. ファンドの分類: アセットオーナーは、ヘッジファンドや上場資産に対する投資枠とプライベート資産に対する投資枠を明確に区別していることが多いと思われる。クロスオーバーという面を前面に出し、未上場株の配分が大きくなるファンドの場合、分類が不明確で、アセットオーナーとしては位置づけが難しい。

終わりに

ヘッジファンドによるクロスオーバー投資は、ファンドの構造に由来する問題がありつつも、ユニークな投資機会を提供している。様々な対象に柔軟に投資することができるというヘッジファンドの強みを活かしやすい投資の仕方であると言える。

直近では、高成長株のパフォーマンスが振るわないこともあって、クロスオーバー投資の一時の勢いは失われているように見える。しかし、クロスオーバー投資家の存在はプライベート市場でも無視できない存在になっており、投資家としても、従来の資産クラスの考えに囚われない戦略として、今後も注目に値する分野であると考える。クレジットの分野でもヘッジファンドがプライベート投資を行うことがあるが、投資機会や注意点は概ね同様の議論が成り立つ。

通常のヘッジファンド戦略の枠内ではなく、ロングオンリーのファンドでクロスオーバー投資を実現することもできる。ロングオンリーのファンドは、絶対収益志向型資産というよりは、株式代替資産として位置付けられることになる。

今後も、ヘッジファンドに限らず様々なプレイヤーが様々な形のクロスオーバーファンドを設立し、選択肢が拡大していくことが予想される。こうしたファンドの中には、ファンド形態としてはヘッジファンドに近いものであっても、戦略やリスクリターン特性としては典型的なヘッジファンドではないものも含まれると思われる。投資家としては、このようなファンドを必ずしもヘッジファンドとして位置付ける必要はなく、広く新しいオルタナティブ投資の選択肢の1つとして検討できるのではないだろうか。ヘッジファンドが先導して開拓してきたクロスオーバー投資は、いずれ独立した分野として評価される日が来るかもしれない。