パンデミック・ストレス状況下における投資スタンス:プライベート・アセット編

多くの国が同時に不要不急の移動が制限されるという状況下にあって、直接・間接的にあらゆるプライベート・アセットの価値下落が想定される。価値の原動力が脆弱な企業や物件ではその被害が大きくなるだろうし、更に言えば、金余りの状況下において、安易なレバレッジによってリターンを嵩上げしてきたファンドにも悪影響が免れないだろう。本ブログでは、近年、ポートフォリオに占めるウェイトが高まっているプライベート・アセットに焦点を当てて、市場混乱期だからこそ押さえておきたいポイントを短期・中期・長期の視点で述べる。

プライベート・アセットの特性

資産の本源的価値の構成要素を大別すると、解散価値、収益力の現在価値、参入障壁の価値、さらには強力なトップ・経営層の価値が挙げられよう。各投資家による価値推計に対する細かい技術論はさておき、資産の本源的価値を大掴みで捉えると、投資対象が企業であれ物件(不動産、インフラ資産)であれ、投資家による将来のキャッシュフロー・収益見通しとその確からしさによって決定される、と規定できよう。そして、これは対象資産が上場・非上場の区分に拠らず、基本的に違いはない。大きく異なる点は、上場資産は日々の時価変動-つまり価格ボラティリティ-に晒されるということだ。時価は、危機時には説明できない程、本源的価値を大幅に下回ることがある。一方、プライベート・アセットは日々の時価変動に一喜一憂する必要はないが、本源的価値そのものが大きく毀損した場合、ファンド評価の洗い替え時に突如として大きなマイナスに見舞われることを覚悟しておく必要があるし、それが本格化してくるだろう。

短期的な手当て-リバランスとキャッシュ管理

プライベート・アセットのウェイトにもよるが、短期的に重要なってくるのはリバランスとキャッシュ管理だ。リーマンショック時の出来事を想起すると、プライベート・アセット特有の2つ要素、つまり、時価更新の遅れ、並びに、コミットメント済みのファンドからのキャピタルコールが重要なポイントとなる。

前者については上場資産の時価が大きく下落する一方、プライベート・アセットの時価更新の遅れから時価が保たれることから、一見すると、上場資産のアンダーウェイト、プライベート・アセットのオーバーウェイトという状況が起こりえる。もし投資家の中にプライベート・アセットの投資比率にレンジや上限を設定している場合、ルール上、リバランスが必要になるかもしれない。しかし、ここで単純なルールを適用することは回避すべきだ。実際にプライベート・アセットの売却はできないし、無理に売却しようとしても、市場が大きく下落する局面では足元を見られた価格付けをされる(直近評価額から大幅なディスカウントとなる)だけだ。今後の時価更新を待てば、プライベート・アセットの時価は下落するので、自然と許容範囲に収まっていくだろう。市場が落ち着くまでの一定期間はレンジ上限からの逸脱やオーバーウェイトの状況を許容するという柔軟性が求められる。

さらに、コミットメント済のファンドの中には、市場や経済が徐々に落ち着きを取り戻していく過程で投資機会を見出し、キャピタルコールが進むことも想定される。リーマンショック時とは異なり、近年は債券ポートフォリオにおいて相対的に格付けの低いクレジット債券の比率も高まってきているようだ。今般の危機においては、クレジット債券でも価格下落が進んでいることから、即座に換金可能な高流動性債券に限りがあるといった状況が想定しうる。キャピタルコールの通知から払い込みまでそれほど時間的猶予があるわけではなく、キャピタルコール対応のためのキャッシュ作りのため、早期の資産売却を強いられることから、平時よりもキャッシュ管理に気を遣う必要があるだろう。これは基金の個別属性に拠るため一般化することは難しいが、キャピタルコールは見落としがちな要素であることから、改めて、ポートフォリオ全体でキャッシュ不足に陥ることがないか、点検することをお奨めしたい。

中期的な手当て-アラインメントビンテージ分散の重要性を再確認

大きな危機が起こるたびに引用されるウォーレン・バフェット氏の投資名言に「潮が引いて初めて誰が裸で泳いでいたかわかる」というものがある。リーマンショック以降の空前の金融緩和で支えられた上昇相場では、運用スキルや経験値が足りない運用機関であってもそれなりの実績を残せたはずだ。あるいは、経験がある運用機関であっても、なかには競争激化を受けたスタイルドリフトや運用に集中できない規律の乱れといった事情が隠されていたかもしれない。現時点で具体的に悪影響が及ぶ範囲やマグニチュードを的確に査定することは難しいが、後から振り返った時にファンド間リターン格差は大きくなるビンテージである可能性が高い。中期的には投資家と運用機関のアラインメント(利害の一致)として報酬体系(固定報酬と成功報酬の割合や投資チームへの分配方法、自己資金による投資の程度)が問われるだろう。長期投資のアイデンティティを持つ投資家にとって、今後、運用機関に対してアラインメントのハードルをより引き上げていく契機になるだろう。

ところで、投資開始から数年間のIRR実績が、最終的なIRRを決めるわけではない。過去の不動産、インフラ、PEのIRR実績を確認すると、初期のパフォーマンス低迷が、そのまま最終的なファンドのパフォーマンス低迷に直結していた訳ではなかった。初期のIRRには、最終的なIRRを予測する能力がない、あるいは、信頼に値しないということだ。より信頼できるのは、市場危機時のビンテージ年のファンドの方が、相対的に高いIRRで終了しているという事実だろう。(出所:ラッセル・インベストメント)このことは、投資家にとって、危機時にあっても継続的にビンテージ分散を行うことによって、長期的なリターン安定が可能になるということを示唆している。短期的な市場の混乱が投資家の投資判断を曇らせるかもしれないが、長期的な市場サイクルの中で、着実に投資機会を押さえることが重要であることを強調したい。

長期投資資産に対するスタンス-年金基金の取り組み・運用体制

プライベート・アセットは多くの投資家の支持を受けて、確実に裾野が広がってきている。長期投資によって報われるという資産クラス特性への理解が進んでいる一方で、前回の危機を経験し、その教訓を今回の危機に活かせる年金基金担当者は少数派だろう。頭で理解していても、いざ実際に想定外の問題が生じた場合、心理的な負担や抵抗が生じてしまうものだ。担当者の経験年数が簡単には伸ばせないとすると、危機の経験値を組織の記憶として残す努力、例えばベストプラクティスとして記録しておく、といった対応でも良いかもしれない。さらに、担当者を複数人設置して、経験が断絶しないような工夫も一考に値するだろう。

プライベート・アセットの裾野の広がりに伴い、運用機関側でも投資実務経験が蓄積されてきていることは、良いニュースと言えよう。長期プログラムとしてポートフォリオ管理を行う意欲と能力のある運用機関に対する需要が増えていくことにも期待したい。