パンデミック・ストレス状況下における投資スタンス:マルチアセット編

マルチアセット投資戦略(以下MA投資)は近年年金投資家の間で採用が拡大してきた。2020年2月半ば以降の新型コロナウイルス感染拡大に伴う極めて特殊な高ボラティリティー相場でのパフォーマンスが気になるところだろう。ラッセル・インベストメントが執筆時点までに収集した情報によると、継続的な株式の買い持ちポジションが想定されるMA投資プロダクトを中心に、やはり2020年1-3月期のリターンはマイナスとなっているケースが多い。ただ、各プロダクト独自の機動的な資産配分のコントロールや、株式・債券市場の方向性には寄らないポジションからの収益獲得によって、期待を上回るパフォーマンスであった投資プロダクトもあれば、その逆もしかりであった。本稿では、改めて、MA投資プロダクトの特徴を整理し、長期投資家としてその投資実績を振り返る上での注意点を議論したい。

投資収益の源泉とリスク水準が、MA投資プロダクトを特徴づける

MA投資プロダクトの特徴整理において最も重要なのは、投資収益の源泉とリスク水準と考えている。MA投資プロダクトの多くで短期金利を何パーセント上回るのを目指すかという形で目標リターンが表現されるが、その目標を達成するための投資手法はプロダクトによって様々だ。そこで、最大公約数的にその手法を整理すると、MA投資プロダクトの一般的な投資収益の源泉は、以下の3つに分けて考えられる。

3つの投資収益の源泉

一つ目は、各プロダクトの平均的な資産配分、特に株式比率である。年金ポートフォリオ運営における、基本資産配分のイメージだ。株式比率が高いプロダクトほど目標リターンは高く設定されることが多いが、当然株式市場との連動性は高くなり、各マネジャーのスキルでコントロールできないリターン変動の可能性が高まると見ることもできる。また、この平均的な資産配分を確認する場合には、レバレッジ考慮後の数値を参照する必要がある。

次いで、機動的な資産配分のコントロール、いわゆるタクティカル(戦術的、短期的)アセットアロケーション(以下TAA)による超過収益獲得である。そもそも、このポイントによるユニークな超過収益を期待してMA投資に取り組むケースも多いのではないだろうか。MA投資プロダクトの運用者は、投資対象資産の最近の値動きとバリュエーション、経済金融ファンダメンタルズなどを参考に判断するのが一般的である。ところが、おそらく既に読者の皆様もご認識のように、TAAは広く知られた情報に基づき、流動性が高い資産に投資するため、そもそも”打率”が低くなりがちだ。TAAで収益の大部分を獲得するのを目指すタイプのMA投資プロダクトについては、相当に高い基準を以って評価し、慎重に採用可否を判断すべきである。

最後に、主要な市場の方向性に依存しない超過収益源、いわゆるアルファである。例えば、グローバル株式市場の方向性との連動が低い、米国株式対新興国株式のロングショート・ポジションや、世界国債市場との連動性が低い、英国国債対日本国債のロングショート・ポジションだ。ヘッジファンド投資においては株式や社債の個別銘柄間のリターン格差を主な収益源とする場合が多いと考えられる。それに対し、一般的なMA投資におけるアルファは、株式・債券ともにセクターやスタイル、地域・国別市場間のリターン格差を収益源とすることが多いようだ。前述の例であっても、グローバル株式市場や世界国債市場と完全に相関性がないと言えることはないが、中長期的にはMA投資ポートフォリオのリスク・リターン効率の向上に有効なポジション構築の方法と考えられる。

MA投資プロダクトのリスク水準は様々

上述の3つの投資収益の源泉それぞれにどの程度リスクを配分するか、そして、リスク管理プロセスを通じてポジションを如何にコントロールするかによって、各プロダクトのリスク水準は決まる。リスク水準とは、想定されるリターンの振れ幅(標準偏差やドローダウンの大きさ)であり、各プロダクト紹介資料にも目標リスクやパフォーマンス・ドローダウン抑制の目標値として具体的に掲げられることもある。MA投資プロダクト・ユニバースには、リスク水準に相当のばらつきが見られ、債券程度のリスク水準を意識したプロダクトもあれば、株式の7-8割程度と比較的リスクが高いプロダクトもある。各プロダクト紹介資料で提示される目標としてのリスク指標を参考にしつつ、実績データをモニタリングするとよいだろう。

MA投資プロダクトの特徴を把握し、パフォーマンスへの適切な期待を持つ

このような点をふまえてMA投資プロダクトを整理してみると、2020年1-3月期の運用状況の振り返りで留意すべきことが見えてくる。まず、各MA投資プロダクトのリスク水準と株式比率に対応した、現実的なパフォーマンス期待を持つことである。たとえ、過去数年間の一時的

一時的な市場環境に基づく運用方針として「保守的なポジショニング」が強調されてきたプロダクトであったとしても、そもそも商品設定におけるリスク水準と株式比率が高いならば、当四半期では相当なマイナスリターンとなってしまうだろう。このようなケースでは、マイナスの大きさがプロダクトのリスク特性から想定される範囲内だと確認できれば、及第点をつけてもよいだろう。むしろ、2020年3月下旬以降の株式市場のリバウンドによるパフォーマンス回復度合いにこそ、注意を向けるべきとも考えられる。逆に、株式市場との低相関やパフォーマンス・ドローダウンの抑制を標榜したMA投資プロダクトが、想定以上のマイナスリターンとなっている場合には、相当なエネルギーをかけてその背景を理解するべきだろう。

極端な相場環境を経験することで、プロダクトの運用プロセスの頑健さが確認できるだろうか

また、2020年1-3月期のような極端な相場環境は、MA投資プロダクトの運用プロセス全体の頑健さを確認する機会ともなる。当四半期の出来事を念頭に、改めて、運用評価における「5つのP(人材、投資哲学、運用プロセス、パフォーマンス、ポートフォリオ)」をレビューすることで、プロダクト採用当初の想定と現実の間に齟齬がないか、多角的な検証ができる。

加えて、当四半期のパフォーマンスに対応して、運用プロセスやスタイルが変更されるケースも今後考えられる。その場合には、裏付けとなるリサーチに説得力があるか、プロセス改善で想定されている相場シナリオが最近の出来事にフォーカスし過ぎ、フェアさを欠いていないかという点を聞き取りしながら、MA投資プロダクトがそれ自身の魅力、期待通りの投資収益を生み出す”エンジン”を維持していることも確認しておきたい。

最後に

MA投資プロダクトはその分類の定義があいまいで、ポートフォリオ内での役割の明確化に手間がかかるという難しさがある。その反面、一般的な株式や債券のインデックスの単純な組み合わせとは異なるパターンのリスク・リターン特性が期待でき、その他のオルタナティブ投資よりも運用報酬が低いケースが多い(ラッセル・インベストメント実施の2019年3月末基準のオルタナティブ商品に関する調査による)というメリットも想定できる。2020年1-3月期のような特殊な相場環境を経たからこそ入手できる情報を活用してMA投資の付加価値についての理解を深め、ポートフォリオにおけるMA投資戦略の位置づけを再確認することをお勧めしたい。