パンデミック・ストレス状況下における投資スタンス:保険戦略編

保険戦略の特性と近年の動向

多様な資産クラスに長期投資を行う投資家にとって、分散効果は非常に重要である。保険戦略は伝統的資産とは異なるリターン源泉を持ち、そのリスク分散効果への期待から、多くの年金ポートフォリオに取り入れられてきた。保険戦略は言わば保険契約のキャッシュフローを引受けるものであり、平時には保険料に相当するインカムリターンを受け取る一方、災害や死亡率の上昇等のイベント発生時には損失(保険金の支払い)が発生する。リターン・リスク源泉が自然災害等を対象としたリスク引受であり、株式や債券のように経済環境による影響を受けにくいことから、伝統的資産との相関は低い。

上記のような特性を背景に、保険戦略は低金利環境においてインカムリターンを追求する多くの年金基金で採用されて来たが、近年はその取り組みに変化が見られる。特に損保戦略では2017-2018年度に米国で発生したハリケーン等の大規模な自然災害により、多くのファンドが2年連続のマイナスリターンとなったのを受けて、保険戦略の特徴であるテールリスクを再認識し、ポートフォリオにおける位置づけを再考した投資家も多かったと思われる。保険戦略は比較的新しい投資戦略であることから、今回のコロナウィルスの感染拡大による影響の有無は、その投資戦略としての特徴を再確認する上で注目される。

見込まれる保険戦略への影響

今回のコロナウィルスの感染拡大による保険戦略への影響は、損保戦略、生保戦略の間で共通点と相違点が見られる。まず共通する影響として、市場における価格変化が挙げられる。損害保険や生命保険のリスクを裏付けとするキャットボンドの価格は、投資家による売却の影響を受けて2020年3月に下落したが、スイス・リーのキャットボンド指数(米ドルベース)の2020年3月のリターンは-1.84%と小幅な下落に留まっており、株式等に対する一定の分散効果が示された格好だ(2019年度の同指数のリターンは2.86%)。但し、これらの価格変化は表面的かつ一時的なものであり1 、リターンへの実際の影響は、損害保険や生命保険に固有のリスク特性により決まる。

損保戦略では通常、ポートフォリオのリスクの大部分をハリケーンや地震等の自然災害による物理的な損失が占める。今回のコロナウィルスは人的な被害を及ぼすものの、物理的な損失をもたらさないため、損保戦略への影響は基本的に殆ど生じないと思われる。但し、商業施設を対象とする損保契約の一部では、事業中断による損失を補償する特約が付加されているケースがあり、ごく一部で自然災害のみならず感染症による事業中断もカバー対象となる可能性が指摘されている2。最終的な影響は各損保戦略ファンドが取っているエクスポージャーによっても異なると思われ(例えば、キャットボンドでは上記の影響は生じない見込みである)、一部の損保ファンドでは不確実性や流動性への影響3に配慮し、保守的な観点から、見込み損失の計上や当該エクスポージャーをサイドポケットに区分するなどの動きも見られる。

一方、生保戦略は、ポートフォリオのリスクが主に保険契約者の死亡率の上昇や疾病、保険契約の解約等で構成されるため、今回のコロナウィルスの感染拡大による影響をより直接的に受ける可能性がある。コロナウィルスによる健康への被害は、現時点では特に高齢者に集中する傾向が指摘されており、ポートフォリオが若年層や中壮年層の保険契約を中心に構成されている場合、死亡リスクや疾病リスクにより損失が発生する可能性は現時点では大きくないと思われる。一方、今回のコロナウィルスを契機として各国で失業率が上昇する等、保険契約者を取り巻く経済環境が悪化することも見込まれる。仮に経済的困窮などから保険契約の解約率が大幅に上昇する場合には、生保戦略のポートフォリオに一定の影響を及ぼす可能性も考えられる。一般的にファンドが組入れる案件では、損失をもたらす死亡率や解約率等のトリガー水準が高い水準に設定されているため、現時点ではマネジャーがコロナウィルスによる損失を見込み計上する動きは見られない。最終的な影響は、パンデミックが今後どのように収束するのか、また感染の第2波や第3波の発生有無とそのインパクトによって変わってくると思われる。

長期投資家としてのスタンス

保険戦略のリターン・リスク源泉は、保険リスクそのものと言えることから、今回のパンデミックによる影響は伝統的資産や他のオルタナティブ資産(不動産、インフラなど)とは大きく異なっている。

長期投資家である年金基金が保険戦略への投資スタンスを検討する際には、まず、そのユニークな資産特性(他資産との相関の低さ)が最も考慮すべきポイントだろう。実際、長期スタンスで投資を行う海外公的年金(カナダのCPPPIBやスウェーデンのAP3など)では、固有のテールリスクを認識しつつ、ポートフォリオ全体に対するリスク分散効果に着目して、大規模災害が発生した2017年以降も継続的に保険戦略に資金配分を行う動きが見られる。

一方、中期的なリターン水準を想定し、具体的な対応を検討する上では、当面の投資機会とリスクも併せて考慮する必要があるだろう。損保戦略では、前述した不確実性が見込まれるものの、2017-2018年の大規模災害による損失発生を受けて、リターン源泉である再保険料率は上昇する過程にある(米国を対象とした再保険料率インデックスであるGuy Carpenter Rate On Line Indexは2020年初の時点で2017年に比べ22%上昇)。このため、保険に起因するテールリスク(災害発生)の深さに加えて、再保険料率の上昇を受けた各ファンドのリターン・リスク特性の変化を注視していく必要がある。一方、生保戦略は特に新しい投資戦略であり、これまで安定したリターンを上げて来たが、今回のパンデミックが初めてのリスク顕在化の機会にもなり得る。パンデミックが収束し、生保戦略への影響が明らかになるまでには時間が掛かると思われることから、現在の局面では既存ファンドのエクスポージャーを確認しつつ、その戦略特性の把握に努めることが必要だろう。

今回のような全世界的な感染症の拡大は現代人にとって未経験の出来事であり、今後の経済環境へのインパクトのみならず、保険戦略を含む各資産クラスへの影響は、依然として不透明である。パンデミックは各資産クラスの基本的な特性に変化をもたらすものではないが、資産内のセクター間格差をもたらす可能性がある。また新たなイベントの発生は各資産クラスの特性を再確認し、各マネジャーの特徴をより明らかにする契機となり得るだろう。特に、保険戦略は他資産に比べて仕組みが複雑で、ポートフォリオ特性の理解が難しい傾向があることから、今回のイベントを機に、マネジャーから積極的な情報収集を行い、保険戦略市場の動向や各ファンドの特性をより明らかにしていくことが重要と思われる。

 

1 例外はパンデミック債であり、今回のコロナウィルスの感染拡大を受けて、世界銀行(国際復興開発銀行)が発行したパンデミック債2銘柄のデフォルトが決定している。

2 標準的な保険契約の約款では、感染症による事業中断は補償の対象外と明記されている模様だが、特殊な一部の契約ではこれが明記されていない可能性が指摘されている。また、米国の複数の州では、契約上の免責事項の記述に関わらず、事業中断による損失を保険会社に補償させようとする法律が検討されており、不確実性の一因となっている。

3 担保付再保険の契約は年次で更新されるが、上記の事業中断リスクによる不確実性が存在する案件について、契約更新時にカウンターパーティが前年の差入れ担保を留保し、ファンド資産の一部が一定期間、再投資に回せなくなる可能性も指摘されている。

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Guy Carpenter Rate On Line IndexはGuy Carpenter & Company, LLCにより開発、算出および公表されている指数です。

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