年金資産運用 2021年度のテーマ:剰余金の有効活用

荒川 光弘、コンサルティング部、エグゼクティブ コンサルタント

2020年度の運用結果が好調であったこともあり、多くの企業年金では、剰余水準(従前でいう別途積立金の水準、以下剰余水準という注1)が一段と高まっている。運用が好調で、かつ財政上も余裕があるときには、剰余金部分の運用に関してあまり問題視されることもないのだろうが、剰余水準が大きくなるほど、その運用結果の如何により、将来の財政状況も大きく変わり得る。そこで、ここでは剰余金運用の在り方について考えて見たい。

剰余金運用の重要性

剰余水準が高くない場合、剰余金運用について考える必要性は乏しい。何故なら、剰余金から生じる運用損益の資産全体への影響が軽微と考えられるからだ。また、資産運用においては、一定水準のボラティリティがあるのが一般的で、期待収益通りに運用結果がでず、剰余金自体がなくなる可能性も否定できない。しかし、剰余水準が一定以上に高まった場合(たとえば、ポートフォリオのリスクの1標準偏差以上など、平時の運用環境下、年度単位で剰余がなくならない水準の場合)には、その損益の影響が長期的には無視し得ないと考えられることから、剰余金運用について検討する価値も生じてこよう。

また、債務との関係で資産運用を考える場合、一般的には剰余金の存在を考慮しない。すなわち、資産全体の目標収益率(しいては目標資産配分)を検討するにあたっては、資産額と債務額とのバランスがとれている(剰余・不足がない)ことを前提に、予定利率等債務の前提値との比較を中心に議論することが多いであろう。しかし、これは無意識のうちに剰余金でもリスク運用し、債務との比較において過大なリスクを取ってしまうことにもつながり兼ねない。やはり、剰余水準が一定以上高まっている場合には、目標収益率設定においてその存在を意識する必要があろう。剰余金がある場合には、その部分でリスクを取るか取らないかの選択の余地が生じ得る。すなわち、剰余がない場合と比べて運用の選択肢は広がるのだが、現状、この優位性があまり意識されていないように思われる。

剰余金の分別管理

剰余金があってもその水準を意識せず、資産全体を一つと考えて知らず知らずのうちに剰余金部分の運用を行っていることが多いのではないだろうか。すなわち、現状、多くの企業年金においては剰余金部分を意識した運用目標が立てられていないと思われる。しかし、剰余金がある場合、その部分を債務対応資産注2を上回る部分として認識した方が、債務と資産の関係も明確になり、債務に対して整合的な運用目標を設定しやすい。

資産運用の目標収益率を検討するにあたり、剰余金を意識した考え方として2つの手法が考えられる。一つは債務との比較において剰余水準は意識するが、運用としては資産全体を一体として捉えて目標収益率を設定する手法である。この手法では、債務対比での運用資産の比率を考慮し、目標収益率を設定することになる。例えば、運用資産の比率が債務対比1.2倍(剰余水準が20%)の場合、目標収益率は債務額を勘案した必要収益率の0.83倍(=1/1.2)になる。ただ、この手法の場合、剰余水準によるレバレッジ効果を意識し、全体のリスクを調整する(リスクを落とす方向での)議論は生じうるが、剰余金部分の運用リスクを債務対応資産部分以上に取る、あるいは債務対応資産部分とは異なる形で取る方向の議論は生じ得ないと思われる。 

やはり、剰余金部分の運用の在り方を整理するうえでは、剰余金部分を債務対応資産と明確に切り離す手法(二つ目の手法)が効果的だ。この場合、剰余金部分は他の資産と分別管理注3されることになり、剰余金部分単独での運用の在り方について、初めてまともな議論(資金特性を踏まえた議論)が生まれてこよう。

剰余金の活用方法

剰余金の活用の仕方としては、今後の運用環境悪化に備えてリザーブとして置いておく(まったくリスクを取らない)という考え方から、剰余金があるからこそその余裕資金で将来への備えを増やす(積極的にリスクをとる)いう考え方まで色々な考え方が成り立ち得る。何故なら、財政運営上は剰余金の収益が見込まれておらず、剰余金からの収益がゼロでも問題ない(債務対応資産が予定利率を稼げばよい)設計となっているからだ。ただ、剰余金は財政運営安定化の観点から、将来的に単年度ベースで債務対比資産不足が生じた場合にそれを補う資産としての役割が期待されている。この観点から言えば、剰余金は安全資産で運用すべきということがまず先に頭に浮かぶであろう。しかし、資産運用側からの観点で剰余金を考えると、債務を意識しなくてもよい資産(債務とは切り離された資産)としても捉えられる。すなわち、剰余金は債務対応資産よりも長期運用が可能で、運用リスクや流動性リスクを取りやすいという特性を持っているとも言えるのではないだろうか。

剰余金部分の運用を単独で考えた場合、安全資産運用からリスク運用まで、また、投資期間も含めて様々な選択肢を考えることが可能になる。剰余金の運用結果は、最終的にはプランスポンサーの掛金負担にもつながることから、最終的にはその意向注4を確認する必要があるものの、企業年金を管理する者としては、やはり複数の運用方法の可能性を比較検討しておくことが肝要であろう。

具体的な運用方法

ここで、剰余金部分の運用方法について、リスクの嗜好に合わせて簡単に分類をしてみたい。

  • 安全性資産(低リスク資産を含む)での運用
    最初に思い浮かぶのはキャッシュで保有することであろう。しかし、マイナス金利下、キャッシュに置いておいても資産は目減りしてしまう。個別金融機関の信用リスクを意識した上での定期預金への預け入れも選択肢となり得るが、剰余金の資産規模が大きいほど受け入れ先があるかどうかの問題が生じてしまう。一般勘定(従前の一般勘定より保証利率が引き下げられたものであっても)も同様の問題(生保に対する信用リスクや受け入れの可能性の問題)はあるものの、有力な選択肢となり得るであろう。さらに、信用リスクに加えて流動性リスクも許容するのであれば、投資適格社債などへのバイ&ホールド運用も可能となろう。
  • リスク性資産(中・高リスク資産)での運用
    長期投資を許容しない限り、有望な選択肢は見当たらない。しかし、剰余水準が一定以上であるため長期投資が可能注5と考えれば、リスク度合いに応じて債券投資から株式投資までその選択の幅は広がっていく。債務対応資産と同様の手法で運用するのも一つだが、投資非適格を含めてインカムを意識した債券のバイ&ホールド運用など、過度な資産分散を意識せず、剰余金の特性を生かした運用を行う考え方もあり得よう。さらに、流動性リスクも許容するのであれば、選択肢はプライベート資産にも及ぶ。こちらもインカムを意識した投資対象が有望な選択肢と考えられよう。

    また、剰余金部分を一つのポートフォリオと捉えて運用する考え方も取り得るであろう。ただ、債務対応資産部分同様の手間と労力をかけてまで運用することは効率的とは言い難い。やはり、資産規模の観点も踏まえ、マルチアセット商品を採用するなど、債務対応資産とは異なる手法を用いる余地も生まれよう。

おわりに

昨今、成熟度の高まっている企業年金が多く、コロナ禍、不透明感な市場環境が続いていることもあって、剰余金を従来以上に大事に扱いたいと思う企業年金が多いのも事実だ。しかし、剰余水準がかなり高まっている現在、剰余金は安全資産運用しかあり得ないと考えてしまうのも如何なものだろうか。剰余金部分の運用を考えるとき、全体最適(資産全体を一体と捉える手法)と部分最適(分別管理して捉える手法)のいずれが効率的かの議論もあり得るが、少なくとも剰余金部分は債務と切り離すことが可能で、債務対応資産にない特性を持ち合わせているのも事実である。それが故、その運用方法の選択肢は多岐にわたることを認識し、改めてその運用の在り方について議論しておくことも肝要ではないだろうか。

注1:新しい財政運営基準では、従来の責任準備金水準以上に資産が積みあがったとしても、その水準が財政悪化リスク相当額を上回らない限り、剰余とはみなされない。

注2:従来の責任準備金相当額

注3:明確に分別管理せず、単に分離した考え方を取り入れるだけでも議論は可能となろう。

注4:プランスポンサーの立場からは、年金財政の他、退職給付会計の観点も存在する。

注5:他に母体の自己資本に対する年金資産がさほど影響を与えない場合や母体の収益構造が安定性を帯びている場合など、母体との関係で年金でリスクを取りやすくなる場合も長期投資が可能と考えられる。