2022年の年金資産運用

大河ドラマでは、後白河法皇の皇子である以仁王(もちひとおう)による平家追討の令旨をもって源平合戦が始まった。現在、経済界ではパウエル議長がインフレ追討の勅命を出さんとしている。源平合戦で武家社会は様変わりしたが、FRBの金融政策で資本市場はどう変わるか。

2021年、多くの企業年金は、プラスの収益を獲得することができた。債券リターンは厳しかったものの、ワクチン接種が進んだこと等による活発な経済活動から株式やオルタナティブがリターンを牽引した。

一方で、今後のリスクになりうる事象も発生した。インフレ亢進とそれに対する各中銀の対応、中国の成長停滞懸念だ。新型コロナウイルスは、変異株が引き続き社会生活、経済活動に影響を与えそうだ。

弊社では今後12カ月程度の投資期間を想定した政策資産配分に対する推奨ポジションをお示ししているが、現在は各資産とも配分の中立維持を推奨している。多くの資産のバリュエーションは高いものの、経済は過去のトレンドを上回る成長を維持すると考えるためだ1

しかし、金融引き締めの進みが急である場合や、中国の景気減速が他地域へ波及した場合の株式市場大幅下落といったダウンサイドシナリオも頭に入れておく必要があるだろう。年金運用担当者としてどういったことを念頭に置けばよいか。年金資産運用の基本は、長期投資、分散投資であるが、足元の環境を踏まえ、それぞれの資産クラスにおいて課題と考えられる部分を以下では挙げる。

株式

2021年、企業業績は改善し、株式市場は欧米を中心に大幅に上昇した2。米国やドイツの株価指数は最高値を更新し続ける状況だった。

この結果や、米国をはじめとした一部先進国における金融政策正常化の方向性から今後の株式市場に対して懸念が生じるのも頷ける。2022年1月初めから株式市場には調整の動きが発生した。弊社としては、現時点(2022年1月時点)ではインフレは年後半には落ち着き、経済成長はトレンドを上回ると予想しており、メインシナリオ上は株式のアンダーウェイトは必要ないと考えている

一方、サブシナリオとして、性急な利上げといった中央銀行の政策ミスやインフレ率の高止まりにより需要が落ち込み、経済成長率が想定を下回ることも考えられよう。このようなダウンサイドシナリオを重視する場合は、株式のアンダーウェイトや株式下値リスク抑制策の導入が考えられるだろう。株式を削減する場合、期待リターンを維持するという観点からは、移管先としてオルタナティブやクレジットの活用が候補となる。景気の停滞期から後退期にはクオリティファクターが奏功すると一般的には言われるが、クオリティ株式は株式市場対比で割高になっている点に注意が必要だ3

株式市場は金融危機以降、長年の金融緩和政策から想定期待リターン以上に上昇し続けた。株価下落は、長期的な投資期間を考えれば、想定しうる価格調整とも捉えられる点への意識も必要だ。

中国に対する見方は、昨年の規制強化や不動産市場の混乱で大きく転換したと言える。中国の成長率見通しは、ゼロコロナ政策や、デレバレッジの進行から従来より低下する見方が強まっている。米国の金融政策引き締め期における新興国からの資本流入後退の可能性も指摘される4。高騰し続けてきた不動産市場のバブル崩壊懸念も取り沙汰されている 。

では、新興国株式投資を控える必要があるかというとそのようには考えていない。昨年弊社ブログで連載したように、新興国企業のグローバル経済における位置付けを考慮すると長期的には新興国株式に対する投資意義はあると考える5 。ただし、短期的に新興国株式の対先進国でみた運用効率性が低下する可能性を想定した上で、アクティブ運用機関のモニタリングを行うことが望ましい。

株式運用においては、主に外国株式アクティブ運用における超過収益獲得困難が継続しているという課題もあろう。バリュー/グロース格差は新型コロナウイルス感染拡大過程の一時期より縮小し、一部グロース銘柄が市場全体の収益率を牽引する傾向は弱まっている。超過収益が獲得しやすい市場構造へと変化してきていると認識している。

投資家が可能な対応として、ポートフォリオ全体のリスク特性のどこに過不足があるかの確認がある。運用者のスキル(スペシフィックリスク)なのか、スタイルリスクやカントリーリスクといったファクターリスクなのか。バリュー/グロースの軸だけでなく、より細かく運用戦略のスタイルを把握した上で運用機関構成を見直すことが望まれる。

債券

債券では金利上昇による一時的な価格下落が懸念される。生保一般勘定では、一部で予定利率引き下げの動きがあり、他社も追随した動きをみせることも考えうる。ポートフォリオにおける安全性資産の運営に難しさが増していると言えるだろう。

国債投資の収益性は依然厳しい。日本や欧州の国債利回りは非常に低い。米国債もフラット化したイールドカーブでは円ヘッジ後の期待リターンは高くないと言えよう。金利水準が全般的に高い環境であれば、デュレーションを引き下げ、金利リスクを緩和する方法はあるが、現環境下では更に期待リターンが低下してしまう。ベータに対する期待が薄くなる分、アルファの重要性は増す。アクティブ運用機関が強みを持つ収益源泉の再確認と分散が求められる。

クレジットをどう取り込むかも課題だろう。投資適格社債は、信用力が高く、株式に対する分散効果も効きやすい一方、スプレッドは歴史的に見て最低水準に近く、バリュエーションは高い。より利回りの高いクレジット(新興国債券やハイイールド等)は株式とは正相関を持ち、ポートフォリオ全体のリスクを高めうる。クレジットによる利回り補強を図る場合は、長期的な視点で投資に臨むべきだ。

オルタナティブ

株式や債券が割高性を増す中、オルタナティブは、ポートフォリオの効率性を高める役割が期待される。現環境に関わらないテーマであるが、プライベートアセットでもヘッジファンドでも優れた戦略にアクセスすることが肝要だ。

プライベートアセット戦略は、引き続き企業年金において採用増加の傾向がみられる。このようなニーズから国内企業年金向けには、オープンエンド型やFoF型など戦略の提供形態に工夫が見られる。プライベートアセットに初めて投資するような投資家にとってこのような形態は利用しやすい。だが、それら戦略のポートフォリオ構築が進んでいない場合は注意が必要だ。プライベートアセットへの需要が世界的に高まるにつれ、案件の獲得競争が激しくなり、伝統資産と同様、セクターによってはバリュエーションの高さが課題として挙げられる。特に相対的に規模の大きな案件は割高な水準で取引されているとされる。投資機会に上手くアクセスできる運用戦略や、実績を積み重ねている運用機関へのアクセスを確保することが重要だ。これからポートフォリオを構築していく場合は、プライベートアセットの種類にはとらわれず、ゲートキーパーを活用し、投資機会と目標とするリターンリスクに合致した戦略を選定することも考えられる。

ヘッジファンドは、他の資産と比較した相対的なパフォーマンス等から配分を増やす企業年金は少ないのが実態だ。しかし、ポートフォリオの効率性を高めるという役割が薄れたわけではない。例えば、エクイティヘッジの戦略は、株式との相関が高く、分散になりづらいのではないかという声をよく聞くが、ある程度の高リターンを期待するなら、株式ないし経済リスクをとらざるをえない。分散効果も重要だが、重視すべきポイントは、リスク調整後リターンが株式市場より高くなっているかにある。運用効率性が高ければ、ポートフォリオ全体の効率性にも寄与していると言える。

株式の下値リスクを抑えたい場合は、レラティブバリューやマクロが有効だろう。ポートフォリオ全体のリスク特性を設計するためにサブ戦略の特性に注意を払うことが必要だ。運用能力の優れた戦略にアクセスするためにゲートキーパーや、調査に信頼のおける投資顧問を探す努力も必要だ。

近年パフォーマンスが良好なヘッジファンドを中心に解約条件を厳しくする例が散見される点も留意点だ。投資家にとっては、確信度が低下した戦略をより長く保有する必要に迫られたりと理想的なポートフォリオの維持運営が容易でなくなるという側面がある。

ESG

コロナ禍という困難に直面する中でも、政治的、社会的には脱炭素を中心として、持続可能な社会へ向けた取り組みが強化されてきた。資産運用業界では、ESGインテグレーションが株式以外の資産クラスでも一般化しており、SFDR6 の第8条や第9条に対応する戦略も増えている。

リテール分野ではグリーンウォッシングという言葉が取り沙汰された。企業年金は、インベストメントチェーンの一員として運用機関が行っているESGインテグレーションの目的や効果に目を光らせる必要があるだろう。投資家として、運用機関に対しESGインテグレーションが超過収益獲得につながっている合理的な手法か、インテグレーションによって投資機会が狭められていないか等詳細な説明を求めていく必要があるだろう。

新型コロナウイルス感染拡大から約2年が経過した。経済は金融・財政政策のおかげで不況に陥ることなかったが、景気の山に早くも到達しそうな感がある。まさに転換点に立っていると言え、ポートフォリオのリスクの取り方に熟考が求められよう。

 

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1 ラッセル・インベストメント「グローバル・マーケット・アウトルック 2022年」 https://russellinvestments.com/jp/global-market-outlook
2 2021年、 MSCI All Country World Index(円ベース)は+33%上昇した。
3 2021年12月末時点でMSCI World Quality IndexのPBRは8.5倍(MSCI Worldは3.4倍)、フォワードPERは24.1倍(MSCI Worldは19.5倍)。
4 IMF「新興市場国は米連邦準備制度による政策引き締めに備えよ」(2022/1/10)
5 ラッセル・インベストメント「シリーズ「新興国投資の再考~移り変わる世界の勢力図」(第6回)岐路に立つ新興国株式
6 EU Regulation on Sustainability related Disclosure in the Financial service sector