債券ポートフォリオ内の金利上昇への備え

年明け以降の急激な金利上昇の勢いは景気減速の可能性を織り込んでか、多少落ち着きを取り戻しているように見える。とはいえ物価上昇の勢いは収まっておらず、また利上げ終了の見通しが立ちにくい中、債券市場には潜在的な金利上昇圧力が引き続きかかっていると言うこともできる。これまで長期にわたって続いた前例のない金融政策の終了も視野に入るようになった中、債券投資に期待する役割を再整理し、どう対処するのかを改めて考えることも、完全に無価値とは言えないだろう。

最初に債券に期待する役割を考える

金利上昇を検討する際にまず整理すべきは自身の投資家としての考え方である。債券に期待する役割や投資方法によって、金利上昇局面の捉え方や考えられる選択肢は異なってくる。

債券に期待される一般的な役割として、収益の安定性や株式との分散がある。この二つの役割は平時においては両立しうるが、金利上昇期ではキャピタルロスにより収益の安定性が毀損されるため両立しにくい。

債券に株式との分散を期待する投資家は、株式との逆相関性が強い中長期国債を選好するだろう。債券運用は本来、タームプレミアムを期待し、中長期債に投資するのが基本になる。

こうした投資家にとって金利上昇はあくまで一時的な事象にすぎず、許容すべきリスクの一つと位置付けられるかもしれない。一方で債券に収益の安定性を期待する投資家は、過去の低金利の継続(金融政策の一環としての人為的な側面もあった)および将来の金利上昇の可能性への対策も兼ねて、中長期債以外の投資対象を検討してきた。

金利上昇対策の方向性は大まかに3通りある

金利上昇対策は、金利上昇期にマイナスの収益をもたらす金利リスクを減らしたり(短期化や変動金利化)、金利リスクと異なるリスクや収益源泉(クレジット、為替、運用機関の能力等)を追加して利回りを強化することに大別される。

以下は本稿で言及する選択肢を、文中で紹介する順に列挙したものである。 金利リスクの抑制:短期債、変動金利型の債券、一般勘定 クレジットリスクの追加:社債、新興国債、バンクローン、資産担保証券(ABS)、ダイレクトレンディング、不動産デット戦略、インフラデット戦略、物価連動国債 為替、運用機関の能力活用:為替アクティブオーバーレイ、為替インデックス、債券アンコンストレインド戦略

金利リスクの抑制

金利リスクを減らす方法として最も分かりやすいのは、短期債中心のポートフォリオへの組み替えだ。後述するその他の選択肢ではクレジットリスク等の新たなリスクが加わるのに対し、短期化は金利リスクという既知のリスクを小さくすることに限られるため、検討しやすい選択肢と言えるかもしれない。ただし短期化が期待収益の低下につながる可能性には留意する必要はある。

また変動金利型の債券の組み入れは、金利上昇時に受け取り利息が増えることから、金利リスクを減らすことにつながる。検討にあたっては、後述の通り発行体の信用リスクや市場規模について留意する必要があるだろう。

生命保険会社が提供する一般勘定も金利の上げ下げに関わらず収益が期待できることから、金利上昇対策の選択肢の一つとなる。一般勘定を採用することによってクレジットリスクや流動性リスクが追加されると見なすこともできるが、現在のところこれらのリスクは限定的であり、現金や国内債券と比肩しうる選択肢と言える。なお比較検討にあたっては、金利上昇時に債券から発生する損失に似た考え方で課される解約控除が存在することに留意する必要がある。(解約控除が適用されない)給付対応を通じた減額など、一般勘定への資金の出入りを柔軟に変更し、投資額を管理する等の工夫も必要になるだろう。

クレジットリスクの追加

金利リスクと異なるリスクの筆頭は、クレジットリスクである。クレジットリスクを追加する場合、国債対比の上乗せ金利(クレジットスプレッド)によって国債の金利変動の影響が散らされることになる。クレジットリスクが高く上乗せ金利が大きいほど、金利変動からの分散が期待される。

クレジットへの投資は長期的に国債を上回るリターンが期待できるが、中短期的な下落リスクには十二分に留意すべきだ。中短期的な下落リスクは主にクレジットスプレッドの変化に起因するが、期待リターンが高くなればなるほど、リスクも高くなる原則はここでも成立する。クレジットリスクがもたらすリターンは株式のリターンと同じような動き方をするため、ポートフォリオ全体で株式と同じ方向のリスクをどの程度取るのかにも留意する必要もあるだろう。

クレジットリスクと一口にいっても、先進国の社債と新興国債ではリスクの源泉や収益の出方が異なっていたり、バンクローン等の変動金利型の資産では金利リスクが限定的となる等、債券種別によって資産としての特性は異なる。また資産担保証券(ABS)のように、証券化の仕組みによってクレジットリスクとは異なる特徴を含む債券も存在する。またオルタナティブに分類されることが多いが、ダイレクトレンディングや不動産デット戦略やインフラデット戦略も変動金利型で提供されることが多い(流動性の低い投資対象にはクレジットリスクの他に流動性プレミアムが加わる。このため低流動性資産の導入に関する整理も必要になる)。またクレジットリスクは含まれず、金利の変化と直接的な関係はないものの、物価連動国債も変動金利型の債券という選択肢の一つに数えられる。こうした資産特性の違いを把握し、自身の投資目的に合った選択肢を選択したい。

為替、運用機関の能力活用

クレジットリスク以外に、為替リスクや運用機関の能力を通じた収益獲得によって、金利変動の影響を緩和することも考えられる。

為替リスクは外国債券投資に付随する為替リスクを指す。外国債券投資では一般的には政策資産配分として定められた為替ヘッジ比率(ヘッジなしやフルヘッジなど)に基づいて為替リスクが管理されている。この外国債券全体の為替ヘッジ比率は変えず、通貨ごとにヘッジ比率を調整する(優位と思われる通貨のリスクを増やし、劣後が予想される通貨のリスクを減らす)ことで追加的なリターン獲得を狙い、金利変動の影響を散らすものだ。 円安が続きヘッジコストが上昇する環境では、為替ヘッジ比率を下げることを考えがちだが、債券運用における為替の影響は大きく、為替リスクが追加されることで債券に期待されるリスク・リターンは大きく変わりうる。このため政策資産配分で定められている外国債券全体のヘッジ比率を変更するには慎重な検討が必要になるだろう。

運用機関の能力を通じた選択肢は、本稿で挙げた選択肢(ただし流動性の低い債権に投資されることは少ない)を含めた多様な債券への投資を、運用機関の裁量によって機動的に取り組むものだ。伝統的なアクティブ戦略はベンチマークから大きな乖離が発生しないように管理されており、仮に運用者が金利上昇を強く確信していてもポートフォリオを短期化できる余地は限定される。このため伝統的なアクティブ戦略で対応可能な金利上昇の程度は限定的だが、債券アンコンストレインド戦略と呼ばれるベンチマークに縛られずに絶対収益を目指す戦略は、場合によってはデリバティブを使いながら大胆に短期化することもある。

年金基金が今回挙げたような金利上昇対策を自身の判断で機動的に実施することは、その意思決定の方法や委託形態を考えるとあまり現実的ではない。債券内の機動的な資産配分による収益を金利上昇対策として活用したい投資家にとって、債券アンコンストレインド戦略は有力な検討候補の一つになる。ただしそうした期待に応えることが出来るのは限られた運用者であり、運用者や戦略の見極めが重要になる。

最後に、現在の市場環境下においてはこうした金利上昇対策の検討は有効だが、金利が上昇した後に債券運用の考え方を改めて整理することになるかもしれない。その際は長期にわたって継続した低金利時代の債券運用に対する考え方を再整理することになるだろう。