ロシアの侵攻:世界経済は当面安定的ながらリスクは増大

 

以下は、2022年2月28日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文は こちら。内容は作成時点のもので今後市場や経済の状況に応じて変わる可能性があります。また、当見解は将来の結果を保証するものではありません。

ロシアのウクライナ侵攻を巡り、ボラティリティは増大しています。戦闘は既に何百万人もの人々の生活に影響を与えている人道的な悲劇です。市場は鋭く反応しています。米国株式市場は急落後大きく回復し、S&P500指数は1週間前(太平洋標準時刻2月28日の午前中時点)と比較して0.01%上昇しましたが、欧州株式市場は、週末にかけての事態の進捗に関連して、ドイツのDAX指数は2.1%下落し(2月28日時点)、より大きな打撃を受けました。今後も数日から数週間程度は、流動的な情勢が続く可能性が高いと考えられます。

ラッセル・インベストメントが特定したリスクと起こり得る結果の幾つかを挙げます。

ウクライナ国外への戦闘拡大の可能性は低い

人的および経済的コストの両方の観点から考えられる最悪のシナリオは、戦闘がウクライナの国境を越えて拡大することです。ポーランドのような近隣諸国は、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization (NATO))の加盟国です。NATO協定の第5条により、加盟国を攻撃することは、同盟全体への挑発行為と見なされます。これはNATO諸国を戦争に招き入れ、世界的な紛争を引き起こし、それに伴うすべての恐ろしい結果をもたらします。しかし、核抑止力を考慮し、プーチン大統領が理性ある当事者とすれば、この結果を招く蓋然性は低いと考えられます。

考慮すべきリスク - エネルギー価格の急上昇

より可能性の高い最悪の事態は、ロシアから欧州へのエネルギー供給の混乱です。多くの欧州諸国は、ロシアの石油とガスに依存しています。ドイツは天然ガス輸入の約60%をロシアに依存しています。一方、ロシアにとっての問題は、特に戦争遂行に伴う莫大な費用を考慮する場合に、この戦略に伴う輸入収入逸失の影響が大きいということです。

欧州の脆弱性は、ここまでの対露経済制裁に反映されているように、ロシアからのエネルギー購入の適用除外の議論に内在します。SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)決済システムに関連する制限でさえ、ロシアのエネルギー企業やガスプロムバンクのようなエネルギー関連金融会社にはまだ適用されていません。西側諸国がロシアの石油・ガス部門に対してより厳しい姿勢をとる場合、エネルギー価格の一段の高騰が予想され、それが欧州における景気後退を引き起こす可能性があります。現時点でこのリスクはまだ低いと考えられますが、潜在的なリスクには違いありません。

サイバー攻撃の可能性

紛争から生じる可能性のあるすべてのリスクの中で、サイバー攻撃の増加が最も可能性が高いと考えられます。ロシアにおけるサイバー攻撃に関与する人員数は、たとえばマイクロソフトの全従業員数よりも多いとの噂すらあります。これは、同国がサイバー攻撃能力の強化に大きな投資をしてきたことを示唆している可能性があると考えられます。西側諸国の経済制裁が強化されれば、ロシア政府が関与を否定することのできる方法との観点からも採用し得る対抗措置と見られます。

プーチン大統領の優先順位は明確ながら政権の安定性は不確実

プーチン大統領は、経済よりも国家安全保障を優先することを選択しました。経済制裁はGDPで最大5%規模の打撃をロシア経済に与える可能性があり、これは同国の政治的安定に影響する可能性があります。プーチン大統領は、過去の2つの軍事作戦(2008年のジョージア(旧グルジア)と2014年のクリミア)において、ナショナリズムの高揚と支持率の上昇を図ることに成功しました。しかし今回局面においては、ロシア国民が同様の反応をするかどうか、特に事態が悪化し、ロシアが大きな損失を被った場合の先行きの見通しは不透明です。ウクライナは、かつての米国にとってのイラクよりもロシアにとって大きな存在です。その領土面積や人口規模はイラクに比しても遥かに大きいのです。ソーシャルメディアからも明らかな反プーチン色が伺える状況となっています。

しかし、ロシア国内におけるプーチン人気の低下は、同国における政治システムの性質を考えると、それが明らかになるまでには数年を要する可能性があります。ロシア社会情勢の混乱は、世界の安定や世界経済にとっては明らかに懸念材料となります。

中露の接近

 ロシアと中国は関係性を深めています。ロシアに対する経済制裁が厳しいものとなり、中国も資源獲得をロシアにより依存するようになっているため、同国間の関係強化は自然な成り行きです。西側による制裁の効果が現れるに連れて、ロシアは資本と輸出収入を中国に一層依存するようになると見られます。

台湾情勢への懸念

明らかな政治的類似点にもかかわらず、ロシアのウクライナ侵攻は、必ずしも中国による台湾侵攻が差し迫っていることを意味してはいません。台湾情勢は今後10年間をかけた注視を要するものの、短期的には軍事的紛争に発展する可能性は依然として低いと見られます。プーチン大統領とは異なり、中国政府は依然として経済的手段を通じた目標達成を目指していると考えられます。

ボトムライン(結論)

戦争の進展に連れて、今後数日から数週間は経済的及び政治的な不確実性が継続すると見られます。戦闘がウクライナの国境を越えてNATO諸国に波及する可能性は非常に低く、よって現時点では、この危機が世界の景気サイクルに影響し、景気後退をもたらす可能性は低いと考えています。しかし、特にロシアから欧州へのエネルギー供給が遮断された場合には、状況が急変する可能性は残り、そのリスクが顕現する場合には持続的なエネルギー価格の高騰をもたらすでしょう。短期的には、このリスクが勘案され、各国の中央銀行は利上げに対してより慎重な姿勢を採る可能性があると見ています。