米国関税の最新動向と投資家への潜在的影響
以下は、2025年2月3日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文はこちら。内容は作成時点のもので今後市場や経済の状況に応じて変わる可能性があります。また、当見解は将来の結果を保証するものではありません。
2024年2月3日午後5時(米国東部時間)時点の最新情報
関税をめぐる状況は依然として流動的である。2/3米国時間での取引時間中、北米株式市場全体でリスク回避の動きが見られ、S&P 500指数およびS&P/TSX総合指数は一時2%下落した。また、国債利回りも低下し、カナダ10年国債利回りは約20ベーシスポイント下がり、約2.9%となった。この水準は2024年9月以来である。
しかし、市場は一部の動きを反転させた。これは、米国のドナルド・トランプ大統領がメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領と合意し、関税の発動を30日間延期することを発表したためである。
さらに午後には、トランプ大統領がカナダ製品に対する関税の発動も30日間延期すると発表した。
短期的には、マクロ経済の不確実性が引き続き高まると考えられ、30日後に関税が撤回されるかどうかは不透明である。また、中国製品に対する関税について、トランプ大統領がどのような判断を下すのかも注目される。
仮に関税が予定通り導入された場合、米国の消費者物価が一時的に上昇する可能性がある。これにより、インフレ率が2%の目標に戻る時期がやや遅れるかもしれないが、基本シナリオとしては、米連邦準備制度理事会(FRB)が最終的にインフレ率を2%に戻すことに成功すると考えている。成長の観点からは、関税が米国の経済活動に対して一定の下押し圧力となるものの、米国経済は景気後退を回避できるとみている。
一方で、これらの関税(および報復措置)の影響は、カナダ経済により大きくのしかかると予想される。カナダの国内総生産(GDP)の約5分の1は米国向け輸出に依存しており、仮にカナダからの輸入品に対して25%の関税が課される場合、カナダの景気後退リスクが大幅に高まる可能性がある。しかしながら、カナダ銀行(中央銀行)はこれまでのインフレ抑制において一定の進展を遂げていることから、経済の減速が顕在化した際には、必要に応じて政策的な支援を行う余地があると考えられる。
このような不透明な状況下では、投資家は規律を保ち、戦略的な資産配分を維持することが有益であると考えている。
以下、2024年2月2日時点の記事を掲載
サマリー:
- 米国のドナルド・トランプ大統領は、カナダおよびメキシコからの輸入品に対し25%の追加関税を課す見通し(ただし、カナダ産燃料の輸入には優遇措置として10%の関税を適用)。また、中国からの輸入品には10%の追加関税を課す予定。
- カナダ、メキシコ、中国は報復措置を講じる意向を示している。
- 関税の導入は、米国において一時的に物価を押し上げ、成長に対するわずかな負担をもたらす可能性がある。一方で、メキシコとカナダでは、関税による景気後退リスクが高まる可能性がある。
結論: 関税をめぐる状況は流動的であり続けると予想される。このような不確実性の高い状況では、投資家が規律を保つことが重要である。
概要
週末、多くの北米の人々は伝説のグラウンドホッグであるパンクサトーニー・フィルが影を見たかどうかを注視していた(訳注:北米で2月2日に催される春の訪れを予想する天気占いの行事。この日、冬眠から目覚めたグラウンドホッグが自分の影を見れば冬はまだ長引くと占われる。)。しかし、投資家が気にしているのは別の「影」、すなわち米国が新たに課す関税が経済や市場に与える影響である。
ラッセル・インベストメントのグローバル経済専門チームは、トランプ大統領の2期目における政策変更の可能性を慎重に監視・分析してきた。例えば、2024年12月には、当社の北米チーフ・インベストメント・ストラテジストは、(1)関税、(2)移民政策、(3)財政政策、(4)規制緩和の4つの重要な焦点を強調していた。
投資家にとっての主要な疑問は、潜在的な減税や規制緩和のプラスの影響が、関税の引き上げや移民政策の制限による悪影響を上回るかどうかである。これまでのところ、米国株式市場の投資家は楽観的な見方を示していた。S&P 500指数は、選挙日から2025年1月31日までにさらに5%上昇し、過去最高値を更新した。
多くの投資家は、トランプ大統領が選挙戦での発言よりも慎重な関税政策を取ることを期待していた。実際、1期目の関税引き上げは、選挙中の発言ほど大幅ではなかった。
しかし、こうした期待は一部打ち砕かれた。トランプ大統領は週末に正式に大統領令に署名し、カナダ、メキシコ、中国からの輸入品に対する新たな関税を、2025年2月4日から導入することを決定した。
関税の正式な発表を受け、今回の記事では、米国への影響に関する最新の分析を提供するとともに、対象となった貿易相手国の経済と市場への影響についても考察する。
最新の米国関税発表
週末、トランプ大統領はカナダ、メキシコ、中国からの輸入品に対する新たな関税を発表した。カナダおよびメキシコからの輸入品には25%の関税(ただし、カナダ産燃料は10%の優遇税率)、中国からの輸入品には10%の関税が適用される。
2024年11月までの米国の輸入データを分析した結果、これらの関税は米国の総輸入量の約42%を対象とし、実効関税率を7.7%引き上げると見られる。
出所:: ラッセル・インベストメント、米国経済分析局、税財団。2025年1月更新。「High end」は、全ての米国輸入品に一律20%の関税を適用した場合の実効関税率を示し、「Feb 4」は2月4日に発動予定の新関税を反映した実効関税率、「No New Tariff」は追加関税がなかった場合の実効関税率を示す。
これまで、米国は米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)により、カナダおよびメキシコからの輸入品の大部分に関税を課していなかった。そのため、今回の関税によって最も影響を受ける可能性があるのは、カナダ産木材、メキシコで製造された自動車部品、食品などである。
カナダ、メキシコ、中国の対応
三カ国の中で最も強い反応を示したのはカナダである。ジャスティン・トルドー首相と複数の州首相は、強硬な対応の必要性を強調した。トルドー首相は、米国からの輸入品約1,550億カナダドル相当に対して25%の報復関税を課すと発表。これはカナダの対米輸入の約3分の1に相当する。この関税は段階的に導入され、最初は250億カナダドル相当の輸入品に適用され、その後21日間で追加関税が発動される予定。また、オンタリオ州やブリティッシュ・コロンビア州など、カナダの人口の半分以上を占める州では、米国産アルコール飲料の販売停止を検討している。
メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は「プランB」の実施を発表。このプランには関税措置と非関税措置の両方が含まれる予定で、詳細は2月3日(月)に発表される見込みである。
中国は、世界貿易機関(WTO)に提訴する意向を表明するとともに、「相応の対抗措置」を講じる可能性があると述べた。
市場の反応
2025年2月2日(日)午後5時(米国太平洋時間)時点で、市場はややリスク回避の動きを示している。
- S&P 500指数先物は約1.7%下落。
- 米国10年国債利回りは4ベーシスポイント低下し、4.525%に。
- カナダ10年国債利回りは6ベーシスポイント低下し、3.065%に。
- 米ドル指数は1.28%上昇し、109.75に。カナダドルは対米ドルで67.8セントまで下落し、2016年の安値を下回った。
アメリカへの影響の可能性は?
関税は複数の伝達メカニズムを通じて世界経済に影響を与える可能性があるが、私たちは分析を行う際に、インフレと成長という2つの主要な領域に注目することが有益だと考えている。まず、インフレの視点から見ていこう。過去に、実効関税率が1ポイント上昇すると、支払われる価格が0.1%上昇するという推定を行なった。したがって、これらの関税は価格に対して一度に0.77%の上昇をもたらす可能性がある。これにより、コアインフレがFRBの目標に戻る時期が若干遅れるかもしれないが、関税は一般的に価格水準への一時的なブーストを意味し、インフレは価格の変化率の測定値であることを考慮することが重要である。したがって、関税によるインフレ圧力は短期的なものである可能性がある。
経済成長の観点では、関税は経済活動に対して重荷となる可能性があるが、その影響の大きさは、関税収入がどれだけ他の成長促進政策に振り向けられるか、また米国の貿易相手国がどの程度報復するかに依存するかもしれない。たとえば、タックス・ファウンデーションのようなシンクタンクは、報復がないシナリオでは米国GDPに0.4%の影響を与えると見積もっている一方、他の経済学者はより強力な報復シナリオではGDPに1ポイントの影響があると予測している。
2024年12月には、業界のコンセンサスとして、米国の2025年のGDP成長率は約2.1%(関税前)と見積もられていた。最近の発表を考慮した関税の影響を織り込むと、米国経済はある程度のペースで成長が鈍化する可能性が高いものの、リセッションは回避できると結論した。
企業利益の観点では、S&P 500の2025年の利益成長率はおおよそ2.5%の影響を受けると見込んでいる。I/B/E/Sのコンセンサスは、関税発表前の2025年のS&P 500の利益成長率を13%と予想していたが、この影響により、成長率は年率で10%程度になると予測される。それでも、年率10%の成長は依然として力強いペースである。
短期的には、関税が米ドルを若干押し上げる可能性があるが、米ドルはすでに2024年選挙から2025年1月31日までに5%上昇しており、中期的な評価指標に基づけば、米ドルは他の主要通貨に対してやや過大評価されている可能性があるため、上昇幅は限られるかもしれない。
米国の貿易相手国への影響の可能性は?
カナダは新たな関税の影響を強く受ける可能性が高い。カナダ統計局によると、米国への輸出はカナダのGDPの18%近くを占めている。米国がカナダ製品に新たな関税を課すことで、カナダ経済はほぼ間違いなく大きな打撃を受けることになるだろう。カナダ銀行(BoC)の最新の金融政策報告書に示された仮定のシナリオは、現在の関税計画よりも少し厳しく、米国がすべての貿易相手/製品に25%の関税を課すことを前提としているが、これでもカナダ経済に与える痛みの目安として有益である。BoCは、GDPが無関税の状態と比較して2.5%の減少を見込んでいる。もし関税が一時的なものではなく継続される場合、カナダ経済はすでに厳しいマクロ経済状況の中でリセッションに突入するリスクが高いと言えるだろう。
同様に、メキシコ経済も新たな関税によって大きな逆風に直面する可能性がある。米国経済分析局および国際通貨基金のデータによると、メキシコの米国への輸出は2024年にGDPの四分の一以上を占めると予測されている。国際通貨基金によると、関税前のメキシコの2025年GDP成長率はわずか1.3%と予測されており、関税によってGDPが縮小するリスクもある。
一方、中国は関税の影響をそれほど直接的には受けない可能性があります。中国への追加的な課税は、メキシコやカナダの商品に適用される税率よりも低く、また中国経済はメキシコやカナダに比べて多様化している。米国経済分析局および国際通貨基金のデータによると、米国への中国の輸出は中国GDPの約2.5%に過ぎない。
中央銀行や政府の反応はどうなるか?
カナダ銀行総裁ティフ・マクレムは、これらの関税がもたらすジレンマを指摘している。経済成長の減速を相殺するためには金融緩和が必要だが、価格上昇を相殺するためには金融政策を長期間引き締めたままにする必要があると述べている。中央銀行はこれらの競合する力を慎重にバランスを取る必要がある。ラッセル・インベストメントの視点から見ると、中央銀行は成長への悪影響をより重視する可能性が高いと考えている。成長への悪影響は価格上昇よりも長期的に続く可能性が高いためである。
米国の場合、経済は関税発表に向けて概ね堅調を維持している。2024年第4四半期のGDP成長率はわずかにトレンドを上回り(季節調整済年率2.3%)、失業率も依然として比較的低く4.1%である。パウエル議長は1月の会合で「金利引き下げを急ぐつもりはない」と述べ、インフレ対策におけるさらなる進展や労働市場の弱まりを見てから金利を引き下げるつもりであると発言した。関税の影響が米国経済に与える影響はある程度限定的だと考えられるため、パウエル議長は金融政策の方向について「様子を見る」アプローチを取る可能性が高いと予想される。
対照的に、カナダ銀行はよりハト派的に対応する意向を持つかもしれない。カナダ経済はすでに圧力を受けており、失業率の上昇も米国より急激であった。現在のカナダ銀行コアインフレ率は依然として2%の目標帯の中間値よりわずかに高いものの、他のコアインフレの指標はすでに2%を下回っている。したがって、カナダ銀行は経済成長がさらに悪化すれば積極的に対応する余地があると考えている。2025年末までに金利が2.4%に下がるとの予想もあり、これはカナダ銀行の推定する中立金利の中間値を少し下回る水準である。
影響を受ける地域の政府は財政刺激策を講じ、消費者や企業が受ける痛みを相殺することが考えられる。これは今後の注目ポイントである。
不確実性が高い理由は?
正式な関税発表があったにもかかわらず、マクロ経済的不確実性は依然として高い状態である。たとえば、投資家は今後のさらなる関税引き上げの可能性を無視すべきではない。トランプ大統領は、特定の製品クラス(半導体、医薬品、鉄鋼など)や特定の貿易相手国(例えば、ヨーロッパの輸入品への追加課税を検討している)に追加関税を課す可能性を最近警告した。さらに、報復的な措置に応じて関税を強化する可能性も示唆している。
一方で、トランプ大統領が貿易相手国から譲歩を引き出すために関税発表を交渉ツールとして使用している可能性もあると私たちは考えている。例えば、商務長官ハワード・ラトニックや一部の米国議員は、カナダに対して防衛費の増額を求めていると指摘している。また、カナダの議員は、米国が2025年3月に関税を再検討する「ウィンドウ」がある可能性を示唆していると報じている。
当社の北米最高投資ストラテジストは「トランプ大統領は、第一期では、経済と株式市場の強さを誇りにしており、両者をリスクにさらす攻撃的な貿易戦争は過去の優先事項と対立する」と述べている。この点は非常に重要だと考えている。これらの関税は主要な貿易相手国に対して実施されたが、もし米国経済への影響がより顕著になれば、トランプ大統領が関税戦争から抜け出す方法を模索する可能性があり、この感情が関税対立の期間を制限するかもしれない。
さらに、企業や消費者が関税引き上げにどのように反応するかにも不確実性がある。私たちは、企業が関税コストを100%消費者に転嫁することを前提にしているが、企業がさらに関税が引き上げられる可能性を予期している場合、「保険」をかける形でコストを100%以上転嫁する可能性もある。一方で、特に低所得層の消費者がすでに高価格に抵抗しているため、企業が利益率を削減して関税引き上げ分の一部を吸収する必要があるかもしれない。
投資家がポートフォリオを構築する際に考慮すべき点は?
ラッセル・インベストメントでは、不確実性の高い時期には、投資家は冷静さを保つことが有益であると考えている。関税が経済成長に悪影響を与える可能性がある一方で、中央銀行や政府が支援を行い、関税の影響を相殺する可能性もある。
私たちは、サイクル・バリュエーション・センチメント(CVS)フレームワークを適用して、投資機会とリスクを監視し続ける。
私たちの投資ポートフォリオでは、マクロ経済的不確実性を踏まえて、若干防御的な姿勢を維持している。まだ戦略的にデュレーションのオーバーウェイトを再開していないが、米国およびカナダの国債が重要な防御的役割を果たす可能性があると考えている。
また、米国以外の株式は景気循環のリスクにさらされる可能性が高いと考えているが、米国株式よりも適正価値に近いと見なしている。したがって、地域分散の重要性が引き続き高いと考えている。
さらに、私たちはアクティブ運用と慎重な銘柄選定が、政策変更が市場におけるばらつきを生み出す中で、より良いポートフォリオ結果を導く助けになると考えている。