コンサルティング部長 喜多 幸之助
はじめに
最初に、2018年3月には、皆様に十分なご挨拶もできず、突然姿を消すような形になってしま いました。お客様をはじめ、数多くの方々にご迷惑ご心配をおかけしてしまったこと心苦しく思っ ておりました。3月中旬の弊社カンファレンス開催日に白血病と診断されてから半年弱の治療を 経て、お陰様で職場復帰することが出来ました。これも皆様の暖かいご支援の賜物です。大変感 謝しております。折角ですので、この場を借りてその際の経験をご紹介できればと思います。
白血病は、「ある愛の詩」「世界の中心で愛を叫ぶ」等、病気もの映画の定番としてよく知られ ています。実は年に10万人に6-7人の割合でしか発症しないレアな病気です。今や生涯で見て2 人に1人が癌にかかる時代ですが、この病気に関しては生涯で見ても99.2%の人がかからない のです。なお、原因は不明とされており、そのため予防することもできないため、心配しても仕方 がありません。一方、レアなことに加え、病気になるにあたって自身に非がないことから、不幸自 慢としてコラムのネタにできるわけです。
関係ない話ですが、私には実はもう一つ不幸自慢があります。社会人になって間もなくのこと ですが、当時住んでいたアパートが、会社に行っている間に放火されたのです。12件連続放火事 件の3件目ということで、失火でないことは早々に認定され、まず胸を撫でおろしました。幸運に も、自身のけが、類焼、犠牲になられた方がなかったため、こちらも話のネタにするのに障害は ありませんでしたが、ここではこの位にいたします。で、20年を経て得た新たな体験がこれです。 これまでは大きな病気をしたことがなかった身には、まさに青天の霹靂でした。でも今となって は得難い経験だと考えています。
病名告知
復帰してから頂いた一番多くのご質問は、「当初、自覚症状はあったのか」という点でした。皆 様我事のように受け止めていただけるのは有難いですが、上記のように確率論的にはほとんど 心配する必要はありません。さて、この答えですが、私に関してはYesということになるのですが、 別の方で自覚症状なく健康診断で判明したという話も聞きましたので、ケースバイケースのよう です。一応個人の経験とお断りして、なれそめならぬ、病気が判明した頃のことを最初にお話し します。
2017年秋に受診した人間ドックでは特に何も指摘されなかったのですが、2カ月ほどして、身 体がだるく風邪気味の症状が数カ月続くようになりました。この時点で免疫力の低下を実感し ていました。インフルエンザにもかかり治癒したのですが、その後も体調不良が続きます。2018 年3月、自宅近くの内科にて血液検査を受けたところ、白血球・赤血球・血小板共に正常値の1/5 ~1/3程度まで低下していることが確認されました。その内科では「再生不良性貧血」の疑いが あるとの診断で大学病院での精密検査を勧められました。ちなみに「再生不良性貧血」は難病 の一つで、治癒が難しい病気です。そして、弊社のカンファレンスに皆様をお迎えする3月13日 当日に午前半休をいただき、大学病院に行きました。以下、大学病院での医師との会話です。 (【 】内は私の心の声。)
医師「(血液検査の結果を見て)これはつらかったでしょう。車椅子出しましょうか。」
私「【車椅子って、そんなに酷いの?立って歩けるけど。】いえ、午後から会社行かないと」
医師「会社だって?そりゃ無茶だ。私ならすぐに入院するね。でもあなたラッキーでしたよ。いや、この病 気になったのは不運なのだけど。これ治るやつだから。」
私「【ラッキーって?】そ、それで、病名は何ですか?」
医師「急性前骨髄球性白血病、が強く疑われるということ。」
私「えっ、白血病ですか・・。」
その症例が身の回りに溢れているからでしょうか、医師は何でもないことのように言います。不思議な もので、そのように言われるとこちらも受け入れやすいものです。むしろ、有名な病気なので説明がしや すい。当日午後のカンファレンス(進行する予定でした)をドタキャンせざるを得ないわけですが、この 理由ならサボってると思われることもないでしょう。違う病名だったら、追加的な説明を要したかもしれ ません。
後に判明したのですが、当該医師の研究の専門がまさにこの病気だったのです。「ラッキー」発言に は、病気の種類だけでなく、この病気をよく知っている自分のところに迷わず来た、ということもあったの かもしれません。
「急性骨髄性白血病」の一種である「急性前骨髄球性白血病」
病名がややこしいです。白血病には、急性・慢性、そして骨髄性・リンパ性に分かれ、計4種類あります。 前者が後者を含むという集合関係になります。少し説明が必要ですね1 。
急性骨髄性白血病にかかった著名芸能人の例を挙げると、俳優の渡辺謙さんや吉井怜さんのように 復帰される方もいますが、夏目雅子さんや本田美奈子さんのように亡くなる方も少なくありません。一 般には、昔は不治の病だったのが、最近は助かる見込みが五分五分といったイメージが持たれているか と思います。
私が罹患した「急性前骨髄球性白血病」は、急性骨髄性白血病の一種でその10-15%を占めます。元 K-1ファイターのアンディ・フグさんは、2000年にこの病気を発症し亡くなられました。当時は最も治りに くかった種類だったのが、今では治療法が確立され、最も治りやすいとされています。5年後までの生存 率は、急性骨髄性白血病全体で4-6割(上記の五分五分というのはほぼ正確なイメージです)なのに対 し、これは8割もあります。まさに、不幸中の「ラッキー」なわけです。
簡単に病気のメカニズムを説明します。血液の主要素である赤血球・白血球・血小板は、骨髄で作ら れています。骨髄にある造血幹細胞が分化してそれぞれになっていくのですが、うち白血球になるはず の細胞が染色体異常を起こして癌化し、前骨髄球(白血球の子供)の段階で発育が止まってしまいます。 人間で言うと小学生レベルです。この「不良小学生」が増殖することで、正常な赤血球・白血球・血小板の 生成が阻害されます。私の場合、入院後すぐの検査結果では、血中要素の58%をこの不良小学生が占め ていました(通常0.1%以下)。骨髄液にあたってはなんと91.6%(通常1.5-8.4%以下)とまさに不良に蹂 躙されている状態です。
ビタミン剤と抗がん剤による治療
治療の中心は以下の2つです。
- ベサノイドというビタミンA由来の薬を摂取し、骨髄に働きかけ前骨髄球を意図的に成長させます。
- 血液中に抗がん剤を投与し(化学療法という)癌化細胞を壊します。骨髄液・血液中から癌化した前 骨髄球を一掃し、正常な造血が再開されるのを狙います。
癌治療法の中でも一番辛いイメージがある抗がん剤治療。部位が特定できる癌の場合は、切除や放 射線など他の治療法がありますが、白血病は血液中に癌化細胞が広がっているため、有無を言わせず 抗がん剤治療が必要になるようです。
治療は、最初に寛解導入療法として血中の癌化細胞を消滅させるプロセスがあり、これがうまくいけ ば、地固め療法(3回)といって残った癌化細胞を根治するプロセスに進みます。両療法ともやることは同 じで、血液中に点滴で抗がん剤を1週間ほど投与し、その後2~3週間経過を見るというもので、1クー ル約1カ月です。私の場合これを計4回繰り返し、入院期間は合計4か月半に及びました2。血液、および骨 髄液中双方から癌化細胞が少しも残っていないことが確認されれば完全退院となり、通院による経過観 察に移ります。
わざと増殖させて一網打尽に
この病気の場合、手術とかクライマックスに当たるイベントがありません。効果測定は血液検査で行 います。1回目の寛解導入療法時はほぼ毎日採血され、血液の状況をチェックします。
下図は1回目の寛解導入療法時の白血球数の推移です。
2 本の点線に挟まれた範囲(3500~9000個/μl)が、正常な成人男性の白血球数の範囲を表します。
当初基準値を大きく下回っていた白血球が、ベサノイドという治療薬の投与により10500まで急拡大 しますが、このほとんどが不良小学生、もとい、癌化した前骨髄球です。それが、抗がん剤の投与を始め るとその数が急激に低下します。不良を敢えて増殖させ、抗がん剤で一網打尽にする作戦です。その後 自力で血球が回復するのを待ちます。問題は、悪い細胞が一網打尽になるのと同時に正常な白血球も 減り、免疫力が低下してしまうことです。
抗がん剤投与後、およそ2週間にわたって免疫力が低下する期間が持続し、この間食欲不振や感染症 による発熱が起こり得ます。何も起こらない方が望ましいわけですが、それはそれで元気なのに暇で寂 しい状況です。しかし、一旦発熱すると感染症が重症化しないよう抗生物質をとっかえひっかえ投与され ます。身体はしんどい反面、看護師さんに構ってもらえるのが嬉しかったりします。
薬液の投与はほとんどが点滴ですが、点滴の針は、原則前腕の血管に刺します。抗がん剤を含む薬液 を流していると、段々血管が硬化し針の刺し直しが必要になります。そのうち、刺す血管が少なくなって きて、経験の浅い看護師さんだと針を刺すのに失敗が重なるようになります。何度も針を刺されるのは、被検者としては辛いものです。最初は、看護師さん任せにしていて、失敗される度に失望感に襲われまし た。こちらも気分を切り替え、手首トレーニングマシン(ピッチャーが手首を鍛えるのに使う)を導入、血 管を少しでも浮き出たせて、針を刺す作業に協力することにしました。すると不思議と失望感は激減。な んでも人のせいにせず前向きに取り組むことは大切です。
身体の変化で生体認証が効かなくなる
抗がん剤は、種々の副作用を引き起こします。この症状を免疫抑制と呼びます。いろいろありますが、 私の症状は主に以下の3つでした。
- 白血球・赤血球・血小板の低下
- 食欲不振による体力の低下、体重減少
- 脱毛・痔等の外的症状
前述の通り同じプロセスの治療が4回繰り返されます。治療パターンは同じなので、精神的には徐々 に慣れてきますが、発症する副作用の症状は何故か毎回微妙に異なりました。白血球や血小板が低下 する時期は、様々な症状が表れます。白血球数が回復すると自然と無くなります。
話は変わりますが、入院患者にも稀にわがままで横柄な人がいます(ほとんどの方は礼儀正しいで す)。私が被害を受けたわけではありませんが、看護師さんや医療事務の人に怒鳴ったりセクハラまが いの言動をとったり。相手が病人なので、看護師さんや医師も強くは叱れません。しかし、そのような人 でも抗がん剤治療を受けるとみるみる大人しくなります。怒鳴る元気も奪うほど効き目がある抗がん剤。 この時だけは見ていて痛快でした(不謹慎で済みません)。
さて、3つの副作用について順にご紹介しましょう。
まず各種血液要素の低下です。血が白くなるので白血病と命名されたと言われますが、実際は血が白 くなったり色が薄まったりすることはありません。採血した血はいつもクリープを入れないコーヒーの様 に濃色で、目で見て違いが分かるほどではありません。でも血球が減ると免疫力の低下等の症状が生じ ます。
次に体重です。食事の時間は本来であれば楽しみですが、病院食が口に合わなかった(口に合う人 は稀でした)こともあり、当時は苦行に感じたものです。食べる量が少なかったお陰で、体重は67kgから 50kgへと大変スリムになりました。髪の毛もなく顔つきも変わります。まさに、ハリーポッターに出てくる 妖精みたいな容貌(ドビーと言います。著作権の関係で写真が載せられないのが残念です。)です。自分 で見ても別人に思えるほどで、スマホでも顔認証・指紋認証ができなくなります。生体認証にも限界はあ るのですね。何でもハイテクにすればいいというものでもありません。
最後の脱毛ですが、抗がん剤投与から2週間後に始まると言われていました。シャワーの度に大量の 髪が抜けていきます。私にとって希少な髪の毛が去っていくのはぞっとする経験でしたが、悪いことばか りではありません。髪だけではなく身体中の体毛が薄くなるのです。4か月半に及んだ入院中、髭は一度 も剃らずに済みました。すね毛もなくなり肌がすべすべで気持ちいいぐらいです。なお、退院後6カ月た った現在、あらゆる体毛は元通りです。残念ながら乏しかった髪が豊かになった、というようなうまい話 はありませんでした。
ようやく発信できた不幸自慢
勿論病気にかかっていた間、強い不安に襲われたことはあります。しかし、何が起きているのか、これ からどうなるのかが明確に分かれば不安感は無くなります。状況把握、及び、やるべきことが分かれば、 精神は安定し前向きになることができます。仕事に戻ってもこの点は同じですね。
それと情報発信には意識的に取り組みました。何せ「不治の病」のイメージが強い病気です。こちらは 回復途上にあっても、それを伝えなければ今にも死にそうかもと無用なご心配をいただくことになって しまいます。少しでも心配を払拭すべく、会社の方には一時退院する度に顔を出し、その時の状況をプ レゼンすると共に、話のネタに関係者の皆様にも伝えてもらうようにお願いしました。ただ、後で聞いた 話では、私の相貌が変わっていたので、逆に社員の心配を掻き立てた面もあったようです。無理に出歩 き過ぎるのも考えものですね。
実は、本コラムの執筆は入院中に開始しておりました。上記の通り、皆様にこの珍しい経験を紹介した かったためです。ハッピーエンドでない限り不幸自慢できないため、すっかり回復したこのタイミングと なりました。こちらで少しでも疑似体験していただければ幸いです。
なお、こちらを成稿した直後に、水泳の池江璃花子選手が白血病にかかったことを公表されました。 無論軽々しいことは言えませんが、それを経験した身として、きっと乗り越えられると信じております。
以上
1 以下、素人の理解に基づき記述しているため、医学的正確性の不足についてはご容赦ください。
2 本の点線に挟まれた範囲(3500~9000個/μl)が、正常な成人男性の白血球数の範囲を表します。