年金運営にブレイクスルーを!(第4回)

これまでの3回の連載で、年金運用を効果的に見直すためには、影響の大きい資産配分のあり方にフォーカスすることが重要なものの、政策資産配分を一つに絞る伝統的なやり方が最良の選択肢とは言えない可能性について指摘させていただいた。今回は、具体的なイメージを加えながら最終章をまとめてみたい。

政策資産配分を一つに絞らない

仮に政策的資産配分を一つに縛ることが唯一最良の選択肢とは限らないのであれば、どうしたらよいのか。一つのアイデアは、複数の資産配分戦略を持つことだ(以下、複数資産配分戦略という)。しかし、年金基金などの運用委託者自らが様々な可能性を考慮し、複数の資産配分を戦略的、戦術的に運営することは容易ではないだろう。

新しいアイデアは、委託者が唯一政策資産配分を決めるのではなく、従来通りの運営に並行して資産配分を含めた広範囲のプロセスを運用機関に委託する運用を組み合わせるというものだ。図で表すと、以下のようになる。

 

なぜ、複数資産配分戦略がよいのか?
資産配分が株式や債券などシンプルな構成ならば、政策的資産配分を複数持つ方法はあまり効果が期待できないかもしれない。結果的に大きな資産配分の違いが生じにくいからだ。

しかし、現在のポートフォリオは複雑化している。株式や債券だけでなく、代替資産の投資比率が高まっているからだ。代替投資は、投資対象や投資手法など様々な組み合わせが存在するため、結果的に資産配分の組合せの数は飛躍的に増加する。

加えて、代替資産は資産によって投資機会の有無やタイミングなど、伝統的資産とは別の資産配分上の留意点もある。その他にも運用実績が短いなどのデータ上の制約等から、前提条件(期待リターン等)の信頼度が上げにくいなど技術的課題もある。何より、情報量が少ないことで信頼度の低い定性情報が混入する恐れや、情報の非対称性の影響が高まる可能性は、無視し得ない問題といってよい。これらのことは、結果的に見積もり誤差や見通しの誤りの可能性を相対的に高め、運用機関別の資産配分戦略による差異がこれまで以上に高まる可能性があるのだ。

そして、このような状況に対応する有力な方法の一つは、信頼できると考える専門家に分散投資するということだろう。

複数資産配分戦略の導入プロセス

複数資産配分戦略は、一見複雑に見えるが、以下のような手順で考えれば、「従来通りの運営」(以下、従来運営)に違和感なく追加していくことが可能だろう。

  1. 予定利率を参考に制度全体の目標リターンを定める。
  2. 従来運営と「資産配分プロセスまで委託する部分」(以下、広範囲委託)との比率を決定する。
  3. 従来運営については、従来と同様の運営を実施する。
  4. 広範囲委託の目標リターン、許容リスク、投資対象、評価軸等(投資ホライズン等)を設定して、運用機関に委託する。なお、許容リスクは、従来運用のリスク量を参考に、設定するとよい。
  5. 従来運営を参考に、広範囲委託のモニタリングを実施する。

影響の大きいプロセスに集中できる

次に複数資産配分戦略で期待される効果を考えてみたい。資産運用の長期のパフォーマンスを決定する上で重要なプロセスは、資産配分などの上流工程であることは、過去からの実証研究で知られている。複数資産配分戦略を採用することで、委託者は、上流工程により焦点が当てられるようになる。それは、広範囲委託を依頼した運用機関とのコミュニケーションの中で、必然的に上流工程に焦点が当てられるからだ。また、複数の運用機関を採用することでその効果は倍増する。複数の専門家の環境分析や、戦略的な投資判断を同一テーブルにのせて検証する機会を得るのだ。これにより委託者は、実践的な戦略的思考を大きくブラッシュアップできよう。 

不透明な市場環境下のひとつのアイデア

長期投資における王道は、市場の短期的な変動に惑わされることなく、長期的にリターンが期待できる投資対象にコンスタントに追加投資を行うことである。

しかし、環境は大きく変わった。現在は、多くの制度で成熟化に伴いキャッシュアウトが増加してリバランス以外の追加投資が難しくなり、かつ多くの投資対象の期待リターンが低下し、市場の不透明感が増大している。このような環境下においても従来のやり方が常にベストかどうかは検証を要すると言ってよいだろう。局面によっては柔軟な資産配分でリターンを稼ぐ、ないしはリスクを抑制する運用手法に光が当てられるのはある意味自然な流れだと言ってよい。

しかし、歴史を紐解くと、ドラスティックに資産配分を行うことで長期的にリターンを稼ぐ成功事例はあまりなかった。一方で、未来が過去の相似形かどうかは、別な問題でもある。それは、成功しなかった要因が、今も引き続き改善できない要因であり続けているとは限らないし、方法を変えれば成功する局面があるかもしれないからだ。また現在は、データが蓄積されIT技術や投資手法等も進化した。成功の可能性が高いゴールをよく吟味して、信頼しうる運用機関へ分散投資すれば、成功する可能性は十分に考えられよう。新しいアイデアである複数資産配分戦略は、この新しい可能性を合理的に具現化するための一つのあり方だと言える。

どのように管理するのか

運用プロセスを見直すと、モニタリング等に影響を与えるため、どのように管理すべきかについては気になるところだろう。管理は、大きく二系統をイメージしており、現行より少し複雑になるかもしれない。

まず従来運営部分だが、ここは、これまでと基本的に変わらない。ただし、広範囲委託を加えることで、従来運営部分の運用をシンプルにする選択肢もある。その場合、結果的に管理もシンプルになろう。

次に広範囲委託部分を考える。広範囲委託部分の管理は、委託内容次第であるが、仮に従来運用部分と同水準の目標であれば、例えば、従来運用部分の5年平均の実績と比較することなどが想定される。ただ実際には、目標水準、投資対象、そして投資手法などが運用機関ごとに委託内容が異なる場合、5年平均等で単純比較することは難しい局面もあろう。これは、管理の容易性と目的のジレンマとも言える。複数資産配分戦略を採用する大きな目的は分散効果である以上、似通ったパフォーマンス・パターンにならないことは目的の一つであり、それ故に管理が複雑になるのだ。

そういう意味では、管理は形式的ではなくより本質的なやり方に移行する必要がある。すなわち、確認すべきことは、投資行動が委託内容とかい離していないか、市場環境に対して、投資方針から想定されうる結果になっているかといったことだ。現在のようなベンチマーク対比で管理するシステム的な方法ではなく、投資行動の合理性などプロセス確認が中心になってこよう。そして大事な点は、細かい投資行動を逐一確認するというより、大きな影響を与える可能性のある現象や行為に対して集中的にモニタリングすることだ。現在の方法とは異なるため、初めは戸惑うかもしれないが、より実践的で本質的な管理に移行できるきっかけになると言えるのではないだろうか。

既存のマルチ・アセット運用の組み合わせか?

複数資産配分戦略は、結果的にマルチ・アセット運用商品を多数採用することになるだろう。しかし、既存のマルチ・アセット運用商品を何も考えずそのまま導入することを必ずしも意図していない。それは、既存のマルチ・アセット運用商品の多くは、伝統的な運営の中で利用されることを前提として設計され、ニーズの最大公約数的に組成されている商品が多いからだ。それに、単によくあるバランス型運用を複数採用することも意味しない。

そういう意味では、目的に合致する運用商品を運用機関に組成してもらうことが一番かもしれないが、既存のマルチ・アセット運用商品を組み合わせる方法を完全に否定しているわけでもない。大事な視点は、運用効率が高く、分散効果のある付加価値のある運用商品を組み合わせること。そして、何より影響の大きい資産配分戦略が目的に沿っていることなのだ。

この他のアイデア

ここでは、予定利率など目標を同水準にした広範囲委託を例に紹介したが、全体のストラクチャーはこの形に限定されない。例えば、運用機関の特性に合わせて目標水準に差を設けて広範囲委託してもよいだろう。投資ホライズンという軸で分けて広範囲委託する案も考えられる。このように伝統的な枠組みに縛られない様々な方法が考えられるのだ。また、投資方針に合わせて伝統的な枠組みにとらわれない最適な管理の在り方も検討する必要がある。

最後に

根源的な論点は、「長期パフォーマンス上、影響が大きいことは委託者の責任で決めなくてはいけない」ということは、「委託者が自ら政策資産配分を決めなくてはならない」ということと同義ではないということだろう。直観的に考えれば、影響が大きいゆえに専門家の英知を集め、信頼度を高める方法を採用することや、不透明であるが故に影響の大きいプロセスを分散するという方向性は自然なように思える。

これはすなわち、現在主流のプロセスを再検証することを意味する。すなわち、理想的な環境を前提とした理論に基づく、「説明しやすい」現在の運営管理の在り方から離脱するということだ。最初の一歩は小さくてもよいだろう。新時代の年金運営に向けて取り組みやすいところから是非チャレンジしてみてはいかがだろうか。