中国の成長期待とリスク:理財商品のいま

世界の株式市場を大きく揺らした2015年夏の中国株ショックからもうすぐ3年が経とうとしています。各国株式市場と比較して比較的ボラティリティが高いといわれる日本株を大きく超える幅で上海総合指数などが上下し、世界中の投資家がその動向を注視した数カ月間は強く記憶に残っていることと思います。中国株と言えば、日本の年金ポートフォリオにおいては、エマージング株式の一部として保有する香港上場H株を指しますが、一般のメディアに登場する場合には、上海や深センに上場し、中国国内の投資家が売買シェアの大部分を占める「A株」を指すことが多いと考えられます。当時は、ほとんどの日本の機関投資家が中国A株をまだ保有しておらず、「中国株ショック」のポートフォリオ収益への直接の影響という点では極めて限定的でした。

しかしながら、2017年夏に、大手インデックス・プロバイダーのMSCIが来月(2018年5月)から段階的にMSCI新興市場株式インデックスへ中国A株を組み入れることを発表し、エマージング株式運用を通じて日本の年金ポートフォリオでも徐々に中国A株保有が増えていく見通しです。また、グローバルな投資環境という点でも、各社の市場見通しを見渡すと米国に対する見方に警戒感があるのに対して、中国経済の順調な推移に基づいてアジア地域をポジティブに見るケースが多く、経済ファンダメンタルズの点でも、中国の動向への関心は強まっていくことが予想されます。弊社のストラテジスト・チームによるグローバル・マーケットアウトルック最新版でも、中国の順調な経済成長をメインシナリオの軸としています。

このように最近は何かと前向きな話題が多い中国マーケットですが、同時にしばしば耳にするのが「長期的視点では、金融システム全体としてのリスクは高く、注意を要する」といった指摘です。こうした指摘は、イメージや雰囲気はよく伝わってくるのですが、具体的に何を指しているのか、ぼんやりとしているようにも感じられます。地方政府による不動産開発向け資金調達を目的としたレバレッジの拡大や、業界としての収益機会先細りが見込まれる重厚長大製造業の過剰債務など枚挙に暇がない分野ですが、本記事では、中国の金融システムのリスク要因のひとつとして「理財商品」にテーマを絞って、最近の状況を整理したいと思います。

理財商品の仕組み

中国で販売されている一般投資家(いわゆるリテール投資家)向けの投資商品には、預金金利よりもかなり高い運用利回りと同時に、元本保証を謳っている商品が数多くあります。日本のメディアにもしばしば「理財商品」として登場しています。預金金利を超える投資収益を得るためには、何らかの投資リスクをとる必要があることは古今東西の法則です。理財商品の運営をバランスシートに例えてシンプルに想像すると、左の資産部分には、株式や債券といった投資ポートフォリオがあり、右の上、負債に相当する部分には預金金利プラス数パーセントの投資成果を期待するリテール向けの投資商品、右の下、株主資本部分には更にハイリスク、ハイリターンの投資成果を期待する資金があります。この部分の資金の出し手は、商品の組成に関わった金融機関であったり、ポートフォリオ運用を担当する投資運用会社であったり、富裕層や一般企業のまとまった資金であったりと様々なパターンがあると耳にしますが、正確なところを把握するのは困難です。また、「株主資本」部分と「負債」部分のバランスや、「負債」部分で約束する利回りは、投資ポートフォリオの特性や投資タイム・ホライゾンといった条件で決まるというよりは、「実績作りに焦る」新興の投資運用会社や「低債券利回りによる運用難に直面する」アセット・オーナーといった各プレーヤーの個別事情で決まる面があるようです。

このような仕組みでは、株主資本に当たる資金の出し手にとっては、レバレッジをかけたポートフォリオ収益を受け取ることとなります。投資運用が順調な場合は問題ないのですが、投資成果が振るわなかった場合、特に、リテール向けの投資商品が販売時にプロモーションに用いた目標リターンを達成できなかった場合には、自己資金を追加投入するなどして損失補てん的なアクションが求められることもあります。これは、各金融機関にとって大切なビジネスの柱である理財商品が、将来的にも競合他社に対して見劣りしないように、目標リターンを下回る成果があったというトラックレコードが残ってしまうことをどうしても避けたいという強い動機が背景にあると考えられます。

理財商品の規制強化と今後

このような状況は、日々同業他社との競争にさらされている個別金融機関に任せていても改善することはありませんので、実際に、近年は中国政府による規制が強化されています。「中国銀行業理財市場レポート(中国銀行業理財登記管理センターによる、2017年版)」を見ると、まず、2011年から2015年までは年率50%超とも言われた銀行による理財商品の資産規模の成長率が、2016年は24%、2017年は1.7%と大幅に鈍化しています。さらに、現在進行形で議論されている「資産管理新法(資管新規)」(仮称)では明確に「銀行が元本保証を謳う理財商品を発行すること」を禁止する見込みであると現地では報じられています。

総額29兆元(約496兆円)規模ともいわれる銀行による理財商品ビジネスですが、このようなニュースからは政府による規制が着実に進んでいると見ることもできます。また、実際に、現地の株式投資家の間では規制強化を見越して、各銀行の投資対象銘柄としてのセルサイド・リサーチによる評価を見直す議論も活発で、収益力のランク付けにも変化が見られています。また、非金利収入の中心を、電子マネーの決済手数料など他の分野へシフトする動きも活発です。中国A株の標準的なインデックスにおいて、銀行セクターのウェイトは25%を優に超えており、今後エマージング株式投資における中国A株とその銀行セクターの動向の影響は少しずつ増していく見込みです。将来的に、中国A株の「ベータ」も「アルファ」も、いずれは日本の年金ポートフォリオの特に株式部分においては、ある程度の割合を占めるに至り、リスク分散に寄与することが予想されます。懐疑論とバラ色論のどちらにも偏ることなく、先入観抜きで、世界第2位の規模の株式市場の動向を今後もフォローしていきたいと思います。