注目が高まる気候変動リスク指標

以下は、2021年7月26日にラッセル・インベストメント(米国)のHPに掲載された英文記事を翻訳したものです。原文はこちら。

資産運用業界ではデータを活用したESG評価手法が広まっており、ESGや気候に関する新たなデータセットも登場して広く使われるようになりつつあります。本稿では、気候変動リスク指標の内容と利用方法についてご紹介します。

データは投資において大きな役割を果たしています。データの分析によって、投資家は自身が負っているリスクをより正確に理解でき、リスクとリターンのトレードオフに関してより効率的なポートフォリオを構築することができます。最近ではデータの入手が容易になり、分析手法も進化したことによって、リスク分析の精度が高まり、予測もより正確になりました。データセットも発展しており、ESG評価指標や分析ツール(機械学習)などが新たに登場しています。

気候変動は、定量的データによって分析可能になったリスクの一例です。気候変動自体が、互いに関連し合う多くのプロセスで構成された現象であり、それぞれのプロセスに固有のリスクや不確実性があります。近年の傾向として、投資家は気候関連の影響から生じるリスクや機会に関心を持つようになり、より精緻な定量的リスク指標の重要性を認識し始めています。定量的な気候変動リスク指標に対するニーズの高まりに対処すべく、複数のベンダーが気候変動リスクを明示的にモデル化し始め、気候変動リスクのデータをサービスの一部として提供しているベンダーもあります。

気候変動1 に関する物理的リスク(気候シナリオにおける急性または慢性リスクとして大別)2および移行リスク(気候関連財務情報開示タスクフォースによって政策、法規制、テクノロジー、市場、風評の各リスクに分類)3は、経済上のリスクでもあり、長期のポートフォリオのパフォーマンスにも密接に関連します。ポートフォリオのリスクに関する伝統的な測定方法と同様、気候変動リスクはリスク回避的な投資家にとっての関心事です。しかし、気候データはこれまでのデータとは異なります。気候データはリスク分析の比較的新しい分野であり、発展途上です。リスクのモデル化に関するコンセンサスは、様々な点においてまだ確立されていません。また、気候変動は多くの小さなプロセスが複雑に絡み合っており、それらが波及効果を及ぼすため、モデル化はますます複雑になっています。気候に関する変数の要因となるプロセスの多くは、時間の経過とともにダイナミックに変化しつつあります4。その結果、過去の気候に関するデータのみを使って将来を予測するモデルを作成することが困難になっています5。このような障害はありますが、非常に高度な気候変動リスク指標が入手可能になっており、この分野の進化は今でも続いています。

気候変動リスク指標とは何か?

初期には、気候リスクは主にポートフォリオの炭素排出量へのエクスポージャー6を使って表現されていました。ただし、これは大抵の場合、株式投資に限られます。このようなアプローチの限界は、炭素排出が基本的に過去の結果であることです。一方で投資のリスクは将来に関するものです。さらに、炭素排出は移行リスク全体の一部しか反映しておらず、移行リスクも気候リスク全体から見ればごく一部にすぎません。

気候変動リスク指標の発達のおかげで、投資家は気候リスクに関する多くの分野を検討することができます。気候リスク分析においては、各種の気候関連変数(物理的要因と移行要因)に対する複数の資産クラスのエクスポージャーを利用できます。その結果、投資家はポートフォリオの気候変動シナリオに対する感応度を示す定量的データを利用できるようになりました。

気候変動リスク指標は、各種の気候リスクに対する投資エクスポージャーを示します。これらの気候リスクは、多くの物理的リスクおよび移行リスクを含みます。物理的リスク、移行リスクのいずれも、投資家が注意を払うべき別個の要因から構成されており、それぞれが特有のリスクを持っています。

気候変動リスク指標のプロバイダーごとに、モデル化している気候リスクの促進要因は異なります。また、サブプロセスや気候リスク要因のエクスポージャーについて、どの程度詳細に予測するかはベンダーごとに異なります。気候リスクの特定の要因に注目している投資家にとって、ニーズに合うデータを提供してくれるベンダーを探すことに時間をかける価値はあります。

ベンダーのアウトプットの詳細度には大きな差があります。銘柄レベルでのリスク指標を予測するベンダーもあれば、資産クラス・レベルで予測するベンダーもあります。ベンダー間でカバーする銘柄や資産クラスが異なる場合もあります。

気候変動リスク指標のプロバイダーの中には、いくつかの気候リスク要因に対して個別の気候変動リスク指標を作成しているプロバイダーもあります。例としては、気温上昇に対する感応度と、カーボン・プライシングの影響に対する感応度について、それぞれ個別の予測を提供するプロバイダーがあります。これによって、それぞれのリスクの源泉とそれに対する投資エクスポージャーを独立して検討するなど、柔軟な形でのデータ利用も可能になります。一方、気候変動リスク指標を広範なカテゴリーにまとめる、つまり全体的な移行リスクや物理的リスクに対するエクスポージャーの合計として扱うプロバイダーもあります。このアプローチのメリットは、広範囲の気候リスクを構成する、下部要因の相互関係のプロセスを黙示的に説明できることです。

伝統的な投資変数(ファクターに対する感応度、PERなど)とは異なり、気候変動リスク指標は連続的な指標として示されない場合が一般的です。むしろ、気候リスクはシナリオ分析の枠組の中で、気候の大きな変化に対する感応度として予測されるケースが多くなっています。例えば、気温が3°C上昇したと仮定した場合のシナリオと、カーボン・プライシングに対する規制上の対応がとれなかった場合のシナリオを組み合わせ、株式ポートフォリオの期待損失を予測します。このアプローチのメリットは理解のしやすさです。つまり、世界がどの状態になるとポートフォリオはどうなるのかを、エンドユーザーが簡単に予測できることです。エンドユーザーは、各シナリオがどの程度の確率で起きるのかを予測し、気候変動の観点から将来のパフォーマンスを予測することができます。気候データのベンダーの中には、ユーザーによる独自のシナリオ作成を可能にし、シナリオの中で各プロセスがどう反応するかをユーザーが検討できるようにするなど、柔軟性を提供しているベンダーもあります。

気候変動リスク指標はどのように推計されるのか?

移行リスクおよび物理的リスクに対するエクスポージャーは、それぞれ異なるデータセットを必要とし、異なる方法で算出されます。例えば、物理的リスク(海水面上昇など)に対するエクスポージャーは、地理情報を用いた分析により算出され、氾濫/洪水地域での物理的資産の損失可能性が決定されます。対照的に、規制コストに対するエクスポージャーは、企業のこれまでの炭素排出量や、規制コストを価格などに転嫁する能力を考慮します。モデルの規模や深度に応じて、それぞれの気候変動要因が、モデル化される資産のリスク・エクスポージャーを生み出すプロセスとして組み込まれることになります。

この分野は発展途上で、個別の気候プロセスのモデル化には様々な方法があります。例えば、過去データを用いた統計上の分析を利用してリスク・エクスポージャーを算出するプロバイダーや、理論的な完結型の統合評価モデル7を予測の根拠として利用するプロバイダーがあります。

多くの前提条件がモデルの基礎となっています。気候変動は多面的であるため、データ・プロバイダーは各分野の専門家に確認しながら、モデル全体におけるそれぞれの部分を進化させています。いくつかの前提条件はデータ・プロバイダー自身によって設定されますが、定評のある気候変動レポートに基づいて前提条件が設定される場合もあります。例えば、人々の行動に関する多くの前提条件は、「気候変動に関する政府間パネル」で定められた「代表的濃度経路シナリオ8」に基づいて設定されています。

前提条件を設定する必要性は、気候変動リスクと気候変動の不確実性との違いを黙示的に表しています。気候変動の分布を示すようにモデルを設定することも可能ですが、前提条件の設定には「ナイトの不確実性」9が存在します。

究極的には、気候変動リスク指標を予測する多くのモデルは、相互に関係しながら動く要素を含んだブラックボックスのような独自モデルに依存しています。とはいえ、これはモデルの構成により異なります。経済的な変数と気候に関する変数は複雑に絡み合っているため、モデルを精緻化する必要があり、モデルは複雑さを増すことになります。経済や気候による影響の大きさをポートフォリオ実績(リターン)に変換するとすれば、さらにモデルは複雑化します。なぜなら市場が将来におけるこれらの影響をどれだけ効率的に価格に反映させるかについて、前提条件を設定する必要があるからです10。ベースライン・シナリオでも十分に価格に反映されていれば、モデル上は気候関連のコストや機会が既に価格に織り込まれていることが前提条件となります。その場合、予想された気候変動が起こったとしても、価格はあまり反応しないことになります。追加シナリオによる影響は、ベースライン・シナリオでの想定された市場の動きに対する追加的な変化として表されます。

気候変動リスク指標はどのように利用されているのか?

気候データは投資プロセスのさまざまな面において有益です。ラッセル・インベストメントでは現在、多面的なアプローチでこれらの変数を組み込もうとしています。第一に、気候変動の分布に関する予測データは、全体的な資本市場を予測する上で有益な情報です。ラッセル・インベストメントは、気候変動リスク指標を使って、資産クラスのリスクとリターンの予測精度をどのように高められるかを調査しています。第二に、当社の社内リスク管理の実務においても、ポートフォリオごとのきめ細かいアプローチでこれらの指標を用いて気候リスクを予測する方法について探求しています。また、これらの指標は当社が運用するファンドにおいても大きな役割を果たすと期待しており、ファンド・マネージャーが気候に関連するリスクと機会をより良く認識できるようになると考えています。運用機関においても、内部の運用管理部門やコンサルティング部門で作成した、より高度な指標を使用できるようになると当社は予想しています。最後に、気候リスクについて利用可能なデータが増えることによって、運用機関は企業に対して気候変動対策を経営戦略に組み込むようエンゲージメントを行うことができるようになります。

業界は今後どこへ向かうのか?

業界自体がまだ新しいため、気候変動リスク指標は急速に進化しており、遠くない時期に金融市場の参加者が戦略や意思決定に活用できるような形で、さらに入手しやすくなるでしょう。投資家の間で気候リスクに対する関心が高まりつつあることから、今後はこれらのリスクに対するモデルの高度化が進み、より多くのプロバイダーによる指標が容易に入手可能になると予想されます。気候の専門家の役割が大きくなり、アウトプットの質も向上し、最終データを利用する事例も増えていくでしょう。

ラッセル・インベストメントは、他の多くの運用機関と同様に、気候変動リスク指標の進化に期待しており、積極的にその進化に貢献したいと考えています。この分野の発展により、気候リスクに関心を持つ投資家が思慮深い戦略を策定できるようになることを願っています。


1 参照:https://russellinvestments.com/jp/blog/climate-change-impact-investments

2 物理的リスクは、気候変動により発生する災害等により、損害が発生するリスクであり、急性の物理的リスクには、高潮、熱波、ハリケーンによる損失などがあります。慢性の物理的リスクには、海水面上昇や平均気温上昇などがあります。

3 政策・法規制リスクには、カーボン・プライシングの上昇などがあります。テクノロジー・リスクには、削減テクノロジーの発展などがあります。市場リスクには需給曲線の変化に伴う影響などがあり、風評リスクには消費者が「環境に良い」代替品を好むようになる傾向などがあります。

4 統計では、時間とともに分布が変化する気候変動およびその他のプロセスは、「非定常」のプロセスとして言及されます。

5 例えば、過去の気温データのみを使って将来の長期にわたる平均気温を予測したり、過去の気候変動の法規制のみに基づいて将来の法規制の変化を予測しようとしたりすると、その間に構造的な変化が起こっているため、バイアスのかかった予測を行ってしまう可能性があります。

6 炭素排出量は、企業などが排出する様々な温室効果ガスの排出量を、二酸化炭素排出量に換算する形で算出されます。投資家は保有銘柄の炭素排出量を計測し、ベンチマーク等と比較することで、自らのポートフォリオが抱える移行リスクを検証することができます。

7 統合評価モデル(IAM)とは、環境、エネルギー、経済の変数を統合し、将来予測される気候変動の道筋を示す複合的モデルです。

8 人間の活動に伴う大気中の温室効果ガスの「濃度」やそこに至る「経路」には不確実性が存在するため、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では代表的なシナリオを「代表的濃度経路シナリオ」として複数パターンを設定しています。

9「ナイトの不確実性」とは、将来の出来事についての正しい発生確率を十分に把握していないことを意味します。

10明確な根拠はないものの、当社では、多くの気候リスク・データ・ベンダーは、市場が将来予想される気候変動コストを過小評価していることを前提にしていると考えています。その結果、エクスポージャーを持つ証券の価格は割高になっており、気候変動に伴う価格への影響がより「効率的」に現れた際には、投資リターンへの影響は大きくなる可能性があります。既にこのような見解をポートフォリオ戦略に反映させた投資家もいます。

本資料で示された見識はラッセル・インベストメントのものであり、事実を述べたものではなく、変更される場合があり、投資アドバイスを成すものではありません。