米国のDCの動向から何を読み解くべきか

米国のDCに関するブログをご紹介しました。共感できる部分もあるものの、腹落ち感という意味ではわかりにくい部分も多かったのではないかと思います。そこで、こうした動きが起こる背景やブログを受けた日本への示唆を考えてみたいと思います。

米国における退職給付制度の課題は、日本と共通なものは少なくありません。一方で、その解決に向けたアプローチは参考にはなるものの、全て共通というわけにもいきません。最善の解決は環境などに強く依存するからです。また、解決対象の周囲だけを見ていても最善の解決に気づかないことはしばしばあります。このブログでは、退職給付制度以外の領域まで少し視野を広げて、海外子会社など海外の退職給付制度に触れる機会のある人にもお役立ていただけるように考えみたいと思います。

米国のDC動向をより深く理解するためのヒント 

1. 米国で401(k)は年金制度(Pension Plan)とは言わない

日本のDCを米国の401(k)になぞらえて日本版401(k)という人がいますが、正確には二つの制度は趣が異なっています。日本の企業型のDCは、前払い選択など一部の例外はあるものの基本的には退職金制度の一部として企業が拠出します。しかし、米国の401(k)は、従業員が自ら老後のために拠出(貯蓄)し、雇用主がマッチング拠出することで貯蓄を応援するというコンセプトになっているからです。このような背景もあり、年金保護法では自動加入に対して加入しないという従業員の選択肢は、ある意味必要要件だったのです。(関連ブログとして、「日米を通じた確定拠出年金制度(DC)企業型の歴史(前編)—DCは「貯蓄か年金か」の議論」も是非ご覧ください)

また、日本ではDCを確定拠出「年金」と呼びますが、米国では401(k)等は、年金(Pension)ではなく退職のための貯蓄(Saving)に分類されます。したがって、積立てや運用が関心の中心で、給付は一時金が一般的です(日本のDCは、詳細は制度により異なりますが、本則としては裁定時に毎年定額の有期年金か、運用しながら一定割合取り崩していく方法の何れかを選択することになります(保険会社の終身年金を購入できる場合もまれにありますし、一時金受給も可能です))。

なお、米国ではPensionとは、老後の生活の基盤となるものであり、政府や雇用主から提供される終身年金が基本になります(余談ですが、英語でpensionとannuityという二つの言葉があり日本語ではともに「年金」と訳されますが、概念は異なるものです)。それ故に、企業年金であっても税制適格年金の場合、連生遺族年金が原則となります。日本の確定給付企業年金では連生遺族年金は殆ど存在しません(私は見たことがありません)が、米国では企業年金であっても配偶者が一定割合の終身年金を引き継げることが税制適格の要件として求められるのです。

このような事実を踏まえると、SECURE法で貯蓄制度である401(k)等の給付段階にも光が当てられたことは非常に意義深いと言えます(米国のDCに関するブログの「給付の選択肢として保険会社を選択できるようにするための新たな受託者セーフハーバーが規定されています。」も該当)。また、日本のように10年、20年といった有期の発想ではなく、終身で受け取った場合にどのくらいの年金額になるのかといった、ライフタイム・インカムの発想で最低毎年情報還元される点にも大いにうなずけるのです。

2. 米国では退職給付制度のマネージメント(制度設計、運営管理など)が重要

米国において、退職給付制度のマネージメントは、日本以上に重視されます。そして、米国では積立水準や資産運用だけではなく給付水準なども経営上の課題として認識されることが一般的なのです。それには、定年がないことが大きく関係しています。米国は、ご存知の通り“差別”に対して非常に敏感な国です。定年もその差別に非常に関係しています。業務遂行能力や就業意欲は人それぞれ異なるにもかかわらず、一律特定の年齢で就業期限を設けることは、年齢差別に該当すると考えるからなのです。このため、米国では定年を設けることが禁止されています。

そして、米国の雇用契約は、合衆国労働法によって“at-will employment”(随意雇用)(期間の定めのない雇用契約において雇用者・被雇用者のどちらからでも・いつでも・いかなる理由でも・理由がなくても自由に解約できる)が原則になっています。結果として従業員側から見れば、Retirement(引退)のタイミングは、引退後の経済的な準備が整った(例えば、公的年金の支給開始年齢に到達)のかどうかが重要なポイントとなる場合が少なくないのです。

また、at-will employmentによって雇用主からの解雇は一見すると自由には見えますが、現実的にはそこまで簡単ではありません。事業所閉鎖など明確な理由があれば別ですが、単に人材の若返りを図りたいといったことが背景な場合には、差別を理由に訴訟にまで発展するリスクも少なくないからです(米国的な視点で見れば、55歳以降は一律給与が下がるなど、よくある日本の人事制度はかなり差別的な制度であり経営上のリスクになります)。こうしたリスクを避ける意味でも、円満退職は雇用主にとっても重要事項であり、結果として、退職給付制度のマネージメントは経営上の課題として認識されています。

そして、人材の流動性が高い米国では、同業他社と比較して給付水準が大きく劣後すると優秀な人材を確保することが難しくなることも退職給付制度に経営側の関心が払われる理由の一つになっています(米国の退職給付制度は、確定給付年金制度(DB)も含めて制度設計がシンプルなため簡単に給付水準が想像できてしまうということも背景にあります)。

余談ですが、このように労使それぞれにとって退職給付の問題は重要なので、年金保護法、退職貯蓄制度強化法いずれも、一部調整はあったものの主義主張が異なる民主党、共和党の圧倒的な賛成を得て成立したのです。国民皆保険を目指した様々な政策(オバマケアなど)が超党派による解決が図られないこととは対照的と言えます。

日本への示唆 

3. DC運用について

DC運用に関する課題はいくつかあります。その中でも手数料問題など、労使関係に無関係で、目に見えるわかりやすいテーマに関しては、運用機関の競争原理も働き時間とともに浸透していく可能性は高いと思います。しかし、DC運用を個人別により最適化してくことなど、結果責任の問題まで発展しそうなテーマについては、米国のような方法で、同様の結果を期待することは難しいかもしれません。

確かに、投資教育を深める、広めるという方法については、結果責任の問題まで発展しないので法令整備等(例えば、強制力を上げるなど)である程度まで高めることは可能かもしれません。しかし、2016年に日本でも法令改正され導入されましたがデフォルト・ファンドの浸透については、仮に雇用主に対する結果責任の問題がクリアになっても、日本では米国ほど退職給付水準に対する経営上のインセンティブが働きにくいので、浸透にはかなり時間がかかるように思われます。結局のところ、「デフォルト・ファンドとしてTDFやBFを設定することが常識」というようなレベルまで認識が進むかどうかの問題で、行動経済学でいうバンドワゴン効果がいつ頃期待できるか次第という感じがしているのです。

しかし、もっと根本的な部分に働きかける方法がないわけではありません。鍵は、現在のような雇用主に働きかけるトップダウン的なアプローチだけに頼らないことだと思います。重要なことは、影響を受ける従業員側が、真剣に自分たちの将来のことを考えて、そこからの声を発していくことではないでしょうか。私は、例えば労働組合の上部組織の日本労働組合総連合会(連合)にそうした発信力を期待しています。

現在の連合のDCに関する対応をホームページで確認したところ、①DCのカバレッジ、②中途引き出し、③拠出上限、④投資教育が論点の中心になっています。私は、投資教育を完全に否定するわけではありませんが、そもそも投資教育は、「全ての人は合理的に判断できる。合理的に行動できていない人は、十分な知識がないことが理由で、十分な知識さえあれば合理的に行動するはず(合理的経済人モデル)」という考え方がベースにあります。しかし、必ずしも全ての人が合理的経済人ではないのです。当然、投資教育によって一定レベルまでの状況改善は望めるのだとは思いますが、それだけでは効果に限界があるのだと考えています。すなわち、より多くの人が効果的に老後の資産形成をするためには追加の施策が必要だと考えます。

大事なポイントは、まず従業員自らが老後の資産形成のために必要なことを整理し、例えば、自ら望むデフォルト・ファンドを従業員みんなで考えていくことだと思います。そして、自らの思いを雇用主や運用機関に向けて提言し、利害関係者全体で長期的にWin-Winになるような仕組みを一緒に考え、実行に移していくことが大事なのではないかと考えています。

4. DCにおけるプライベートアセットの活用について

米国DCのブログでは、DC運用の効率化、高度化のためにプライベートアセットを活用することを紹介していましたが、流動性の確保、毎日の基準価格提示などの実務的な問題を考えると日本で導入することはハードルが高いと考えています。しかし、実績配当のリスク分担型DBを利用することでDCのような枠組みの中に高度な運用を取り込んでいくことは可能ではないかと考えています。一般的にリスク性資産の運用の効率性を上げるためには経験やスキルが必要ですし、コストもかかります。集団運用のスキームでこうしたハードルを解決しリターンを享受していくことは非常に合理的な方法だと思います。(関連ブログとして、「DB・DCハーモナイズ(前編)」をご覧ください)

そして、DCと実績配当のリスク分担型DB全体で、従業員が定期的に運用状況を確認できるようなツールがあれば、全体として最適な資産配分を検討することも容易になります(銀行口座などのアカウントアグリゲーションアプリは世の中に多く見られます。DXの一環で年金分野でも開発されることを期待しています)。従業員は、実績配当のリスク分担型DBの運用目標、運用方針、そして、ポートフォリオの定量データなどを見て、補完する形でDCの運用方針を決めていくのです。これまで、DBとDCは全く別の制度として、それぞれの制度内の最適化を考えた運営がされてきましたが、今後は双方の制度の特徴を踏まえ適材適所で有機的につなげて活用していくことも検討してもよいのではないでしょうか。例えば、制度設計のアイデアとしては、以下のようなものが考えられます。

〇実績配当型のリスク分担型DB(30%):

  • リスク性資産を多くして長期リターンの獲得を目指す(運用目標、運用方針、運用実績等は従業員に常に開示)
  • パッシブ運用、アクティブ運用、オルタナティブ運用など様々な運用戦略を駆使
  • 利息クレジットは、運用実績の5年平均を配当し、急激な変動は緩和
  • リスク分担型とすることで、会計上はDC扱いを目指す

〇DC(70%):

  • 実績配当型のリスク分担型DBと合算して、運用方針を従業員が考える
  • パッシブ運用中心(コスト抑制優先)
  • 想定しうる運用方法として、給付開始まで時間のある間は、リスク性資産を多め(例えば50%以上)に保有し、徐々にリスクを調整

  (上記の制度設計のアイデアは、リスク性資産を最低限30%保有し、30%以上を保有したい場合には自らDCにて調整する制度設計の例になります。なお、実績配当型のリスク分担型DBの制度設計(目標リスク、リターン等)次第で、制度間の最適な比率は変わります。なお、この制度設計により、長期の老後の資産形成の結果を保証するものではありません。)

5. DCの終身年金額の通知について

米国のブログでは「給付の選択肢として保険会社を選択できるようにするための新たな受託者セーフハーバーが規定されています。」として401(k)の年金受給の選択肢の追加について触れられていましたが、少し関連部分を広げて日本への示唆を考えてみたいと思います。
SECURE法では米国労働長官のガイダンスに従って401(k)の終身年金額が通知されるように改正される見込みですが、日本でも同様の仕組みが必要かと言われると、私は、コストをかけてまで実施する必要はないと思っています。理由は、二つあります。一つは、現状でも殆どのDCで支給期間20年が選択できるため、終身年金に近い額を既に確認できるからです。もう一つは、現実的に受け取れる終身年金の額が、何らかの簡易的に計算された金額とかなりの差異が生ずる可能性が高いように思われるからです。

現状、DCで終身年金を希望する場合には、終身年金の金融商品を購入することになります。しかし、年金数理の側面から言えば一般的に販売されている終身年金の金融商品は期待リターンがかなり低い割に、報酬(付加保険料)がかかるため(実質的には運用リターンがほぼゼロかマイナス)必ずしも購入者に有利な商品とは言えません(保険会社が様々なリスクを最終的に全て引き受けるためのバッファーが織り込まれているので仕方がない面もあります)。要するにDCにおける終身年金というソリューションは、こうした金融商品の特性を理解した人が購入すべき商品で、あまり厳密に終身年金という発想でDCを捉える必要性を感じないのです。

米国のDCに関するブログを題材に、米国の退職給付制度をめぐる環境や日本への示唆を考えてみました。繰り返しになりますが、課題は同じに見えても、その解決に向けたアプローチは国ごとに異なっています。退職給付制度は長期の制度で理想通りにいかない部分も多々ありますが、このブログが退職給付制度運営に少しでもご活用いただけましたら幸いです。