日米を通じた確定拠出年金制度(DC)企業型の歴史(前編)—DCは「貯蓄か年金か」の議論

コンサルティング部長 エグゼクティブ コンサルタント 喜多 幸之助

20年先んじている米国のDCは「貯蓄」だった

日本の確定拠出年金制度(以下 DC)は、通称「日本版401k」と呼ばれます。これは、米国の代表的な確定拠出年金制度である401kを元にしている所から来ています。米国で401kが始まったのは1980年頃ですが、米国人は元来消費性向が高く、退職後の十分な資産形成を促すために、国として貯蓄を奨励する必要があったのです。給与天引きという意味では、日本の財形貯蓄に似た制度ですが、自身の給与の一部を積み立てると、その部分が所得控除になるという税制優遇措置に特徴があります。積立てた分だけ税制上の所得が少なくカウントされ、税金の支払いが少なくなります。当時、米国企業ではセイビング・プラン(貯蓄制度)と位置付けられており、年金プラン(確定給付年金制度(以下 DB))の上乗せ制度と考えられていました。社内食堂のテーブルには、三角の紙製で「401kに加入しよう」なんてスタンド広告があったそうです。加入者の自主性に訴えかける必要があったのでしょう。

さて、税制優遇の影響は大きく、401kはそこそこの伸びを見せていました。しかし、あくまで個人の自助努力に訴えるものでした。掛金を積む人と積まない人、運用する人としない人、逆に運用に入れ込み過ぎて仕事に身が入らない人も出てきました。あくまで自助努力である「貯蓄」として始まった制度ですから、個人間で差が出てくるのは仕方ありません。

そうこうしているうちに、事業主側にとってDBの維持が重荷になってきました。金利が下がると年金債務を計算する際の割引率が低下し、年金債務が増大します。また金融危機などで株価が下がると当時平均60%組入れられていた株式資産額が大幅に低下します。これらの企業決算全体に与える影響が無視できないほどになってきたのです。DBの代わりの制度をどうしようかという時に、当時残高が伸びていた401kが着目されたのです。401kであれば、事業主は一度拠出すれば、その後金利変化や株価変動といった企業努力によってどうにもならないリスクから解放されます。

しかし、個人任せでは退職時までに蓄積される資産額に加入者間で大きな差が出てしまいます。何せ元々が「貯蓄」なものですから、米国の401kは、月々幾ら個人で拠出するか、昇給時にそれを増額するか、どの運用商品に投資するかは、全て個人任せです。

日本のDCの誕生と「貯蓄か年金か」議論

一方、日本のDC(企業型)は、公的年金の給付を補う目的で、自主的な努力を支援するべく2001年に設立されました。米国401kをモデルとしたのは前述の通りですが、この目的だけ読むと米国の制度と変わらないように見えます。ただ、日本のDC(企業型)は、事業主が拠出した資金を加入員が自己責任において運用指図を行う制度です。米国は個人拠出の制度(前段で強調したように「貯蓄制度」)ですが、日本では事業主拠出の制度、すなわち会社側が提供する「年金制度」という位置づけです。法律名にも確定拠出「年金」と付いてます。

「貯蓄か年金か」なんて、どうでもいいような話に聞こえるかもしれません。しかし、これは税制優遇上極めて重要な論点です。日本においてDCの導入が検討されていた1999年の頃、当初は米国の401kと同様、個人拠出分が所得控除となる税制優遇の制度が想定されていました。これは、投資家向けに新たな減税が認められることを意味するため、日本の金融業界は「マル優の再来か」と色めき立っていました。しかし、当時日本人の貯蓄性向は未だ高く、貯蓄振興目的での追加的減税となる措置は認められませんでした。そして、「貯蓄ではなく年金である」ことを強く打ち出す様、土壇場で法案が改訂されたのです。例えば、60歳まで一切引き出しが認められないという要件は、年金制度であるが故の制約です(現在では、事業主拠出分と合わせて月額上限を超えない範囲内で、個人マッチング拠出が認められるなど、上記要件は緩和されていますが、引き出し要件は従来通り厳しいままです)。

その様なわけで、日本のDC(企業型)は、米国401kと同様に、運用指図は個人の自己責任で行う形式を踏襲しつつも、拠出は事業主が行う「年金制度」であるという米国とは異なる制度となりました。年金制度であることを考えると、事業主がその運営に責任をもって取り組むことが求められます。しかし、投資判断は殆ど加入者および運用指図者任せで、事業主や運営管理機関が特定の運用商品に誘導することは禁じられています。また、投資教育の提供は事業主の責務とされていますが、どこまでやるべきかの基準がありません。事業主にとって、非常に大事な取組みという認識はありつつも、どこまで頑張ればよいのか、頑張ってもその効果が測りづらい悩ましい制度と言えます。

米国でも事業主の方々は、個人任せの貯蓄制度をDBの代替として転換しようと試行錯誤してきました。次回はその取組みを紹介します。