2023年の資産運用テーマ「不確実性(ボラティリティ)の高止まりに対応するための分散投資の強化」
弊社 2023年グローバル・マーケット・アウトルックにおいて、その名言が引用されているチャーチルには「現在我々は悪い時期を通過している。事態は良くなるまでに、おそらく現在より悪くなるだろう。しかし我々が忍耐し、我慢しさえすれば、やがて良くなることを私は全く疑わない。(第二次世界大戦中)」という言葉もある。これは、景気後退観測に戦々恐々としつつ、長期的には平穏な市場環境を願う我々の状況に似ている。
マクロ経済面では、今年もインフレの先行きとそれに伴う各国の金融政策動向が大きなテーマになると考える。インフレ率はピークを打ったという意見が主流の印象だが、米国の労働市場は引き続き逼迫しており、欧州のコア物価指数は高止まりしている。先進国の金融当局は、タカ派的な姿勢を崩していない。他方で金融引き締めの影響は実体経済に現れてきている。このため市場のボラティリティは、高止まりすると認識した上で、今後の戦略を練る必要があると考える。
一方で、昨年発生した資産全般にわたる価格低下は、確かに昨年の運用実績にはマイナスに寄与したが、今後の長期運用に関してポジティブな面を一部生んだと考える。例を挙げると、低金利状態から脱したことによる債券の潜在的な分散効果発揮への期待、資本コスト・負債コストの高まりを背景とした銘柄間格差の発生によるアルファへの期待、割安になった資産や運用戦略に対する投資検討のしやすさといった点だ。
年金資産運用については、今後分散投資の強化が一層重要になると考える。分散投資なんて当たり前と思われるかもしれない。だが、今後の投資環境は、金融危機(2008年)後からコロナ禍までのような金融緩和により資産価格が下支えされる時代とは異なるステージに入る。これまで見逃されてきた投資機会や運用戦略を視野に入れ、今一度ポートフォリオを資産クラスレベル、運用戦略レベル、アルファといったあらゆる切り口で分散という観点から振り返ることの重要性を強調したい。
以下では、分散の強化に関して検討しているポイントを紹介する。今後、資産クラス別に運用の考え方を深堀りしたブログ記事を掲載していく予定だ。
債券運用
昨年債券投資は、急速な金利上昇に伴い、安全性資産として期待される機能を発揮できなかった。だが、債券投資の主目的は、インカム享受と株式に対する分散の2つであることに変わりはない。2つの目的に注目して分散を考える場合、優れたアクティブ運用戦略に分散するだけでなく、それぞれの役割を向上させる運用手法を実践することも分散の強化と言えるだろう。例として、クレジット戦略を活用した効率的なインカム獲得や、株式との分散を念頭においた債券デュレーションの調整が挙げられる。金利環境が低金利(高いバリュエーション)を抜け出した今、こういった工夫の実践余地が高まっていると考える。
また今年4月には日銀の新総裁が任命される。これまで国内債券は、デュレーションリスク対比の利回り水準の低さから配分比率が減少してきた。他方、国内金融政策における長期金利の許容変動幅拡大、一般勘定における予定利率引き下げなど安全性資産に関する環境は変化している。このような中で、国内債券の役割をどのように位置づけ直すかも今後の重要な論点だろう。
株式運用
景気後退リスクが確度を増す中で、超過収益による株式リターンへの貢献が期待される。昨年から弊社コンサルティング部は、株式アクティブ運用におけるサブスタイル分散を強調してきた1 。サブスタイルとは、従来のバリューやグロースといったスタイルをより細分化したスタイル群を指す。サブスタイルを意識したアクティブ運用戦略の分散を図ることで、銘柄選択の視点も分散される。それにより超過収益獲得効率性が高まると考えている。 またボラティリティの高い環境が想定される中にあっては、企業の収益性や収益の変動性に着目したクオリティ要素を取り入れた分散化も検討の余地があるだろう。従来のバリュー/グロースの枠組みに囚われない運用機関構成の枠組みを考え出す余地があると考える。
ヘッジファンド(以下、HF)
ベータへの期待が低下している足下の環境を踏まえると、市場変動の影響を抑え、運用効率性の高いリターンを狙うHFに対する期待は高まる。中央銀行からの流動性供給が終了し、高金利・ファンダメンタルズ主導で特徴づけられる環境が、優れた運用戦略にとっては、良好な収益源泉となると考えられる。足下の不透明な環境では、分散効果の高いマクロやレラティブバリューが注目されることが多い。だが、エクイティヘッジやイベントドリブンといったリターン追求型の戦略であっても、リスクの抑制された戦略であれば、活用の余地はあると考える。各企業年金固有の条件(HFポートフォリオの期待リターン水準、HFに求める役割、株式との分散度合い、運用戦略数等)を基にポートフォリオをカスタマイズすることが考えられるだろう。
プライベート資産
プライベート資産への投資意欲は、引き続き強い。伝統資産に対する収益源泉の分散と、鑑定等評価方法に起因する低ボラティリティ性等が理由だ。プライベート資産は、これまで全般的に良好な実績を残してきたが、一部エクイティ投資においてインデックスベースでは、資産価格の下落圧力も確認される 2 。プライベート資産のポートフォリオにおける役割(インカム性、低ボラティリティ等)をより明確にし、リスクや高金利環境期における収益機会にも目を向けた上で、プライベート資産への分散を実践する必要があるだろう。
為替(ヘッジコスト)
弊社のコンサルティング顧客は、概ね外国株式、PE以外の海外資産は為替ヘッジを行っている3 。ポートフォリオ全体に対するヘッジコストの影響は大きい。ヘッジコストは、内外の金融政策動向を踏まえると、しばらく過去対比高い時期が持続することが想定され、リターンの押し下げ要因となる。ヘッジコストの影響を低減する、ないし補完する対応として、為替リスクの動的管理、為替ロングショート戦略等があり、対策を検討する余地がある。
ボラティリティの高い中では、有効な資産や戦略を特定するのは非常に難しい。だからこそ、分散投資の強化が有効な備えになると考える。 幸いにして多くの企業年金は、積立水準に十分な余裕があり(2022年3月末時点)4 、過度なリスクを早急にとらなければいけない状況にはない。冒頭の名言のように長期的には投資環境が落ち着くことを期待しながら、分散投資、リスク管理を着実に行い、難局を乗り切る姿勢が重要だ。
1 「変革期の株式運用戦略 第一部 近年の株式アクティブ運用の低迷と、今後の運用効率化を考える」(2022.10.5) https://russellinvestments.com/jp/blog/equity-active-management-1
2 例としてCambridge Associates 社(https://www.cambridgeassociates.com/)のプライベートエクイティ指数やNCREIF(https://www.ncreif.org/)の米国コア不動産戦略指数
3 弊社クライアントユニバース特別レポート(2022年3月末基準)より
4 企業年金連合会、企業年金連絡協議会、弊社クライアントユニバース特別レポートによる集計結果より