年金数理人が考える、ESG投資との付き合い方

ラッセル・インベストメント株式会社 
コンサルティング部/エグゼクティブ・コンサルタント/年金数理人 
本部 崇仁 

昨今、ESG投資に対する関心は非常に高い。そして実際の投資も、アクティブ運用は、ESGインテグレーションによって、パッシブ運用はESGを意識した投資行動の結果の集合体として、特に意識していない投資家にも自然と浸透してきている。 

こうした状況を鑑みるに、投資家がESG投資をさらに深化させる場合には、「継続的に更なるリターンが期待できる」、あるいは「リターン以外の目的」の何れかの理由が必要と言えるかもしれない。前者は、将来の株価見通しの問題であり、私の専門外なので他の識者に譲るとして、本稿では後者の「リターン以外の目的」に焦点をあてて年金数理人的な視点で考えてみたいと思う。なお、年金数理人的な視点ということもあり、ここでは確定給付企業年金制度(以下「DB」という)を想定したい。 

運用の目的に関する法令 

運用の目的のあり方について思考を深めたいので、関連する法令の確認からはじめる。結論から言えば、法令上、運用の目的について記した部分はあまりない。筆者が確認したところではあるが、「運用の基本方針に運用の目的を記載すること」以外、運用の目的の必要条件、禁止事項等に関する規定は、見つけられなかった。したがって、運用の目的は、DBの目的に沿う形で設定されるべきと考えるのが一般的な解釈と言ってよいだろう。

 (運用の基本方針)
第四十五条 事業主及び基金は、積立金の運用に関して、運用の目的その他厚生労働省令で定める事項を記載した基本方針を作成し、当該基本方針に沿って運用しなければならない。
2 前項の規定による基本方針は、法令に反するものであってはならない。
(確定給付企業年金法施行令より抜粋)
 

DBの目的に関する法令

次にDBの目的について確認してみよう。年金制度なので確認せずとも分かりきっているようにも思えるが、大局的な方針を考える時の礎として確認しておきたい。確定給付企業年金法の目的は、一般的な法律と同様に第一条に明確に記されている。それは、「国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」である。「事業主が従業員と約束した給付を受けることができるようにする」ことを確実にすること

 (目的)
第一条 この法律は、少子高齢化の進展、産業構造の変化等の社会経済情勢の変化にかんがみ、事業主が従業員と給付の内容を約し、高齢期において従業員がその内容に基づいた給付を受けることができるようにするため、確定給付企業年金について必要な事項を定め、国民の高齢期における所得の確保に係る自主的な努力を支援し、もって公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
(確定給付企業年金法より抜粋)
 

で「生活の安定と福祉の向上に寄与する」ことがDBの最終的な目的なのだ。なお、角度を変えてみれば、従業員と規約で約束した給付を守ることを大前提としつつ、仮に更なる国民(加入者)の生活の安定と福祉の向上に貢献できるのであれば、DBの目的をさらに一段高く実現できると言えるだろう。

積立水準が高い場合、どうすべきか

ところで、昨今多くのDBでは責任準備金に対する積立水準が非常に高くなっているが、どのような資産運用が理想的なのだろうか。先日ご案内した弊社ナレッジ・チャネル「年金資産運用 2021年度のテーマ:剰余金の有効活用(荒川光弘)」でも同様のテーマを取り上げたが、おそらくこの問いに対する回答は様々だろう。ある人は、「剰余があるのでリスクを抑制して運用すべき」と答えるだろうし、また別の人は「剰余によってリスク許容度が高まっているのだから積立不足には配慮しつつリスクを維持しリターンを狙ったほうが良い」と答えるだろう1

実は、どちらが理想的なのかを、画一的に判定することはできない。運用のリスクを抑制するという回答は、剰余がどれだけ増えても給付額が連動して増加しないことを考えれば、リスクを維持するインセンティブがないのだから、これはこれで正解といえる。一方で、運用のリスクを維持するという回答も、例えば将来的な給付改善(当然、プランスポンサーの合意が必要)も視野に入れているとするならば、これも正解と言える。2つの違いを分かりやすく言えば、法令に記された「生活の安定と福祉の向上に寄与」という最終目的を現状レベルにとどめて想定しているか、未来志向でより高いレベルまで視野に入れているかの違いと言ってよい。要するに、運用の目的次第で積立水準100%を超えた部分の運用方針が異なることに不自然さはないのだ。

 

DBの目的達成のためにできること

ここで少し角度を変えてDBの目的達成の仕方について考えてみたい。一般的に言えば、「生活の安定と福祉の向上」を高めていくには、給付改善が最も近道だ。しかし、間接的だが別のアプローチも考えられる。例えば、給付の実質的な価値が下がらないような社会を実現するための行動も広く見れば「生活の安定と福祉の向上」に資すると考えられるからだ。なお、ここでいう給付の実質的な価値が下がらないとは、単に物価水準だけに着目しているわけではない。現状より豊かさを感ずる生活を、より低コストで、かつ持続的に社会を実現させていくことで、生活の安定や福祉が実質的に向上していくことも考えている。このように「生活の安定と福祉の向上に寄与」を広く解釈し、生活しやすい社会の実現に向けて投資戦略を考えていくことは、制度の目的に資すると言えるのではないだろうか。

ESG投資をより活用する

鋭い読者ならば、すでにお気づきだと思うが、ESG投資は、この生活しやすい社会の実現に向けた強力な支援となりうる。先日ご案内した弊社ナレッジ・チャネル「点検!ESG投資の現在地(谷口和歌子)」にて、ESG投資には大別すると「リターン重視型」と「社会課題重視型」の2種類があり、先行しているのは、ESGインテグレーションによる「リターン重視型」であると整理させていていだいた。今後もESG投資の主役は、まずは積立水準を確保する必要性からも「リターン重視型」の可能性は高いだろう。しかし、積立水準が十分高い年金制度であれば、投資リターンにも考慮しつつも、生活しやすい社会に寄与しうるという視点にもより焦点をあててもよいのではないかと考えている。

例えば、温暖化の進展やそれに伴う災害が増えれば環境維持や復興のための追加的な負担金や税金が課せられる可能性がある。表面的には特定の企業への影響かもしれないが、まわりまわって社会全体が被るコストも当然ある。また、モラルに反する企業が増えればその対策や監視に社会的コストが必要になる。また、経済がグローバルであることを考えれば、グローバル社会の安定化が重要であり、地球の裏側の社会問題であれ、想像以上に自分自身の生活に影響を及ぼすこともあるのだ(誤解のないように申し添えるが、自分に関係なければ地球の裏側の問題は放置してもよいと考えているわけではない)。

ところで、生活しやすい社会への貢献度が高い企業の収益が、長期的に見て高いとは必ずしも限らない。社会に必要とされているからと言って収益が得られるとは限らないのだ。例えば、無料の検索サービスを提供するGoogle(アルファベット)は、豊かな生活を考える上で不可欠な企業だが、検索サービスを利用した者からの直接的な収益はゼロである(アルファベットは純利益400億ドルと巨大だが、社会に提供した経済的価値と比較すると少ないと考えられている。また、こうした利益も80%を占める広告宣伝収入が源泉であり、提供したサービスが市場に評価されたことによる見返りというより優れたビジネスモデルの結果と言える)。営利団体ではないが、無料の辞書サービスを提供するWikipediaの収益も限りなくゼロだが、豊かな生活のためにはもはや手放すことはできないだろう。要するに消費者余剰(消費者が払っても良いと感じる金額からその商品の価格を差し引いたもの)が大きい商品やサービスを提供している会社は、生活しやすい社会に貢献しているが、必ずしも高収益にならない可能性は多々あるのだ。

もっとも受託者責任を考えると、慈善事業のような投資が難しいのは明白だ。しかし、積立水準が高い場合、商品選択プロセスとして、期待リターン水準の高さだけで優劣をつけるのではなく、期待リターン水準には一定程度配慮するものの、投資テーマが生活しやすい社会に寄与するかどうかも同程度に優先していくことは、DBの投資方針としてありうるのではないかと考えるのだ。


できることは何か

一方で、投資行動で社会を変えていくことは、一朝一夕にはいかないだろう。また、ESG投資に関連する様々なツールは、黎明期で不確実であり、どのような選択が真に効果があるかを判断するのも容易ではない。しかしながら、こうした黎明期だからこそ、資金提供者であるプランスポンサー、そして受益者である加入者等(以下、「年金関係者」)が議論を重ね、未来志向の運用の目的や投資方針のあり方を考え、必要であればメッセージ力を持った形で対外的に発信していくことが大事だと思う。そして、予定利率が引き下げられ、保有リスクに対して積立剰余が高くなっている今が、絶好のタイミングなのだ。

また、こうした活動は、年金関係者が自発的に行っていくことが必要不可欠だと考えている。それは、DBが確定給付企業年金法の下の制度とはいえ、法はある意味、最低ラインや禁止事項を定めることが中心的になるため、例えば、保有しているリスクと対比して積立水準が高い場合の運用のあり方としてどうあるべきかなどについて、国から何らかの発信があるとは期待しにくいからだ。そして何より年金関係者が専門家の助言を受けつつ自発的に考えていく方が実践的でよりよいアイデアが生まれてくる気がしてならない。

なお、こうした新しいことを制度単独で切り開いていくことは困難だと思うので、進め方としては、以下のような方法がよいだろう。まず、①様々な制度の年金関係者の代表が集まって未来志向の運用の目的や投資方針のあり方を様々な観点から議論して、包括的なガイドラインを作成する。次に、②このガイドラインに従って、各制度において自らの制度にふさわしい運用の目的や投資方針を決める。こうした、二段階で進めていくことが現実的だ。

少し話が拡大するが、延長線としてESG投資をより発展させるために欠かせない「非財務諸表におけるマテリアリティ(重要性)の議論」に一石を投じてみるのも面白いと考えている。マテリアリティの議論とは、マテリアリティの定義や範囲についての議論を指すが、EUの「非財務報告ガイドライン」(2019年)にマテリアリティには「財務的マテリアリティ」と「環境・社会的マテリアリティ」があることが示されて以降、国際的にホットなトピックとなっている。生活しやすい社会という観点は、まさに「環境・社会的マテリアリティ」の範疇に入る。DBにとって必要なマテリアル(重要)な情報とは何かなど、業界を挙げて意見発信していくことは非常に意義深いと考える。

また、こうした対外発信により、企業の開示情報にも影響を与えていくことが期待される。「財務的マテリアリティ」については、ESG活動と事業活動がどのように有機的に関係し企業価値に影響を与えるかを投資家に示すことであり、出発点としては企業経営者自身が考えていくことだが、「環境・社会的マテリアリティ」は、幅広い人々(マルチステークホルダー)目線であり、利用者がより積極的に欲しい情報を企業に伝えていくことが今後の発展には必要不可欠だからだ。こうした行動の積み重ねによってESG投資の質を高めることができよう。

 

最後に

これまで運用の目的は、積立水準100%を目標とした予定利率中心の視点しかなかった。しかし、高い積立水準とESG投資をはじめとした社会の変化は、運用の目的を再考するよい機会を与えてくれた。年金財政の観点からリターンを第一優先とすることはこれからも変わらないが、このような状況だからこそ、広い視野で考えられることが必ずある。なお、DBの運用の目的は全てのDBで共通である必要はない。それぞれのDBで、「生活の安定と福祉の向上に寄与」をどこまで考えるか考える必要がある。例えば、プランスポンサーのESG活動と補完的で整合的な視点を加えていくなど、様々な論点が考えうる。まずは、どこまで想定することが許容され合理的なのかは、国を含めた年金関係者全体のコンセンサスのようなものが、出発点として不可欠だ。是非、この機会に、ボトムアップ、トップダウン様々な方向から、発展的で未来志向の議論を深めてほしいと思う。

 

1 ある時点の将来のリターンの見込みが、期待値(予定利率水準)に対して上下均等で、リスクを「追加掛金が発生すること」と定義するならば、二つの回答、すなわち「剰余があるのでリスクを抑制して運用すべき」、「剰余によってリスク許容度が高まっているのだからリスクを維持(ないしは高める)してリターンを狙ったほうが良い」は、剰余状態であればいずれも正解になりうる。一方で、リスクを「退職給付会計上の数理計算上の差異(差損)が発生すること」と定義し、リスク抑制を希望するのであれば、「リスクを抑制して運用すべき」が正解になる。