デフォルト商品(初期設定商品)の意義とターゲット・デート・ファンド

コンサルティング部 シニア コンサルタント
飯尾 昌弘

日本における指定運用方法

日本の企業型確定拠出年金制度(以下 DC)においては、加入者が一定期間を経て運用指図を行わなかった場合に、加入者自身が運用指図を行ったものとして運用商品の買い付けを行う仕組みとして、指定運用方法を導入することが可能です。指定運用方法によって指定された商品は、いわゆるデフォルト商品と呼ばれたりもしますが、指定運用方法を導入している企業の多くは、デフォルト商品を元本確保型商品としています1。背景としては、デフォルト商品は労使合意によって決定されますが、運営管理機関の提案をそのまま受け入れたということや、デフォルト商品をリスク資産とすると、加入者が商品内容について理解しないまま投資し、将来、損失を被る可能性があり、結果として企業が責任を問われるリスクを懸念したことが考えられます。しかし、資産の多くを元本確保型商品で運用すると、昨今の低金利ではほとんどリターンを獲得できず、想定利回りを達成できなくなります。また、将来、物価が上昇した場合、元本確保型商品ではそれに見合った値上がり益を享受できず、実質的な資産価値は減少することもあり得ます。このため、デフォルト商品の設定に関しては、加入者の長期の資産形成のためにどのような商品が相応しいのか、よく吟味する必要があるでしょう。

米国におけるデフォルト商品の活用

米国のDCでは、加入者には、投資先を選択できない、あるいは選択したがらない無関心層が一定数いることから、行動経済学を踏まえて、商品選択の権利を一定程度残しつつも、企業が加入者を望ましい方向に誘導するために、デフォルト商品を利用するようになりました。2006年の年金保護法によって、デフォルト商品に関する規定の整備が行われ、ターゲット・デート・ファンド(以下、TDF)を中心として、分散投資効果が期待できるような商品が適格デフォルト商品(QDIA)として認定されました。なお、元本確保型商品については、QDIAとして認められるのは加入後最初の120日間に限定されることとなっています2

米国の資産運用会社バンガード社(Vanguard)の2020年の調査3によると、調査対象となっているDCプランのほぼ全てがデフォルト商品を設定しています。そして、設定したデフォルト商品の内訳については、対象プランの内88%がTDF、4%がバランス型ファンド、6%が元本確保型ファンドとなっています。2011年の調査では、それぞれプランの65%、11%、19%となっているため、TDFが大きく上昇する一方で、元本確保型ファンドはかなり減少していることがわかります。

TDFとバランス型ファンドはともに、株式や債券などの複数の資産に分散する投資となります。いずれも元本確保型や債券のみ、あるいは株式のみといった、過小なリスクもしくは過剰なリスクとならず、適度なリスク、リターンで分散効果が期待できる運用となります。しかし、バランス型ファンドでは、例えば株式30%、債券70%といったように、資産配分が継続的に固定されることになりますが、TDFでは、時間の経過に伴い資産配分が変化します。積み立て開始から間もない若年層の年代では、積極的にリスクをとり株式比率は高くなります。その後、年齢を積み重ねるにつれ株式比率を下げていき、退職間近では株式比率を最も低くすることとなります。若年層でリスクをとるのは、株式市場の大きな下落を経験したとしても、その後の市場回復や掛け金投入により資産を増加させること可能だからです。退職時期が近づくと、市場下落が起きると積み上がった資産の損失額が相対的に大きくなり、挽回のための期間はきわめて限られることになるため、リスクを抑えた運用になります。つまり、TDFでは、バランス型と比べると、年齢に応じた適切なリスクテイクが自動的に行われます。なお、年齢の上昇に伴い株式比率を引き下げていく推移を、グライダーが滑降するときの軌跡になぞらえ、グライドパスと呼んでいます(図表1参照)。

このように、TDFは資産分散を行いつつ個人のライフサイクルを考慮した運用であることから、米国ではデフォルト商品として圧倒的に支持されています。

図表1 TDFのグライドパス(イメージ)

上記はTDFのグライドパスを示すイメージ図であり、現実を忠実に反映したものとは限りません。
出所:ラッセル・インベストメント

TDF選択の留意点と課題

TDFを選択するにあたっては、グライドパスの形状が重要な考慮点になります。加入者の目標とする利回り、ひいては資産額を確保するために、ライフサイクルを通じて平均的に掛け金がどのような形で投入され、どの程度のリスクでリターンを獲得していくのかが大事になるからです。したがって、ファンドのグライドパスの背景にあるアプローチについても十分理解しておく必要があるでしょう。

米国のTDFをみると、グライドパスの形状はファンドによって異なります。このため、TDFを検討する場合、まず自社に最も適合するグライドパスを有するファンドを見極めることが重要となります。そうしたこともあり、ERISA(米従業員退職所得保証法)受託者向けガイドライン(米国労働省2013年2月)においては、自社に適合したグライドパスになるようなカスタマイズ仕様のファンド組成が推奨されています。

そして、近年、米国ではTDFの課題が指摘されるようになっています。株式市場が堅調に推移している時期では、投資家は過去のパフォーマンスばかりに注目し、仮に自身の投資しているファンドが他の利用可能なファンドと比べて劣っていた場合に、後悔する傾向がみられます。競争力を維持するプレッシャーから、TDFの運用会社の中には、特に退職が近づいている投資家向けのファンドにおいて、株式比率を増加させたところがありました。モーニングスターのデータによると、2020年1—3月期において、最終の退職年にあたるTDF(2020年ファンド)のリターンは▲14.2%から▲2.7%までの範囲にあり、リターン格差は大きくなりました。パフォーマンスが最も劣後していたファンドに投資していた場合、退職間近の加入者にとっては、金額的にも大きなインパクトだったと言えるでしょう。やはり、選定後も継続的にモニタリングをしっかりと行っていく必要があります。

米国におけるマネージド・アカウントの導入

また、加入者においては、年齢を積み重ねるに従い様々な資産状況の違いが想定されます。商品選択や掛け金額の違いにより、当然ながら会社が想定した資産額を達成している加入者もいれば、それを下回る加入者も出てきます。TDFのグライドパスは平均的な加入者(従業員)を想定して設計、選択されますが、自身の資産の積み立て状況によっては、リスク資産へより多く配分することで目標達成を目指したい加入者もいれば、平均的なグライドパスのままで投資をしたい加入者もいるでしょう。さらに、退職後所得の確保を考える際には、DC以外の投資や貯蓄、確定給付年金制度(DB)の有無等もまたDC運用での目標資産額に影響を与えることとなり得ます。このように加入者のニーズが一様でないことから、米国では、いくつかの情報をインプットすることで個人に適したグライドパスを作成し、それに沿った資産配分で投資を行える、マネージド・アカウントと呼ばれる投資の選択肢が用意されています。特に加入者が多い企業の多くが選択肢として導入しています4

翻って日本では、冒頭記載した通り、デフォルト商品は元本確保型商品が圧倒的に多く、TDFやバランス型はまだ少数です5。加えてデフォルト商品ではなくても、株式や債券の投資信託やバランス型ファンドと比べると、TDFの導入は少ないです。将来的にも、日本のDC市場が今後さらに拡大していくことを考えると、加入者の立場にたって、長期的な資産形成を促すために、先行する米国における知見をもっと有効に活用することが必要となってくるのではないかと思われます。


 

1出所:企業年金連合会 2019年度決算 確定拠出年金実態調査。指定運用方法を設定している企業は40.6%で、この内76.0%がデフォルト商品を元本確保型商品に設定。

 2自動加入した加入者が加入後90日以内に非加入を選択可能であることを踏まえ、非加入者向けのオペレーションを簡素化させたい企業が利用することを想定

3出所:Vanguard How America Saves 2021。2020年調査対象のプラン数1,700、加入者アカウント数4.7百万

4出所:Vanguard How America Saves 2021。 加入者が5,000人以上のプランでは72%がマネージド・アカウントを導入。

5出所:企業年金連合会 2019年度決算 確定拠出年金実態調査。指定運用方法を導入している企業の内、TDFをデフォルト商品としている企業は12.2%、配分固定型のバランス型は同5.7%。