「事業主が運営管理機関に「顧客本位」を期待しづらい3つの理由」

コンサルティング部長 エグゼクティブ コンサルタント
喜多 幸之助

顧客本位と自社利益のトレードオフの問題は、多かれ少なかれどの業界でも見られます。神の見えざる手によって価格が適正水準に決まり、顧客も満足し企業も一定の利益を上げられるというのが理想的です。全ての参加者がフェアプレーをしてゲームでの勝利を目指すのが原則ですが、現実は自由競争が働かず価格が高止まりする例もありますし、逆に過当競争で企業が無理をしなければならなくなる例もあります。

参加者にフェアプレーを守らせる為にあるのが「ゲームのルール」です。ちなみに、企業型の確定拠出年金制度(以下 企業型DC)についても、金融庁の確定拠出年金運営管理機関関係の法令指針等において厳しい規制「例えば、運用商品の営業職員による運用方法の選定事務の兼職の禁止、営業職員による加入者等に対する特定のものに対する指図の禁止のような規制があります」が定められています。基本的には、運営管理機関は、制度運営や投資教育といったほとんどのサービスを「顧客本位」の姿勢で提供しているとラッセル・インベストメントは信じています。ただし、こと「運用商品の選定」にあたっては、以下3つの理由から、運営管理機関が「顧客本位」を貫きづらくなりかねないということを、事業主は理解しておくべきだとラッセル・インベストメントは考えます。

  • 理由1 運用商品選定上の責任の曖昧さ

企業型DC実施の主体は事業主です。確定拠出年金制度にかかる法令上、事業主には規約周知義務や投資教育の提供義務と共に加入者および運用指図者(以下、総称して加入者)に対する忠実義務が定められています。次に、運用商品の選定を含む運営管理業務は、運営管理機関に委託することが一般的です。多くのケースでは、運営管理機関が商品ラインアップを提示し、事業主と相談しながらその中から加入者に提示する商品を絞り込むことになります。この際、事業主がどれだけ強く絞込みに関与したとしても、確定拠出年金法上商品の選定責任は運営管理機関が負うこととなっています。

こうなったのは、一般企業は金融商品の知識に疎い場合が多く、過度な負担がかからないよう行政が配慮したためと言われています。しかし、選定責任を運営管理機関が負うというルールは、事業主の責任意識を希薄化し主体性を損なう副作用を持つとともに、責任を負う側の運営管理機関には運用商品の選定責任の範囲を限定するべく、商品ラインアップをなるべく狭めようとするインセンティブを与えかねないものとラッセル・インベストメントは考えます。

  • 理由2 運用商品提供における情報の非対称性

上述の通り、運営管理機関が事業主に「①商品ラインアップ」を提示し、事業主はその中から「②加入者に提示する商品」を選定するというのが、一般的な商品選定プロセスとなります。この「①商品ラインアップ」作成にあたって、数多ある投資信託からどのように絞り込んだかは、通常開示されません。事業主が抗するには、自身で幅広く投資信託の情報を収集しなければなりません。また、加入者は絞り込まれた商品の中から投資する商品を選ぶことになります。加入者にとっては選ぶ前に2段階の絞込みがあるわけです。それぞれの過程で情報提供側が情報受領側より多くの情報を持ち、絞込みのプロセスが必ずしも示されるわけではありません。すなわち、情報の非対称性があり、様々なインセンティブやベクトルが働く可能性があります。

例えば、①の段階では、運営管理機関ないしグループ企業にとって有利な商品が優遇されるインセンティブ、②の段階では、取引金融機関への配慮の上で商品を選考するよう事業主に圧力がかかる等のベクトルが考えられます。

  • 理由3 業界の収益性の問題

企業型DCの規模は、2019年度末で13.6兆円(運営管理機関連絡協議会調べ)と同時点の確定給付企業年金の2割弱に過ぎません。2000年の確定拠出年金法制定当時に見込まれていた資産規模は、この数倍だったと記憶しています。すなわち、DCビジネスの規模は当初の期待値と比較して成長が大分遅れているわけです。それに加えて、制度の管理報酬については、過当競争の様相も見受けられます。本来サービス提供者側の企業努力で解決するのが筋ですが、やはり適正な利益水準が確保されないと運営管理機関側としてもフェアプレーを続けるのは難しい面が出てきかねないとラッセル・インベストメントでは考えます。

理由2・3についてはこの業界特有のものではなく、多くの分野で見られる現象であるといえるのかもしれませんが、これら3つの全てについては、事業主が企業型DC運営にコミットし、細かくチェックし、運営の質を高めることで大部分クリアできます。理由1で述べた問題については、事業主が積極的に選定に関わりその過程を加入者に開示していくことで乗り越えることが出来ます。理由2で述べた問題については、事業主が加入者の立場に立った上で自身で情報収集をしていけば、情報の非対称性を埋めていくことが出来るでしょう。専門知識の不足が問題となる場合、社内で確定給付年金制度(DB)を運営している場合には企業年金関係者に相談、もしくは、年金コンサルタントの活用も選択肢となります。理由3で述べた問題については、運営管理機関のビジネスを理解し適正なフィー水準の元にその専門性の発揮を促すことが肝要になります。

7百万人以上が加入する企業型DCが、国民資産形成における重要な柱であることはいうまでもありません。「顧客本位」と本格的に向き合い、業界関係者全員で健全化に向けた動きを加速していくことは急務と言えるでしょう。