シリーズ 「新興国投資の再考~移り変わる世界の勢力図」 (第2回)新興国におけるダイナミズム-BRICS諸国の現在と将来
喜多 幸之助、コンサルティング部長
「所得格差」が「分断」を産む
2020年11月に行われた米国大統領選挙は記憶に新しいが、世界をリードする超大国が潜在的に抱える「分断」が表層に噴出した事象と言える。少々大雑把だが、グローバリゼーションや技術革新が各国内の所得格差を助長し、それが国民の不公平感の醸成につながり、ポピュリスト政治家が登場、更に不満を増幅させる、という構図と一般的に解されている。実際はそのような単純な図式ではないだろうが、分断の主な原因の一つが「所得格差」であり、この状態を放置すると国の統治が不安定になり、そのうち経済成長にも影響をきたすことが危惧されるのは間違いないだろう。
図1は、先進国と新興国の主な判別指標である「1人当りGDP」と「ジニ係数1」の関係を表したものである、確かに米国は先進国の中ではジニ係数が高く、所得格差が高い国の一つと言える。しかし、1人当りGDPは先進国の中でも高水準で、言わば豊かな社会の中で所得格差が生じている状態である。新興国はというと、1人当りGDPは先進国より1段階下の1万ドル前後より下に位置している。格差の状態については国によって大きく異なっているが、中には南アフリカやブラジルなど、豊かさが十分でない中で極端に格差の大きいところもある(詳細は後述)。
出所:世界銀行のデータを元にラッセル・インベストメントが加工。1人当りGDPは2019年。ジニ係数は国毎に計測年度が異なる。
新興国を評価するには社会経済に関する基本認識が重要
株式であれ債券であれ新興国への投資を考えるにあたって、発行体自身の評価に加えて、国としての適切なソフト面ハード面両方でのインフラが整っているかを見ておく必要がある。すなわち、GDP成長率や適度なインフレ、国家財政の健全度に加え、政治の安定性や法の支配といった非財務情報も重要になる。例えば、上述のような度が過ぎた所得格差や、社会に蔓延る汚職に関しても抑えておく必要がある。腐敗認識指数の2019年版2では、世界180か国中、北欧諸国やニュージーランドを筆頭に先進国が上位を占める中、中国、インド、南アが70-80位と中間程度に位置し、ブラジルは106位と中位以下、ロシアに至っては137位と下位層に位置する。汚職がはびこると、正常なビジネス取引に支障をきたし、成長の足を引っ張る恐れがある。
今後の新興国投資を考えるに当たって、本稿では各国を取り巻くダイナミズム、すなわち、各国の社会や経済がどのような方向に向かっているのかに焦点を当てたい。また、ここでは新興国の中心的存在として、BRICSの5か国を例として考察する。MSCI エマージング株式インデックスを構成するアフリカ、北米南米、欧州、アジアの各地域で最も規模が大きな国々といえば、南アフリカ、ブラジル、ロシア、中国となる。この中で中国は別格なので別途紙面を割くとして、ここではアジアでもう一つの人口大国インドについて述べよう3。
1主に社会の所得の不平等さを測る指標。
2Transparency internationalが発表。世界銀行、世界経済フォーラムなど複数の機関が、ビジネスマンや国家分析専門家にヒヤリングを行いまとめたもの。上位の方が腐敗が少なくクリーンな社会を表す。
3ちなみに、新興国債券市場では必ずしもBRICSが最上位に来るわけではない。J.P.Morgan EMBI Global Diversifiedインデックス(2020年11月末)では、メキシコ、インドネシア、中国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦が上位5か国となる。
アパルトヘイト撤廃の後-南アフリカ
図2は、今回焦点を当てる5か国の1人当りGDPの推移4を示している。中国とインドを除き、2011~13年にピークを迎え、以降大きく落ち込んでいる様子が分かる。
最初に南アフリカについて言及するが、この国はモノカルチャー経済の典型的な例と言える。モノカルチャー経済とは、1つの天然資源や農作物に人手を集中させ、その輸出に頼り切るタイプの経済である。原料を輸入して加工するという付加価値を生む貿易ができず、資本の蓄積が進まないため進歩のための投資ができず、腐敗や横領がはびこる状態から抜け出せないといった社会問題につながりやすい。
2000年代に入り、金・プラチナ・ダイヤモンド・石炭等の鉱物資源の一大産地として目覚ましい成長を遂げ、今でもアフリカ経済の中心的存在である。1人当りGDPは全世界の中でほぼ中位に位置する。しかし、ピーク時の2011年から比較すると3/4ほどに低下しており、2020年はCOVID-19の影響により前年の8割程度までさらに落ち込むと見込まれている。あと南アの特徴は、3割に迫ろうという世界一位の失業率である。中でも黒人若年層における水準が特に高く5割に達するとまで言われる。冒頭のジニ係数にも示されているが、世界一の格差社会と言える。アパルトヘイトは撤廃されたが、結局富は白人と一部の黒人に握られ、不平等のために今でも暴動が頻発し、治安状況は決して良くはない5。政治状況に目を移すと、アパルトヘイト撤廃後長らく政権を握り続けているアフリカ民族会議(ANC)が、2019年の選挙でもかろうじて単独過半数を維持したが、その支持率は低下してきている。一方、経済的開放の闘士(EFF)といった急進左派勢力が急激に議席数を伸ばしてきており、将来的に政治が不安定になる恐れもある。すなわち、南アフリカの分断は、グローバリゼーションの産物というよりも歴史的経緯の影響が大きく、モノカルチャー経済がそれからの脱却を難しくしている。
南米の雄は今-ブラジル
ブラジルは、かつてはBRICSの筆頭格で、今でも中南米地域の中で断トツの時価総額を誇る。大きく飛躍したのは、2003年に発足した本格的左派政権ダ・シルヴァ大統領時代で、富の再分配を重視し貧困撲滅政策を実行した。豊かな資源を背景に中国に一次産品を輸出していたが、資源価格の高騰も手伝って高成長を実現させた。人口の35%だった中産階級を2013年には60%近くまで増加させ、国民の支持を集めた。しかし、一次産品下落の影響を受けて以降、政治も不安定になっている。2019年の1人当りGDPは年8717米ドルで世界の上位40パーセンタイル辺りに位置し、南アよりも高い。しかし、ピーク時の2011年から比べると、凡そ2/3まで落ち込んだ状態であり、またIMFによる推計では2020年は更に前年の7割ほどに落ち込みが予想されるなど、COVID-19の影響を大きく受けている。
2019年に就任したボルソナーロ大統領は、ブラジルのトランプと呼ばれるポピュリスト政治家である。新自由主義、緊縮財政、親米外交等これまでの労働者党政権の逆の政策を行うと主張している。思慮に欠けるイメージが強いが、今後実効性のある政策が出せるのかが気がかりである。
かつての覇権国-ロシア
ロシアの2019年の1人当りGDPは中国を上回っているが、IMFによる推計では2020年には1万米ドルを割り、その地位は逆転する見込みである。2000年にプーチン政権が誕生して以降、2013年のピークまでに1人当りGDPは8倍以上になったが、2014年以降の石油価格下落により急落、2020年はCOVID-19の影響もありピーク時の6割に落ち込むと推計されている。GDP構成は第3次産業を含め多業種に分散されており、モノカルチャー経済と断ずるのは気が引けるが、輸出の過半を石油・ガスといった鉱物性燃料に頼っている一方、一般機械や電子機器等の高付加価値製品を輸入する貿易構造となっている。併せて財政上の歳入も石油ガス関連が4割前後と高い割合で、石油価格の影響をもろに受ける6。それに加え、クリミア危機に伴う欧米からの経済制裁も重なり、ルーブルは大きく下落しインフレ率も高まっている。
財政悪化に対応するため、国民の1/3が政府機関・国有企業で働く状況下で、賃上げの停止や年金制度改革、地方政府への財政支援削減を実行した。一方で、10%を超えたまま改善しない貧困率、伸び悩む中間層の割合など、多くのロシア国民は生活水準の改善を実感できていない。その様な中、2020年国民投票が行われ、プーチン大統領は2036年まで続投が可能になった。はびこる汚職国家や伸び悩む生活水準に対する国民の怒りは高まっているが、国家によるメディア支配、責任回避能力の高さから、未だにプーチン氏の支持率は高いが、その持続性に対する確信は持ちづらい。
これまで、アフリカ、中南米、欧州における新興国における大国の経済動向を見てきたが、それぞれの株式収益率は過去15年間の累積値でMSCIエマージングインデックスを下回っている(2020年11月末時点)。無論、鉱物資源に対する需要の高まり等、神風が吹けば回復する可能性はゼロではないが、ESG意識の高まりなど構造的な逆風がある下では、長期的な成長期待を期待するよりもオポチュニスティックな投資対象と考えるべきかもしれない。
人口大国インドの行く末
アジアには異なったストーリーがあるのだろうか。中国に移る前に、人口大国インドにも触れておく必要があるだろう。MSCIエマージング株式市場における時価総額では、中国、台湾、韓国に次いでアジアで4番目となる。人口は2019年時点で1,366百万人と中国の1,398百万人に並ぶ勢いで、早晩世界一になることが確実視されている。もう一つの良い点は格差が小さい点である。ジニ係数で見ると先進国並みの低さで英・豪と変わらない水準である。しかし、格差が小さいといっても、実態は皆等しく貧しいということに過ぎず、1人当りGDPが2000米ドル弱と、ここで挙げたどの国よりも低い。
近年、欧米諸国からアウトソースを受けビジネスを伸ばしていたコールセンターについても、今後はAI・機械化で真っ先に仕事がなくなる分野でもある。増え続ける若年人口に対し、分け与える仕事がないという問題を抱えている。また6億人以上の国民が農業に依存しているが、水不足にも悩まされている。また、所得格差は小さくても、別の理由が社会に分断をもたらしている。ヒンドゥー教とイスラム教を主とした宗派対立や民族間対立である。
しかし、テロ事件も発生はしているものの、治安に関しては南アフリカとは異なり社会情勢は全般的に安定している。政府側も経済をさらに開放するべく一連の改革を実行、製造業と輸出の促進を目論んでいる。COVID-19によるインド株式の価格下落はエマージング指数よりも激しいものだったが、その後の回復局面では指数を大きく上回る力強さを見せている。南アフリカ・ブラジル・ロシアと異なり、過去15年の株式リターンはMSCIエマージングインデックスを上回っている。
韓国、台湾はもとより、タイ、インドネシアといった主要アジア諸国は、概ね1人当りGDPを着実に伸ばしてきている。COVID-19の影響による落ち込みも、中南米・欧州・アフリカよりは大分軽微だろう。新興国における投資有望先は、短期的にも趨勢的にもやはりアジア中心になると見ていいようである。
中国に関してはテーマが異なる
ここまで、各地域の中心となる4ヵ国の状況を見てきたが、他の新興国とは比較にならないほど順調な国家運営をしてきたのが中国である。それどころか、米国と対等のスーパーパワーとなり得る可能性が取り沙汰されている。すなわち、新興国への投資を考えるにあたっては、今後の中国の動向を理解することが重要である。中国は社会、経済とも複雑かつ特殊であり理解が容易ではない。別稿で詳しく述べたい。
41人当りGDPは豊かさや経済効率を表す指標であり、前出の通りMSCIが新興国と先進国を峻別する際の主な要素でもある。GDPと株価・実質金利との関係性については、本シリーズの後段に委ねたい。なお、実際の購買力とは若干乖離するが、新興国の場合、通貨価値も国力を表す一要素と考えられるため、敢えてドルベースで示している。
5外務省海外安全HPにて、「凶悪犯罪の発生率が非常に高い比率で推移」とされている。
6MSCI ロシアインデックス(2020年11月末)においても44%をエネルギーセクターが占める。