アセットオーナー 過去40年の進歩(3/4)

はじめに

掲げられた目標達成のために運用機関が提供する技術を緻密に組み上げていくのがアセットオーナーの仕事である。最終投資家として、ベータとアルファを合わせた全てのリスクを引き受けるのは並大抵の覚悟では務まらない。様々な局面で多くのアセットオーナーから数多くの貴重な気づきを頂いてきた。今般コンサルタントを卒業するに当たり、過去の記憶を辿りながら、アセットオーナーにどのような進歩があったかを振り返ってみたいと思う。なお、なるべく一般化して記述したつもりだが、あくまで私自身の視点・意見に基づき、かつ限られた論点しかカバーしていない点、何卒ご容赦いただければ幸いである。
論点を限ったつもりなのに少々長くなってしまったので、以下の4編に区切ってお届けしたい。


3. 年金基金自身の進歩

企業年金と公的年金、それぞれの進化

過去40年に渡り企業年金は大きく変容してきた。40年前は信託銀行のお任せ運用および生命保険会社の一般勘定しか採用していなかったのが、1990年の運用拡大(投資顧問会社の参入)を受けて、資産運用における規制緩和が進んでいった。しかし、2000年の退職給付会計の導入が、企業年金の在り方に大きな影響を与えた。それまでは、企業年金は厚生年金基金と適格年金から構成され、特に厚生年金基金は厚生年金の給付を代行していたこともあり、母体企業経営からは独立した存在、何が起きようとも運用を続けていける「長期投資家」と考えられていた。それが、退職給付会計の導入により、母体企業の財務諸表に大きなインパクトを与える「リスクをもたらす金融子会社」の位置付けへと変わったのである。運悪くITバブル崩壊による資産減少と割引率低下による退職給付債務の拡大が同時に発生したため、多くの企業にとって運用リスクのマイナス面ばかりが強く認識されるようになり、代行返上やリスク削減の動きにつながった。給付利率・予定利率の引き下げと合わせてキャッシュバランスプランの導入も進み、運用ではリスクを抑制する傾向が強まった。極端な振れ幅のようにも思えるが、米英ではDBの閉鎖とDCへの移行という更に極端な流れとなったことも忘れるべきではない。日本では、企業を取り巻く環境が激変する中、官民合わせての努力により、制度の柔軟性を高め選択肢を拡張してきた結果、DB制度が生き残ることができた。環境に適応して「進化」したと敢えて言いたい。

世界最大級の公的年金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、年金福祉事業団から2001年に年金資金運用基金、そして2006年に現在の組織となったが、2015年にCIO職を設けてから資産運用組織の専門性が大きく高まった。現在各共済でも、資産運用立国プランを受けてガバナンス体制の見直しを進めている途上にある。

プランスポンサーからアセットオーナーへ

年金管理者は長らくプランスポンサー(制度提供者)と呼ばれ、受託者責任、すなわち忠実義務(受益者の利益を第一に考える)と善管注意義務(運用管理の品質を担保)の2つを負うものと解されてきた。それがコーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードの議論の中で、いつしかアセットオーナー(資産保有者)の一角と看做されるようになった。アセットオーナーという用語には、株主ないし債権者としての投資家責任を問うニュアンスが含まれている。元はアベノミクスの中核的政策であった日本再興戦略に端を発するが、日本の株式市場が企業経営上の牽制機能を取り戻すように、市場参加者としての自覚をもって責務を果たして欲しいという国からの要請とも言える。これまで、スチュワードシップ・コードについては企業年金の受入れが十分広がっていなかった。しかし、今般のプリンシプルにおいては、アセットオーナーとして取り組むべき内容がバランスよく盛り込まれたことで、大分受け入れ易くなったのではと考えている。

資産運用担当者の専門性とは

ここで論点として挙げたいのが、アセットオーナーにおける資産運用担当者の専門性とは何かである。コーポレートガバナンス・コードでは「運用に当たる適切な資質を持った人材」、アセットオーナー・プリンシプル補充原則では「金融市場やアセットオーナーにおいて資産運用の経験を有する運用担当責任者」と表現されている。一方で、具体的な要件については一切定義されていない。一口に資産運用といっても、アセットオーナーに求められる知識は、運用会社のファンドマネージャーに求められるものとはと大きく異なる。

企業年金を例として、具体的に必要な知識を考えてみると、①基本的運営方法に係る実務知識、②法令・各種規制の内容把握、③母体企業との関係性や要請事項、④年金制度情報、⑤資産区分に関する知識、⑥運用機関の採用・解約に関する実務知識などが考えられる。(図表4)その多くが基金業務の実務経験を通じてしか身に付けられない内容である。

図表4 アセットオーナーの資産運用担当にとって必要な知識(企業年金の場合)

図出所:ラッセル・インベストメント (イメージ図)当資料で表示したイメージ図は、理解を助けるものであり、将来の結果を保証するものではありません。

それを考えると最低限必要なのは、通常の人事異動ルーチンではなく、資質を持った人がある程度長期に渡って従事できる体制と、その担当者が力を発揮できるようなガバナンス体制の構築であろう。その上で、意思決定の属人化の防止や担当者の後継問題などへの対応が必要となる。

なお、今般のアセットオーナー・プリンシプルによって、アセットオーナー、そして、資産運用担当が重要な職業として改めて社会的に認識されたと考えられる。今後、業界内における人材流動化が進み、アセットオーナー全体の底上げにつながることを切に願っている。

最終回では、社会と資産運用のつながりについて述べてみたい。