アセットオーナー 過去40年の進歩(2/4)
はじめに
掲げられた目標達成のために運用機関が提供する技術を緻密に組み上げていくのがアセットオーナーの仕事である。最終投資家として、ベータとアルファを合わせた全てのリスクを引き受けるのは並大抵の覚悟では務まらない。様々な局面で多くのアセットオーナーから数多くの貴重な気づきを頂いてきた。今般コンサルタントを卒業するに当たり、過去の記憶を辿りながら、アセットオーナーにどのような進歩があったかを振り返ってみたいと思う。なお、なるべく一般化して記述したつもりだが、あくまで私自身の視点・意見に基づき、かつ限られた論点しかカバーしていない点、何卒ご容赦いただければ幸いである。 論点を限ったつもりなのに少々長くなってしまったので、以下の4編に区切ってお届けしたい。
- 市場予測における進歩
- 投資対象における進歩
- 年金基金自身の進歩
- 社会の変容と資産運用
2.投資対象における進歩
「アセットオーナーの進歩」といえば、オルタナティブ投資への投資対象の拡大に触れないわけにはいかないだろう。紙面の都合上、ここでは比較的早期に多数の基金が投資したヘッジファンドとかなり昔から投資していた不動産について記述した後、消えていった投資先について振返り、最後に今後の可能性について予想してみたい。
最初のオルタナティブ投資 ヘッジファンド
2000年代初期、早い段階で多くの企業年金に広まったオルタナティブ投資と言えば、ヘッジファンドが挙げられよう。当時、長期金利水準は1%台まで低下し、またITバブル崩壊を経て株式に対する信頼感が失われていた中で、投資家は安定したリターンを生み出す新たな投資対象を求めていた。ヘッジファンド側でも、ベールに包まれていた運用手法を透明化するなど、機関投資家に受け入れられるための努力が進んだ。そして、市場中立的で内容が理解しやすい株式マーケットニュートラルや、分散化されているファンド・オブ・ファンズから徐々に認知度が高まり、年金でも採用されていった。当初は、個々のシングルファンドを年金が直接選択・管理することには相応のハードルがありファンド・オブ・ファンズが幅広く活用されたが、投資家が慣れるにつれ、近年はシングルファンドを採用し投資家自身で組合わせる管理方法への移行が見られた。世界金融危機時の数多くのファンド破綻や、マドフやAIJなどの大型詐欺事件などの紆余曲折も経験したが、今でも年金資産運用の一角としてある程度定着している。
実は昔から手掛けていた不動産投資
1980年代、日本の企業年金では「不動産信託」などを通じて不動産への投資は普通に行われていた。それが土地バブル崩壊とともに、それまで投資していた商品はほぼ例外なく閉鎖を余儀なくされ、そのトラウマからその後約10年間、不動産は誰にも見向きされない投資対象となっていた。2000年代に入り、不動産価格が十分に低下し、資産として十分な利回りが見込めるようになって以降、国内不動産への投資が再開された。当初はクローズドエンド型でスタートしたが、2010年以降オープンエンド型の私募リートが登場し、投資拡大に弾みがついた。海外不動産に関しては、当初上場REITから投資が始まったが、私募ファンドの提供が始まるとそちらに移行した。新スキームが市場拡大に貢献した例と言える。
日本の公的年金では、企業年金連合会1 が古くからプライベート投資に取り組んでいたのを除けば、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2013年度にインフラへの共同投資を開始したのが、本格的なプライベート資産への投資の幕開けと言えよう。各共済もこの流れに続いている。公的年金は、主に不動産、プライベートエクイティ、インフラストラクチャーといったプライベート資産を投資対象としており、ヘッジファンド投資は少ない。また、最近人気が高まっているプライベートデットは、IMFよりその脆弱性について指摘を受けている2 。(なお、プライベート資産投資は時間分散が基本だが、第1章で述べた金融スタビリティレポートの割安割高度の判定は、限界がありつつも一つの参考にはなるだろう。)今後ルールの明確化等の手当を進め、経済危機などの厳しい局面を乗り切れば、プライベート資産第4の地位を確立していくのではないだろうか。
消えていった投資先から得られる教訓
さて、オルタナティブ投資の中で、年金運用の世界において、大幅縮小、もしくは投資家がほぼ撤退した資産もあることに言及しておきたい。忘れられがちではあるが、失敗から学べることは多いからである。記憶に新しいのは保険リンク証券である。ファンドやSPC(特別目的会社)を通じて再保険に投資する仕組みで、中心的な投資対象は自然災害リスクに対するものとなる。2016年までの10年間はある程度安定的なリターンを誇ったが、米国を立て続けに襲ったハリケーン等の自然災害の影響を受け、2017・2018年2連続で大きな損失を出し、これを機に多くの投資家が撤退することとなった3 。再保険ファンドの場合、客観的な市場価格がなく、時価評価手法が複雑であり、リスクに関する情報量が少なかったため、投資家の信頼が低下した。なお、保険リンク証券の内、相対的にリターンの安定性が高く流動性もあるCATボンドへは、未だ投資を続けている投資家も少なくないことは付記しておく。
なお、他にもライフセトルメント4 やCDO5 など、一時持て囃されたが現在では投資対象とされなくなった資産がある。一見安定リターンを産み出すように見えても、何かの事象発生によって非連続的なリスクが発生する投資先には、隠れたリスクがないか特に注意して商品特性の把握に努めるべきである。これまでの歴史を振り返ると、オルタナティブ投資に当たっては、「先行者利益」と「隠れたリスク」のトレードオフがあることが見て取れる。すなわち、未だ一定規模の市場として成熟していない資産に投資する場合、先行者利益の可能性はあるものの、隠れたリスクが存在する可能性がある。図表3に各資産の市場規模を示しておく。特に市場規模の小さな資産に投資する場合、商品特性の把握に加え、投資額の限定や分散などのリスク管理を講じるべきであることが、先人の経験から得られた教訓と言えよう。
図表3 オルタナティブ資産の市場規模
イメージ図 出所:ラッセル・インベストメント当資料で行われた分析は、一定の(明示または黙示の)仮定・前提条件に基づくものであり、その結果の確実性を保証するものではありません。
今後拡大する可能性のあるオルタナティブ投資
最後に、今後拡大するオルタナティブ投資の他の分野はあるのかについて考察したい。ある程度注目されている資産として、金(ゴールド)、暗号資産、排出権取引が挙げられるだろう。このうち暗号資産は、現在ヘッジファンドの一部で投資対象とはなっているが、高水準のボラティリティや、少数の投資家が市場の大部分を保有するという集中度の高さの問題があり、正式な資産区分として投資対象となるにはまだまだハードルがあるだろう。また、排出権は未だ市場規模が小さく、また規制当局の方針や市場が世界的に統一されていないなど、投資拡大にあたっては課題も多い。それに比較して、ある程度可能性があるのは金(ゴールド)ではないかと個人的に考えている。金(ゴールド)は、年金運用においては、利息の付かない資産で値動きが激しくしばしば投機的取引の対象となると看做されることが多い。一方で、世界の中央銀行からは共通の通貨とも看做されており、外貨準備の裏付け資産として保有されている。金=共通通貨という観点から見ると、昨今の円ベースでの金の上昇は、金へのニーズの高まりだけでなく「円の(共通通貨である金に対する)実質価値の下落」という要素も加わっていると考えられなくもない。通貨の弱体化に基づくインフレへの備えと考えると、金(ゴールド)への投資意義が見直される可能性もあるのではないか。無論、投資拡大に当たっては、期待リターンの推計や投資商品の拡充など、様々な実務的要件がクリアされる必要がある。
さて、次は、年金基金自身の進歩について考えてみたい。
1 企業年金連合会は、厚生年金基金や確定拠出年金の中途脱退者の年金資産を管理運用する団体で、厳密には企業年金に分類される。資産運用においては企業年金の指導的立場にあり公的役割を担っている。
2 グローバル金融スタビリティレポート2024年4月
3 実態として解約後もサイドポケットとして投資残高が残っているケースが多い。
4 個人・法人の生命保険契約者から買い取った保険証券に対しファンドを通じて投資する。保険料を払って保険金を受取る仕組みだが、保険契約者が早死にする方がリターンが得られる性質を持つため、倫理上の問題が指摘されていた。プラザアセットマネジメントが運営していたファンドが、流動性の管理を誤り2013年に破綻。
5 Collateralized Debt Obligations 貸出債権を証券化したCLOと企業が発行する債券を証券化したCBOの総称。レバレッジをかけてクレジット資産に投資する仕組みで、世界金融危機時に複数の金融商品が破綻。