ESGの観点からのポートフォリオのモニタリング

世界的にインフレ環境が見られる中、昨年もESG投資について様々な議論が見られた。例として挙げると、エネルギー価格の高騰等を受けたESG投資のパフォーマンスへの懸念、気候変動対応を推進する運用機関に対する海外での政治的な反応、運用商品のグリーンウォッシング(商品が実態以上にグリーンであることを強調する行為)に対する規制の強化やESGデータに関する課題、などといった点である。

 世界的なESG課題への取り組みには引き続き紆余曲折が予想されるものの、資産運用業界を見ると、ESGなどの非財務的な要素が企業の事業リスクや将来の企業価値に影響を与えるとの考え方が浸透し、既に大多数の運用機関においてESG要素を考慮した運用を行うことが業界標準となっている[i]

 投資家がESG投資に向き合う場合、その目的は「リターン・リスク効率を改善するためのESGの考慮(選択される投資手法はESGインテグレーション)」と「社会的なESG課題の解決(選択される投資手法はサステナブル投資またはインパクト投資)」の大きく2種類に分けることができる。仮に投資家が前者のスタンスに立つ場合、保有ポートフォリオにおけるESGリスクの把握は、潜在的な(場合によっては標準偏差等には表れていない)リスクの把握に繋がる可能性がある。また運用機関の投資判断におけるESG考慮の実態を理解することは、プランスポンサー自身が各社の運用状況をモニタリングし評価を行う上で一つの判断材料になると思われる。一方、投資家が後者のスタンスに立つ場合、投資目的(ESG課題の解決)に対する実績を検証するため、ポートフォリオのESG特性の把握は必須となるだろう。

本稿ではプランスポンサーによるESGの観点からのポートフォリオのモニタリングについて取り上げる。なお、対象資産としてはESGの考慮が最も浸透している株式ポートフォリオを想定しているが、債券やオルタナティブ投資においてもESG考慮の取り組みが進んでおり、データ開示や整備等の状況に応じて、モニタリングを行う余地は今後広がっていくと思われる。

投資目的に応じて異なるモニタリングのポイント

 投資家がESGの観点からポートフォリオのモニタリングを行う場合、前述したESG投資の目的に応じて、モニタリングの目的も異なるだろう。加えて、投資家が保有するポートフォリオの階層に応じて、確認すべきポイントも異なると思われる(図1)。

図1:ポートフォリオのESGモニタリングの分類

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まず、投資家がパフォーマンス追求のためのESG考慮を重視し、ESGインテグレーションを選択する場合、モニタリングの目的は前述の通り、ポートフォリオ全体のESGリスク特性の把握に加え、個別の運用戦略におけるESG考慮プロセスやスチュワードシップ活動の理解と思われる。

一方、投資家が社会的なESG課題の解決を目指してESG投資を行い、サステナブル投資やインパクト投資を選択している場合、モニタリングの目的は、ポートフォリオ全体や個別の運用戦略のポートフォリオ特性が、投資家が重視するESG目標(例えば、気候変動対策のため2050年までにネットゼロを目指す、等)と整合的であるかどうかの検証となるだろう[ii]。なお、投資家が重視するESG課題は、気候変動対策のほかSDGsの個別テーマなど、投資家の価値観により異なる可能性が高い。このため、モニタリングの際には自らが重視するESG課題に対応した評価指標を設定し、ポートフォリオの検証を行う必要があるだろう。

 なお、近年ではESGインテグレーションの浸透と合わせて、サステナブル投資やインパクト投資の戦略提供数も増加しつつあるが、後者は現時点で運用戦略ユニバースも限定的であり、投資家がこれらの中から優秀な戦略を選定しモニタリングを行うハードルも高い。このため、以下ではESGインテグレーションを想定したポートフォリオのモニタリングの実践例について取り上げる。

ポートフォリオ全体のESG特性の把握

ポートフォリオ全体のESGリスク特性の分析において、現在一般的に用いられる指標はESGスコアやカーボンフットプリントと思われる。前者はポートフォリオで保有する各銘柄(企業)に関する多様なESGリスクを評価会社等がスコア化したもの、後者は気候変動問題による潜在的なリスクを表すために、各銘柄(企業)による二酸化炭素(CO2)換算の温室効果ガスの排出量を指標化したものである。

ポートフォリオ全体のESG特性を分析する流れを図2に示した。投資家のポートフォリオは複数の運用戦略ポートフォリオの集合体であるため、まずはポートフォリオ全体のESGスコア指標について、直近や時系列の数値をベンチマークと比較する対応が考えられる。これにより、市場全体と比較したポートフォリオのESGリスク水準について、概要を把握することができるだろう。次に、ポートフォリオ全体のESGリスクの所在を把握するために、個別運用機関や保有銘柄について、より詳細なデータを確認することが想定される。具体的には、ポートフォリオ全体のESGリスク指標の対ベンチマーク乖離に対して個別運用戦略がどの程度寄与しているのか、また主要な保有銘柄における高ESG銘柄の有無を確認することなどが考えられる。

図2:ポートフォリオ全体のESGリスク分析の流れ(イメージ)

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なお、特にESGインテグレーションを志向する投資家にとって、ESGスコアやカーボンフットプリントの値は、運用全体の良し悪しを判断する評価基準、または低下を目指すなど能動的にコントロールすべき対象ではなく、あくまでポートフォリオ特性を把握する一つの切り口として、参考指標としてとらえるべきものと思われる。むしろ、ポートフォリオ全体のESG特性のモニタリングは、ESGの視点から現在のポートフォリオ特性を概観し、ESGリスクの所在を把握することで、モニタリングに注力すべき運用戦略を特定することが主な目的と言えるだろう。

運用戦略におけるESG考慮とスチュワードシップ活動の把握

次に、個別の運用戦略のモニタリングに移る。ポートフォリオ全体のモニタリングと同様に、各戦略についてもESGリスクの特性を把握することが最初のステップである。このため、まずは各戦略のESGリスク指標について、直近や時系列の推移をベンチマークと比較することが想定される。なお、ESG指標の水準は運用スタイル(グロース/バリュー等)や地域により差異が大きい傾向が見られるため[iii]、可能であればスタイルインデックスや類似戦略との比較なども有益だろう。加えて、ESG指標の水準にベンチマークから明らかな乖離が見られる場合、それがセクター配分(例:ESGリスクの高いセクターへのオーバーウェイト)と銘柄選択(例:ESGリスクの高い銘柄の保有)のどちらに起因するのかを把握することで、運用戦略の特徴がより明らかになると思われる。ESGリスクの乖離が特に銘柄選択に起因していると思われる場合には、保有比率やアクティブ比率が上位の銘柄に高リスクの銘柄が見られるかどうかも確認しておきたい。

運用戦略ごとの特徴を把握した後、より重要なのが運用機関からのヒアリングを通じて、投資判断の背景を把握するステップである。まずは運用機関におけるESG考慮のための方針や体制、当該戦略における具体的なESG考慮プロセスが最初の確認事項となる。加えて、主要な保有銘柄の中にESGリスクが高いと思われる銘柄がある場合には、当該運用機関がその銘柄をどのように評価しているか、具体的な事例について説明を求める対応が考えられる。運用機関による独自の見解を確認することが重要である理由は主に2点あり、1点目にESG評価の視点の多様性から、同一銘柄であっても評価者によってバラつきが生じる可能性が挙げられる。当該銘柄に対する運用機関自身のESG評価を確認することで、外部のESG評価情報に対して当該運用機関がどのようなリサーチを行っているのかを知ることができる。2点目に、ESGインテグレーション戦略の場合には、ESG要素の考慮はあくまでパフォーマンス追求のために行われるという点が挙げられる。運用機関が個別銘柄の投資魅力度を判断する際に、ESG要素をどのように扱っているのかを具体的に把握することは、プランスポンサーが運用戦略を評価する上で重要と思われる。

 なお、ESGインテグレーション戦略では、ESG評価において課題が見られる銘柄であっても、投資魅力度や今後の改善の可能性を考慮し、投資を行うケースも想定される。現在、多くの運用機関はスチュワードシップ活動(議決権行使、エンゲージメント)を長期的な収益源泉と位置付けていることから、特に高リスク銘柄に対する具体的なスチュワードシップ活動の事例や、これらの活動成果への評価、今後の投資判断への影響なども確認しておきたい。これらの点を確認することで、運用機関によるESG考慮や投資判断について、総合的に把握することが可能になる。

図3:運用戦略におけるESG考慮とスチュワードシップ活動の把握の流れ(イメージ)

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 各国中央銀行による利上げや景気後退懸念を受けてボラタイルな市場環境が続く中、優れた運用商品を選別しリターン・リスク効率を改善することの重要性は増している。規制強化により、今後は運用商品や企業に関するESG情報の開示が更に進んでいく見込みであることから、ESGの観点を含めたモニタリングは、優れた運用戦略の選定・モニタリングや、ESG要素を含むリスク管理の強化を目指す投資家にとって、有効な手段になると思われる。

[i] 運用機関によるESG投資への取り組み状況については、弊社ブログまたはレポート「2022年ESG運用機関アンケート調査:ESG追求の動きが加速」を参照されたい。
https://russellinvestments.com/jp/blog/2022-annual-esg-manager-survey https://russellinvestments.com/jp/research/esg-survey
[ii]投資家が非常に長期の投資ホライズンを持っており、社会におけるESG課題の解決が、最終的に長期の市場リターンの改善をもたらすとの投資信念を持つ場合には、サステナブル投資やインパクト投資の目的もパフォーマンス追求と位置付けることができる
[iii] 運用スタイルや地域によるESGスコアの傾向については、弊社ブログ「ESGポートフォリオが持つ意図せざるバイアス」を参照されたい。 https://russellinvestments.com/jp/blog/the-unintentional-biases-of-esg-portfolios