長期サイクルを理解する(危機シリーズ完結編)

概要

  • 先進各国の債務拡大に歯止めがかからない中、どのような帰結を迎えるかの予想は難しい。
  • 1600年以降の歴史を紐解き過去の帝国の栄枯盛衰を読み解くことで、長期サイクルを定義できるとする説がある。それは、債務・内部秩序・外部秩序の3つが相まって発生し、分断が目立つアメリカは既に衰退期に差し掛かっていると説く。
  • 2050年までの長期予測で、米国の優位は揺るがないとする説もある。こういった説に触れることは、世の中の変化を読み解くための軸を形成するのに役立つ。

はじめに

米国大統領選挙の年である。4年前と同じバイデン対トランプの構図で目新しさはないが、毎回驚かされるのは米国内の分断がより深みを増していることである。様々な要因が絡んでいるが、最も大きいのは経済格差の拡大であろう。最近、分断された米国が内戦に陥る様を描いた映画Civil Warが公開された 1 が、前回選挙時の大統領府占拠事件を見る限り、あながち空想の世界だとも言い切れない。「もしトラ」の場合、大統領自身が敵と味方を峻別する政治手法を取るため、分断がより進む方向になりそうである。こういった状況が続くと、たとえ今は経済が絶好調とはいえ、米国の行く末に影を落とすことにならないか心配になる。

これまで以下3回危機に関する考察を投稿してきた。本稿については、その完結編としてお読みいただければ幸いである。

危機発生のメカニズム~度重なる財政・金融政策の行く末 2021/11/18

中国不動産リスクと危機の波及経路 2022/2/25

金融システム不安に関する考察 国家財政の脆弱化への影響 2023/5/24

度重なる財政・金融政策が立ち行かなくなる時

まず、これまでのおさらいをしておきたい。先進国を中心とした世界市場は、2008年の世界金融危機および欧州債務危機などの一連の危機を経験した後、15年以上に渡って大きな金融危機を経験していない。2020年のコロナショックでは、感染症拡大防止のため実体経済が急停止したにもかかわらず、株価は一旦大きく落ち込んだ後に急上昇し、多くの国では年末には年初の水準を超えるほどに上昇するなど急回復した。このように大きな金融危機が長らく起きていない背景には、世界金融危機以降、各国で金融リスクモニタリングおよび危機鎮静化策の整備が進み、危機の芽が出てくれば速やかに対策が取られたことが挙げられる。しかし、対策が取られたとはいえ、結局は財政・金融政策がその中心であり、先進各国の債務も拡大の一途をたどる羽目となっている。法定準備通貨を持たない新興国が放漫な財政拡大をすれば、自国通貨が下落しハイパーインフレを誘発するため、どこかで歯止めがかかる。しかし、法定準備通貨を持つ先進国が行う分には、同様の結果にはならないため、逆に債務拡大に歯止めがかからなくなってしまう。この状況は到底持続可能ではないと思われるが、一方で、どのような帰結を迎えるのかが未だ予想することが難しい。前回では、今後さらに戦争・災害・疫病などのリアル危機に襲われた場合に破綻するのではないか、という説を紹介したが、十分な腹落ちには至っていなかった。今回は上述の分断の問題も含めたより包括的な長期予想を紹介したい。

帝国の栄枯盛衰は近代にも起きていた

世界はどういった方向に向かっているのかについて、2冊の書籍を紹介したい。まず、Ⓐ「世界秩序の変化に対処するための原則-なぜ国家は攻防するのか」2 が、長期サイクルという視点から一つの回答を提供している。同著では、各国の国力を数値化し、西暦1600年以降出現した3つの帝国の栄枯盛衰を追っている。西暦1600年と言えば、スペインの国力が減退し、新興勢力としてオランダが勃興し始めた時代である。当時オランダには株式会社の発明(東インド会社)や証券取引所の創設などイノベーションがあり、1600年代に帝国の地位を築くに至った。その後1700年代中盤にはイギリスが産業革命を経て成長を遂げオランダに取って代わった。1800年代半ばにはイギリスは斜陽となり帝国の地位から転落、2度の世界大戦を経てアメリカが帝国の地位に就き今に至っている(図表1)。 

図表1:大国の興隆と衰退のイメージ

Correlation of daily returns
出所:「世界秩序の変化に対処するための原則」 レイ・ダリオ著 2023年9月、economicprinciples.org 図は左資料を基にラッセル・インベストメントが作成。イメージ図であり、元の分析を正確に反映したものではありません。

過去2回の帝国の栄枯盛衰を単純化すると、以下のようなサイクルを辿っていると整理できる。(実際、各段階の発生についてはオーバーラップや前後逆転することがある)

(興隆期)①新内部秩序の確立→②資源配分システムの構築

(絶頂期)③平和と繁栄→④債務の増加、過剰の発生と格差拡大

(衰退期)⑤財政状況の悪化と対立→⑥内戦・革命、ないし外部紛争→⑦帝国の地位からの転落・通貨切下げ

この長期サイクルは、「債務サイクル」、「内部秩序のサイクル」「外部秩序のサイクル」の3つが相まって発生する。伝統的な長期サイクル(キチン(40カ月)、ジュグラー(10年)、クズネッツ(20年)、コンドラチェフ(50年))よりももっと長く、100-200年単位である。なお、同書では現在の米国は既に衰退期に差し掛かっていると説く。

長期予測に関する別の見解

勿論別の見解もある。Ⓑ「2050年の世界 見えない未来の考え方」3 では、世界の変化をもたらす5つの力を、「人口動態」、「資源と環境」、「貿易と金融」、「テクノロジーの進歩」、「政府と統治体制」と規定した上で、2050年を展望している。同著によると2050年の時点でも米国の先行きは明るいとする。こちらはサイクル論からのアプローチではなく、現在入手・想定できる情報からの長期予測を試みたものである。本著で挙げられている2050年の将来展望と不安要素を以下に紹介する(図表2)。

これらの予測は現在の常識から見てリーズナブルな結論である反面、現状の延長線上にあると言えなくもない。冒頭で米国の分断に触れたが、こちらでも米国の政治体制崩壊が不安要素の筆頭に挙げられている。一方、Ⓐの長期サイクル論では、米国で起きている内部対立は格差拡大の結果であり、半ば必然的に起き得るものとして捉えられている。アプローチの違いによって事象の捉え方が異なるのが興味深い。なお、債務問題については、Ⓑでは国によっては問題となるが、世界的には上位の不安要素とはされていない。

図表2:「2050年10の展望」と「将来の10の不安」

Correlation of daily returns
出所:「2050年の世界 見えない未来の考え方」 ヘイミシュ・マクレイ 2023年7月19日初版

債務拡大の行く末は通貨の切り下げ

さて話を戻そう。本稿を著するモチベーションは、先進国が債務拡大を継続したその行く末はどうなるのか、というものであった。Ⓐで示唆されたように、過去2つの帝国の末路からその結論が見えてくる。徐々に国力の低下が目立ち始め、通貨取引量が減り、最後は通貨の切下げを迎えるということである4 。「通貨」という視点で見ると、金本位制を脱却し信用供与を拡大した兌換紙幣は、すべて「信用」という砂上の楼閣として成り立っている。信用がなくなれば価値が切下げられるのは必然である。ちなみに、金価格は1970年の初めから2023年末まで54年間でドルベースで58倍に上昇しているが、裏を返せば金本位制を脱却して以降、ドルが対金で100%から2%弱の価値まで減価したとみることもできる5 。世界の全ての通貨が兌換通貨である現在、債務拡大は通貨価値の下落につながり得る。先進国通貨が一緒に下落しているうちは問題ないが、一通貨だけが乖離して下がる状況は将来的な通貨切下げに繋がりかねない憂慮すべき状況となる。

2 つの長期予測から示唆されること

本稿の目的は、先進国の債務拡大や内部の分断の行く末について、何らかの視点を紹介することである。なお、Ⓐの長期サイクルは全体で100-200 年単位のもので、Ⓑの2050 年までの30年程度の予測とはホライズンが異なるため、結果は異なっても決して矛盾するものではない。ⒶⒷ2つの長期予測から見えてくるのは、しばらくは米国の優位が続くだろうが、その失速の兆しには十分注意する必要があるということである。急速な転落を免れるかどうかは、債務状況や内部紛争、外部紛争といった三大要素を上手く管理できるかにかかっている。

投資家としては、米国が帝国の位置から転落するという兆しが見えない内は、株式を成長ドライバ、債券を分散およびインカム獲得の手段とした現在の投資手法を継続するのが是と考える。米国が帝国から転落する局面に入れば、世界は大混乱に陥りドルの信用が揺らぐことになる。その兆しが見えてきたと判断すれば、金への投資が合理性を持つことになるだろう。

最後に、日本の行く末についても触れておきたい。Ⓑ「2050年の世界 見えない未来の考え方」では、「日本は今後も日本であり続ける」と予想している。すなわち、移民を制限することで、国内の安全性を維持する一方若返りは進まず、高齢者中心の国になる。そして、深刻な財政問題はより深くなる。日本では所得格差が相対的に小さく、米国のような分断が起きていない。これは評価されるべき点だが、一方で矛盾の解消になる大きな内部改革(例えば明治維新のような)にもつながりづらいとする。この“不名誉な予測”を実現させないためには、“不都合な真実”を直視し、解決すべく着実に手を打っていくしか途はない。長期サイクル、長期予測は、来るべき問題を直視し、対応策を考える上での示唆となるのである。


1米国での公開は2024年4月。日本での公開は2024年10月予定。

2レイ・ダリオ著 斎藤聖美訳 日本経済新聞出版 2023年9月22日初版

3ヘイミシュ・マクレイ著 遠藤真美訳 日本経済新聞出版 2023年7月19日初版

41700年以降存在した750の通貨で残っているものは20%しかなく、しかも全て切り下げられているという。

5ドルだけでなく、円は約4%、ユーロ・英ポンドは約1%と同様に減価している。