金融政策という文学の読み方入門~金融政策を見通すためのポイントと実質金利という物差し~

概要:

  • 金融政策が市場に与える影響は大きい一方、度々「文学」とも称されるような真意を読みづらいようなメッセージが発せられることがある。しかし、ポイントを押さえながらそれを辿って行けば、今後の金融政策の方向性について見えてくる部分もある。
  • 米国の金融政策の目標は「最大雇用」と「物価の安定」の達成を目標としており、その観点からFOMC当日の声明文やFOMC議長の記者会見におけるスタンスの変化を継続的に追うことが、中長期的な見通しを判断する材料にもなり得る。
  • 「金融緩和」か「金融引き締め」の状態の判断、またそれに伴う為替などの金融資産の動きとの連動性を捉えるために、名目金利だけではなく実質金利を抑えることも重要。
  • 金融政策といった「文学」を読み解く際に、必要に応じて、外部の専門的な知見を活用する、またはその根底にある理論や方向性の見通し基づいた判断の一部を外部に委ねる、といった選択肢も考えられるだろう。

2024年8月は5日に日経平均が過去最大の下落幅(金額ベース)を記録したが、その後急速に戻すなど、株価の変動が激しい月だった。ボラティリティを高めたきっかけの一つが7月末の日本の金融政策決定会合と米国のFOMC(連邦公開市場委員会)であった。確かにその前の米国における軟調な経済指標等によりボラティリティが徐々に高まり、またFOMC直後の雇用統計により追い打ちをかけることとなったが、日米間の異なる金融政策の交錯が一時的に深くなったことがこの市場混乱の一つの背景と言えるだろう。

当然ながら、金融政策が市場に与える影響は大きい。しかしながら、金融政策を事前に予測しそれを当てることは難しいが、さらに遠回しで真意が見えにくいメッセージが中央銀行から発せられることがあり、度々「文学」とも称されるが、そのことがより真意を読みづらくさせる。しかしながら、米国の金融政策を例にとると、ポイントを押さえながら中央銀行から発せられるメッセージを辿って行けば、今後の政策の方向性について見えてくる部分もあるだろう。本稿では米国の金融政策を中心にその目標についておさらいし、FOMC当日において抑えるべきポイント、具体的には声明文と議長の記者会見について考えていく。そして最後に、金融政策について実質金利(名目金利-インフレ率)1を物差しとして考えつつ、それに対する為替などの金融資産との連動性について議論する。なお、本稿で述べることは市場関係者や市場を具にウォッチしているアセットオーナーには当然のものとしてご存じの部分もあるだろうが、この機に改めてご認識頂く一助となればと考えている。

米国の金融政策の目標のおさらい:Dual Mandateの達成

 

よく知られているように、米国の金融政策の目標は「最大雇用」と「物価の安定」という「Dual Mandate」の達成を目標としている。そして「物価の安定」に関しては長期的なインフレ率の目標として2%を掲げている。実は「最大雇用」と「物価の安定」は相反する命題であり、同時に達成するのが至難の業である。フィリップス曲線で示されるように、インフレ率が高い状況では失業率が低下し、逆に失業率が高いときにはインフレ率が低下するという、物価上昇率と失業率の間にトレードオフが存在すると想定されている(参考までに、図表1に1970年12月から2024年8月までのインフレ率と失業率の関係(フィリップス曲線)を示した)。言うなれば、米国の金融政策は「最大雇用の達成」のためのアクセルと「物価の安定」のためのブレーキを経済に対して駆使しながら、両方の目標の達成を目指すことを義務付けられているのである。

図表1: インフレ率と失業率の関係(フィリップス曲線)

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期間:1970年12月~2024年7月
出所:Bloombergよりラッセル・インベストメント作成

FOMC当日において抑えるべきポイント:声明文と議長の記者会見

上記を抑えた上で、市場関係者が注目する金融政策に関連するイベントであるFOMCについて抑えるべきポイントを考えていきたい。
まずはFOMC当日に最初に公表されるFOMCの声明文である。特に重要であるのは、前回の声明文との変更点である。例えば以下に2024年6月から2024年7月のFOMC声明文の変化を例に挙げる。1点目は「the unemployment rate has remain low(失業率は低く保たれている)」から「the unemployment rate has moved up but remain low(失業率は上昇しているが低く保たれている)」、2点目は「inflation … remains elevated(インフレ率は高い水準である)」から「Inflation … remains somewhat elevated(インフレ率はある程度高い水準である)」、3点目は「the Committee remains highly attentive to inflation risks(委員会はインフレリスクを引き続き深く注意する)」から「the Committee is attentive to the risks to both sides of its dual mandate(委員会はDual Mandateの両方のリスクに注意する)」である。この例では、前節の「最大雇用」と「物価の安定」の「Dual Mandate」という観点から、2022年以降米国の中央銀行は「物価の安定」を達成するためにインフレに対し金融引き締めで立ち向かっていたが、7月のFOMCでは「物価の安定」から「最大雇用」へ軸足を移したことがより明確となったことが読み取れるだろう。
次に声明文が公表された後、FOMC議長の記者会見が行われる。記者会見では前述の声明文の解釈や今後の金融政策の方向性、また以前の中銀高官の発言等に関する事項に至るまで、記者からの様々な観点からの質問に議長が回答する。将来の金融政策の方針を前もって表明する「フォワードガイダンス」が過去のものとなり、現在はミーティングごと(Meeting by Meeting)にその時点でのデータに基づき金融政策を決定すること(Data Dependent)が基本となっているため、今後の金融政策の方向性を読み取る上で記者の質問に対するFOMC議長の回答はより重要なファクターとなっている。例えば、7月のFOMC後の記者会見では、「次回9月のミーティングを含めて将来については何も決まっていない」とするものの、「データ次第では早ければ9月に政策金利の引き下げもテーブルに上がる可能性がある」という回答があり、市場では9月FOMCでの利下げの確度が上がったと判断された。このように、FOMCの声明文やその後の記者会見における議長の発言は市場を短期的に動かす要因となるものの、連続性を帯びるものであるため、毎回のそれらの変化を追うことによって中長期的な見通しを判断する材料にもなり得る。

実質金利という物差しで金融緩和/引締めを計る

以上のように米国の金融政策を例に挙げて抑えるべきポイントについて整理したが、その目的を達成するための手段である「金融緩和」や「金融引き締め」とは一体を指すのか?確かに政策金利を引き下げれば「金融緩和」、引き上げれば「金融引き締め」と一般的に呼ぶこともあるが、これはその方向への動きを指しているのに過ぎない。「金融緩和」か「金融引き締め」か、今どちらの状態にあるかという観点においては、インフレ率も加味した上での金利水準を捉える必要があるだろう。つまり、日銀総裁が述べたように2、実質金利(名目金利からインフレ率を差し引いた金利)の水準によって「金融緩和状態」か「金融引き締め状態」か、判断することが適切であろう。
政策金利の動向は様々な金融資産の動きに影響を与える。金利がダイレクトに価格に影響を及ぼす債券以外に、その影響を受けやすい資産の一つとして為替が挙げられるだろう。例えば、日米の金利差が拡大すれば円安方向となり、縮小すれば円高方向となるとよく言われる。図表2では政策金利に連動しやすい日米の名目短期金利差(2年金利)とその時のドル円水準をプロットしたものであり、確かに上記のような傾向が見て取れる。

図表2: 日米名目短期金利差(2年金利)とその時のドル円水準

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期間:2004年12月~2024年8月
出所:Bloombergよりラッセル・インベストメント作成

一方、「金融緩和状態」か「金融引き締め状態」かの指標となり得る実質金利差と為替の関係を見てみよう。図表3は日米実質短期金利差(2年金利)3とその時のドル円水準をプロットしたものである。図表2と見比べると日米の実質短期金利差が拡大すると円安となり、縮小する(マイナスとなる)と円高になるという傾向がより鮮明になる4為替管理の効率化 ~為替のリスク・リターン・ヘッジコスト特性の効率化を目的として~で指摘しているように、主要な為替の基礎的理論としてキャリー(内外金利差、中期要因)とバリュー(インフレ率の差、長期要因)が挙げられ、それと整合的な結果となっていることが分かる。インフレ率がモノに対するお金の相対価値の変化、そして金利がお金の時間的価値の変化であると考えれば、名目金利だけではなく、両方の側面を合わせた実質金利も為替をはじめとする資産価値の動きを捉える上で押さえておくべきと言えるだろう(為替以外の資産では、例えば、株式・債券の相関関係を実質金利・期待インフレ率に対する感応度から読み解くにおいては、株式と実質金利に対する相関や感応度を考察している)。

図表3: 日米実質短期金利差(2年金利)とその時のドル円水準

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期間:2004年12月~2024年8月
出所:Bloombergよりラッセル・インベストメント作成

最後に:外部知見・判断の活用のすゝめ

「Dual Mandate」の達成のために、インフレ率や雇用情勢・景気動向などのインプットから金融政策が決定される。金融政策の決定はしばしば市場に短期的な影響を与えるものの、金融政策自体は離散的なものではなく、連続的な性質を帯びるものである。そのため、金融政策が決定されるプロセスを継続的に追うことは、為替をはじめとした金融資産の方向性を見通す際には重要となる。しかし、その金融政策といった「文学」を正確に読み解くことは容易ではない。アセットオーナー毎に体制は異なるだろうが、必要に応じて、外部の専門的な知見を活用する、またはその根底にある理論や方向性の見通し基づいた判断の一部を外部に委ねる、といった選択肢も考えられるだろう。


1 各時点のインフレ率は正確には分からないため、推計インフレ率や期待インフレ率を用いることが多い

2 日銀総裁は日本の実質金利が大幅にマイナス状態であることから、金融環境は依然極めて緩和的としている。

3 実質金利は物価連動国債の利回りから算出されるブレークイーブン・インフレ率を名目2年金利から差し引いた金利とした。

4 実際、ドル円と名目金利差よりも実質金利差の方が相関係数は高くなった。