資産運用基礎講座シリーズ
債券実務編(第3回): エマージング債戦略
トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長、エグゼクティブコンサルタント 金武伸治
高い利回りの享受が投資目的
エマージング債(以下、EM債)の主な投資意義や目的は、相対的に高い利回りの享受となります。
その意味では、債券実務編(第2回)で説明した社債投資の主な目的と同じです。 社債のリスク源泉は企業クレジット、つまり個別企業の信用リスクであり、EM債のリスク源泉はソブリン・クレジット、つまり個別新興国の信用リスクとなります。このため広義のクレジット債投資におけるリターン源泉の拡張とリスク源泉の分散という投資意義もあります。
外国通貨建てEM債と現地通貨建てEM債
EM債には「外国通貨建てEM債」と「現地通貨建てEM債」があります。EM債にも国債や社債などが存在しますが、今回は国債を前提に説明します。 また外国通貨建てEM債は、グローバル債やグローバル・デットと呼ばれ、現地通貨建てEM債は、ローカル債やローカル・デットと呼ばれることもあります。
図表1は、外国通貨建てEM債と現地通貨建てEM債のキャッシュフロー・イメージです。
外国通貨建てEM債とは、新興国が米ドルや欧州ユーロなど外国通貨建てで発行する債券です。このため発行国は外貨を調達し、クーポンや償還元本も同じ外貨となります。
一方で現地通貨建てEM債とは、新興国が自国通貨建てで発行する債券です。例えばブラジルであれば、自国通貨であるブラジル・レアル建てで発行することになります。
【図表1】外国通貨建てEM債と現地通貨建てEM債(※イメージ図)
そして、この発行形態(発行通貨)の違いが、利回り構造の違いになります。
図表2は、発行形態の違いによる利回り構造の違いを示しています。
外国通貨建てEM債の利回りは、例えば米ドル建ての場合、残存年数に応じた「米国国債利回り(米ドル金利)+発行国の信用スプレッド(エマージング債スプレッド)」で構成されます。
社債の利回りが「国債利回り+発行企業の信用スプレッド」という構造をしていることと同じで、発行体が企業から新興国に変わったことになります。
一方で現地通貨建てEM債の利回りは、純粋にその国の金利(現地通貨金利)となります。つまり残存年数が5年のブラジル国債の場合、その利回りは5年ブラジル金利となります。
国債利回りへの「上乗せ分(スプレッド)」にも相当な差
ハイイールド社債が投資適格社債よりも、利回りが高い理由について説明します。 社債などクレジット債券の利回りは、一般的に「国債利回り+スプレッド」という構成をしています。例えば残存年数が5年の社債の場合、5年国債利回りがベースとなり、その上に、その社債の信用力に応じたスプレッドが上乗せされることになります。
言い換えると、社債利回りは、国債利回り部分としてのターム・リスクプレミアム(デュレーション・リスクに対する対価)と、スプレッド部分としてのクレジット・リスクプレミアム(信用リスクに対する対価)に分解できるわけです。
【図表2】EM債の利回り構成(※イメージ図)
出所 ラッセル・インベストメント作成
外国通貨建てEM債と現地通貨建てEM債の特性の違い
図表3は、外国通貨建てEM債の代表的な市場インデックスであるJ.P. Morgan EMBI Global Diversifiedと現地通貨建てEM債の代表的な市場インデックスであるJ.P. Morgan GBI-EM Global Diversifiedについての特性比較です。
これらのインデックスで”Global”と記載があるものは、資本規制が無いなど、グローバル投資家が投資可能(”Investable”)なEM債が組入対象であることを示しています。また、”Diversified”と記載があるものは、特定の国に構成比が偏重しないように、一国あたりの組入上限比率を設定するなど、分散された構成にしていることを示しています。
【図表3】EM債の特性比較(2024年6月末)
出所:J.P. Morganのデータをもとにラッセル・インベストメント作成
外国通貨建てEM債は相対的に格付が低く、残存年数が長い特徴があります。
この背景には、一般的に通貨や債券の信用力が低い新興国の場合、自国通貨建てで債券を発行できるのは、相対的に信用力が高い国に限られる傾向があるからです。
言い換えると、相対的に信用力が低い国が債券を発行するためには、米ドルなどの基軸通貨建てでないと難しいということです。また同じく基軸通貨建てでないと長期の借り入れ(長期債の発行)は難しいということです。このため、外国通貨建てEM債の方が、相対的に平均残存年数が長くなる傾向があります。
このように、外国通貨建てEM債の方が、信用リスクとデュレーション・リスクが高いという傾向があります。
外国通貨建てEM債と現地通貨建てEM債の国別構成の違い
図表4は、両インデックスについての国別構成比較です。
外国通貨建てEM債はラテンアメリカ(33.3%)や中東(20.7%)のような相対的に格付が低い地域の構成比が高い特徴があります。
一方で、現地通貨建てEM債はアジア(39.2%)のような相対的に格付が高い地域の構成比が高い特徴があります(地域構成比は、ともに2024年6月末)。
【図表4】EM債の国別構成比較(2024年6月末)
出所 J.P. Morganのデータをもとにラッセル・インベストメント作成
エマージング債戦略の分析視点
一般的にEM債の信用リスク分析には、主に支払能力を示す政府債務の対GDP比率などに加えて、政府の安定性や信頼性、カントリーリスクなどの定性面も重要視されます。さらに民間債務の大きさにも分析の範囲を広げる場合があります。
新興国の特徴として、産業構造における金融セクターの比率が相対的に高い傾向があります。そして、もし国が不良債権や債務超過に苦しむ銀行などを公的資金で救済した場合、その銀行が持つ民間債務が政府債務に移転することになります。つまり民間債務は政府にとって潜在的な偶発債務になり得るのです。
加えて新興国の場合、外国通貨建て債に対して、現地通貨建てつまり自国通貨建て債の保有者は、国内投資家(自国民)であることが相対的に多い傾向があります。よって債務不履行に陥った場合、外国通貨建て債については相対的に外国人投資家が、自国通貨建て債については相対的に自国民投資家が損失を被ることになります。そして自国民投資家をなるべく保護するために、債務の履行については自国通貨建て債を優先する傾向があります。
また外国通貨建て債の場合は、外貨に関する調達リスクや交換リスクも伴います。このため信用格付にも、外国通貨建て債に対する格付と自国通貨建て債に対する格付が存在しており、新興国の場合、外国通貨建て債の格付の方が自国通貨建て債の格付よりも低いことがあります。
さらに外国通貨建て債に対する債務履行能力については、その国の通貨の国際的な信頼性や安定性、また外貨準備高などの要素を追加的に分析する必要もあります。
このように外国通貨建て債と現地通貨建て債とでは、分析手法に共通の部分もあれば、固有な部分もあります。
エマージング債投資に向けて
EM債は高い利回りの享受が期待できる一方で、相応の信用リスクも伴うため、アクティブ運用でアプローチすることが適切と考えられます。 そしてEM債アクティブ運用については、新興国債務に関する高い専門性や分析能力を持つことが望まれます。新興国の場合、公表データだけでは十分な分析ができないこともあり、現地調査を行うことや、現地の政治や経済に詳しいことも重要な要素となります。
また外国通貨建てEM債の場合は為替リスクを容易にヘッジできますが、現地通貨建てEM債の場合は難しいケースも多いです。またヘッジが可能な場合でも、ヘッジコストが高い場合が少なくありません。そしてヘッジを行わないときは、先進国通貨よりも高い為替リスクを負うことになります。
このような観点から、EM債投資を行う場合には、まずは外国通貨建てEM債アクティブ運用(円ヘッジあり)から始めることが一般的です。また投資適格現地通貨建てEM債の場合は、通常のグローバル総合債券インデックスに既に組み入れられていることも多く、既に一定程度の投資は行っていることになります。
※本稿では理解の促進を優先して、一部、簡略化・簡易化している部分があります
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