確定拠出年金制度、成功の測り方

コンサルティング部長 エグゼクティブ コンサルタント
喜多 幸之助

DCを成功させるために

確定給付年金制度(以下 DB)については、その制度運営の良否を測ることは比較的簡単です。過去の運用実績は最も分かりやすい指標ですが、リスク資産比率の影響を大きく受けます。成熟度などの制度状況や母体企業の財務状況や意向によって採り得るリスクが異なるため、リスク当たりリターンや複合ベンチマークに対する超過リターンの方がより適切かもしれません。そして、運用目標や債務情報も加味した債務に対する積立水準はより適切で分かりやすいと言えるでしょう。一方で、確定拠出年金制度(以下 DC)が成功しているかどうかをどのように定義づけ、計測すべきなのでしょうか。

成功を測るための適切な指標

現在でもDCでは様々な指標を算定しています。例えば、「加入者および運用指図者(以下、総称して「加入者」)の平均リターン」1という指標があります。確かにDCは運用の巧拙により運用実績が変わり得る制度で、運用に対する積極性によってリターンは異なります。しかし、加入者になりふり構わず高い利回りを狙わせることが本来の目的ではありません。

「資産や掛金における投資信託の割合」も、制度における投資習熟度を表すものとしてしばしば取りざたされる指標です。確かに運用に慣れていない加入者に対して運用を促すことは重要ですが、運用手法はあくまで手段であって目的ではありません。

加入者にアンケートをとってその満足度を集計することも考えられます。これは、事業主が加入員に対しどれだけきめ細やかに接しているかの指標になると考えられ、継続して実施する意義はあると考えます。ただし、加入者が自身の満足度をどのように定義するかという問題が曖昧なままでは、正確なアンケートにはならないとも言えます。

どれもこれも、決め手に欠けるような気がします。DCの本来の目的は、退職後の生活設計に資するよう資産形成を促すことです。であれば、これまで蓄積された資産額が評価の要になるべきと考えられます。一般的にDCの個人向けサイトでは、これまでの掛金額累計と現在の資産額の情報は表示されます。これは、金融機関が個人向けに報告する一般的な資産管理情報と同じです。ただ、これだけでは、投資で得したか損したかの情報でしかありません。元来の目的に資するには、退職後の生活設計における必要な額に対し十分かどうか、という視点が加えられる必要があります。

スタートとなるのが「必要所得代替率」

DCの先達である米国では、成功を測る適切な指標をどのように考えているのでしょうか。その起点となる指標が「必要所得代替率」です。これは、それぞれの加入者の退職前所得に対し、退職後には何%の所得が必要となるかを意味します2。生活水準は個々人でばらばらで、かつ現役時の所得レベルによって変わるのが普通なので、退職前所得から退職後所得を推計するのはリーズナブルと考えます。一般的には、年収が低いほど必要所得代替率は高くなりますが、そのうち社会保障制度(日本でいう公的年金にあたります)でカバーされるべき割合が高く、企業年金でカバーすべき率は低くなると言われます(下図参照)。また、早く引退する場合は必要所得代替率が高くなり、遅く引退する場合には低くなります。

出所:Aon Consulting’s Replacement Ratio Study: A Measurement Tool for Retirement Planning (2008)のデータをもとにラッセル・インベストメント作成

必要所得代替率から必要掛金率を求め、目標積立額を算定

米国におけるDCの場合、掛金率も加入者自身で決めなくてはなりませんが、これを簡単に計算するための概念のひとつとしてラッセル・インベストメント グループが提唱するTRI30方式(Target Replacement Income:目標所得代替)があります。これは、退職後所得のうちDCで補填する部分の割合に30%を乗じるだけで、必要な掛金率が計算できるというものです。上図に記載の通り、例えば、年収が2万ドルの加入者の場合、一般に必要所得代替率は94%で、うち69%が社会保障制度によってカバーされるため、残る25%分を企業年金で代替すべきと言われています。年収9万ドルの場合は、それぞれ78%・42%という値になります3。すなわち、年収2万ドルの場合は、25%×30%=7.5%、すなわち必要な年間掛金額は収入の8%程度となります。同様に年収9万ドルの場合は13%程度となります。これよりも少ないと、十分な掛金率とは言えないというわけです4

必要掛金率を決め、予定利回りを設定したら、加入者毎に積立てておく必要がある目標積立額が算定できます。予定利回りは制度上設定されていないため、運用商品に応じた期待リターンをこの算定に用いるのが適切と考えます。この目標積立額は個人によって、また積立段階によっても変わります。各個人について、現在の目標積立額はいくらで、それに対する実際の資産の割合、すなわち積立率が示されると、加入者にとっても分かりやすいと考えられます。仮に積立率が100%に満たない場合(目標積立額に対し資産が不足している場合)、運用商品を変えればどの位の期間でその状況が改善するか等の情報もあれば、運用商品の変更等の投資判断を促すことにつながるのではないかとラッセル・インベストメントは考えます。

目標に対する積立率を高めるための方策

大多数の加入者等に対し、積立率の向上を目指そうとして米国で導入されたのが、「日米を通じた確定拠出年金制度 企業型の歴史(後編) 」でも述べた「3つの自動化」です。すなわち、「掛金をDC口座に払い込み」、「掛金を給与増に合わせて引上げ」、「デフォルト・ファンドへの投資」の3点です。米国では掛金額が個人の自由に任されているため、しっかりと掛金を出させることまで管理する必要があります。デフォルト・ファンドに優れた運用商品を設定することで、投資習熟度が低い加入者でも効率的な運用が可能となります。デフォルト・ファンドの詳細については「あるべき商品ラインナップ—加入者全体の資産の実質価値増大のために」および「デフォルト商品の意義とターゲット・デート・ファンド 」に詳述しているのでそちらもご覧ください。

日本のDC制度へのインプリケーション

わが国においては、未だDCの役割は退職後所得における一部を補完するだけに留まる企業が多いかもしれません。しかし、中にはDBからの過去分移管により、DCへの依存度を高める企業も出てきています。そういった企業は特に、本来必要とされる退職後所得はいくらなのかを加入者に意識させる必要があります。加入者が参考にできるのは、DBや退職一時金で元々貰えるはずだった金額です。そして、DBから移管した制度の場合は「想定利回り」が設定されていることがあります。これは、元の制度で貰えるはずだった給付金と同じ水準の給付額を達成するために必要な利回りを指します。DBの給付水準が、公的年金と合わせて必要な額を満たしていると考えれば、DCではこの想定利回りに基づく目標積立額が達成すべき目標と考えられます。

DCにおける資産割合は、未だ半分が元本確保型商品と言われています。想定利回りの水準は2%前後が多く、ゼロ金利が続く環境下では元本確保型で運用するだけでは目標に到達できません。米国と同様、個々人が投資習熟度にかかわらず効率的な運用ができる仕組みが必要です。その意味で、デフォルト・ファンドとして優れた運用商品を据えることは日本でも有効と考えられます。


1運営管理機関が、制度管理者向けに年度の全加入者の平均リターンやリターンの分布などを報告することがあります。

2日本において公的年金の支給水準の議論に用いられる「所得代替率」は、退職者の年金所得がその時点の現役労働者の賃金に対し何%であるかを指します。

3Aon Consulting’s Replacement Ratio Study: A Measurement Tool for Retirement Planning (2008)

4仮定を置いた計算に基づく数値であり、その結果の確実性を表明するものではありません。