資産運用基礎講座シリーズ

制度・財政運営編(第1回)

コンサルティング部/エグゼクティブ・コンサルタント/年金数理人 本部 崇仁

物価上昇の年金制度に与える影響 ‐ 未来を見据えた、DBの将来を考える

弊社からの情報発信は資産運用に関連するものが多いが、今日は確定給付企業年金(以下、DBという)の制度について考えてみたいと思う。

なぜ、このタイミングでDB制度の話なのか

DBの多くの積立水準が剰余状態(継続基準が剰余状態のDBは97%、低金利環境でハードルが高い非継続基準でも86%のDBが剰余状態(企業年金実態調査結果と解説(2021年度)企業年金連合会))の中、なぜDBの制度の話題をとりあげる必要があるのか。それは、物価上昇をめぐる経済環境が変わる可能性がでてきている中、我々がその影響を正しく理解しているのか、そして準備がどの程度できているのかについて再確認したほうが良いと考えるからだ。

加えて、2024年12月から施行される確定拠出年金(以下、DCという)の掛金拠出限度額の改正もこのタイミングに背中を押す理由の一つだ。改正内容の詳細は総幹事などから提供されていると思うので、ここではポイントだけにとどめる。今回の改正で、DC掛金拠出限度額(以下、DC限度額という)の考え方が変わった。これまでのDC限度額は、DB掛金水準によらずDB実施先は一律2.75万円となっていた。しかし、今回の改正で、DB実施先のDC限度額を計算する方法が変わる。DC限度額は、DBの実際の掛金額(正確にはDB掛金相当額)を5.5万円から控除されて決まることになるのだ。したがって、現在のDBの掛金水準によっては改正によってDCの拠出限度額に制約が生ずる場合もでてきそうなのだ。

しかし、実際にはこうした影響に対して経過措置が用意されている。それは、2024年12月以降もDBの給付設計を変更しない限り改正前のDC上限額の2.75万円の既得権が留保されるからだ。したがって逆に見ると、将来的に制度変更の可能性が高いのであれば改正法が施行される前に制度変更しておくことが、改正前のDCの拠出限度額を留保しておくために必要になる。したがって、実際に制度変更するかどうかの意思決定は別としても、このタイミングで制度の将来を見つめなおすことは重要と考える。

本格的物価上昇が定着すると、見るべき絵が変わる

結論から言うと、長期的に物価上昇が定着すると、給付の実質的な価値という点で非常に大きな影響をもたらす。例えば、仮に毎年の物価上昇率が日銀目標の2.0%の半分の1.0%が継続したとしよう。DBの選択一時金の水準が現在2,000万円で、給付改善が実施されなかった場合、例えば新卒(22歳)で入社し、公的年金の支給開始年齢の65歳までの43年間で実質的な価値は約65%に低下し1,300万円になる。仮に物価上昇率が2.0%だとしたら、驚くべきことに実質的価値は854万円まで低下するのだ。物価上昇率が高々年1.0%~2.0%だけで生活者という視点で見るとインパクトはかなり甚大なのだ。退職金制度、そして年金制度が老後の生活の一翼を担う以上、我々は、こうした未来を想像しながら制度設計、制度運営を考えていく必要がある。

キャッシュバランスプランなら解決か

対処方法は、様々ある。次回以降、いくつか整理してみたいと思うが、ここではキャッシュバランスプラン(以下、CBプランという)の課題について少し考えてみたい。CBプランは給付額を再評価する制度として多くのDBで採用されている。多くのCBプランでは、給付額を国債利回りなどで再評価していくため、物価上昇耐性がある制度のように見える。しかし、実際には多くのCBプランで以下の二つの理由により想定とは異なる状況になる可能性もある。

一つ目の理由は、CBプランの生い立ちに関係する。CBプランは、ご存知の通り給付額がクレジット額(ポイントという場合もある)と再評価率による利息の合計額で決まる制度である。そして、一般的にCBプランの制度設計する際には、再評価率の想定利回り(2~2.5%程度)を設定し、変更前の制度の給付水準と丈比べをしながらクレジット額等を決める。要するに、再評価率が想定利回り通りに推移して、想定通りの給付水準になるように設計されているということだ。また、CBプランへの移行が流行した2000年代前半は、物価上昇率がほぼゼロないしはデフレの時代だった。すなわち、将来の給付の価値が設計時とほぼ変わらない世界をイメージして給付設計されていた。

したがって、今後物価上昇率が毎年1~2%程度発生する場合、給付額の実質的価値を維持するためには、再評価率は想定通りの2~2.5%では足らないということになる。長い間、長期国債の利回り水準が低かったことから、そもそも想定通りに名目上の給付水準が積みあがっていない可能性もあるが、その上長期的に物価上昇すると実質的な価値でさらに水準が下がることになる。

加えて一部のCBプランでは、再評価率に上下限を設けている。例えば、想定利回りが2%の場合、マイナスにならないようにゼロを下限として、上限を4%としている場合も珍しくない。このような制度では、長期的に物価上昇率が2%程度で推移した場合、給付の実質価値を維持(実質的に想定利回り2%を維持)するためには、再評価率が上限に到達していても満足する結果にならない可能性がある。再評価率の設定ルールは様々なので、全てのCBプランに潜在的な課題があるとは言えないが、制度設計的に実質価値を維持することが結果的に難しい制度もあるのだ。

二つ目の理由は、国債利回りが物価上昇率より常に高いとは限らないことだ。そして、現在のように日銀の政策でイールドカーブ全体が低く誘導されている場合には、特に物価上昇率と国債利回りの逆転現象は起こりやすい。こうした状況が今後どれだけ続くかで影響の程度は変わるが、動向には注意が必要だ。

こうした要因によりCBプランという仕組み自体に問題があるわけではないが、CBプランなら長期的な物価上昇対策も問題なしというわけではないことが理解いただけたと思う。自らの制度がどのような環境変化でどのような影響があるかを確認することをお勧めしたい。

まとめ

現在、短期的な物価上昇を背景に従業員の賃上げが盛り上がっている。また日本全体として賃上げが話題に上ることは、30年近くなかった。日本の未来のためにも、賃上げが一過性のものではなく、経済の活性化とともに継続化することを期待したい。ところで、賃上げの盛り上がりは、当然ながら定例給の話だ。しかし、物価上昇の影響という観点で言えば、本来退職給付の水準も考えるべきテーマだ。今後は、こうした議論の必要性が益々高まる可能性がある。

物価上昇が短期的なのか長期的なのかで、退職給付の水準に関する議論の結論は変わるかもしれないが、一方でDCの拠出限度額の法令の経過措置を維持する関係で期限の問題も存在する。また、今すぐ制度変更などをせずとも、長期の物価上昇のようにボディーブローで影響がたまっていく問題は、組織で長期的対応方針を整理しておくことが何より大事だ。そして、積立水準が高い今だからこそ運営上の制約をあまり考慮せずに組織的に議論を進めやすいタイミングでもある。是非この機会に「物価上昇に対して年金制度をどのように備えるのか」について議論してみてはいかがだろうか。次回以降、議論の参考となるヒントについて少し整理したいと思う。


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